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 翌日、中等科学園主催による公式行事を楽しむ前に、アンリたちにはもう一つの楽しみが待っていた。


「あらあらまあまあ! お友達がこんなにたくさん! イルマークがいつもお世話になっているわねえ!」


 アンリたちの前に陽気に現れたのは、諸国を巡って旅をして来たという、イルマークの祖父母だった。祖父母と言っても年齢は六十前後だろうか。二人ともまだまだ若々しく、活気にあふれている。


 二人はイルマークの友人たちに、土産を色々と用意していた。


「これは東国の伝統的な織物よ。この模様には魔除けとか、災いを退ける意味があるの」


 これは北国で作られている氷を模したアクセサリー、これは南西地方の砂漠の砂、これは西国で流行りの笛で……と世界各地の品々を皆の前に広げる。アンリたちはそれぞれに興味を持った品を手に取り、その由来や産地について詳しく聞きたがった。


「この耳飾りは本当に氷のようね。素材はなんですか?」


「これは雪に埋もれた鉱山で採れる、特殊な鉱物を磨いたものよ」


「東国ではこうした織物を使って変わった服を作ると聞いていますが、本当ですか?」


「民族衣装ね。本当だけど、最近ではこっちとの貿易も増えているし、動き易いからと、こっちで着ているような服を着る人も増えているわ」


 さすがは旅人、その品を手に取った者がどんなことに興味を持つのか熟知しているのだろう。そのうえ、自らの足でその地を訪れた経験がある。アンリたちのどんな質問にも、言い淀むことなく詳しく丁寧な答えをくれた。


 アンリは数ある土産物の中から、南西地方の砂漠の砂が入った小瓶を受け取った。防衛局の仕事で国外にも何度か行ったことのあるアンリだが、砂漠地帯には未だ一度も行ったことがない。聞いた話によれば、魔力が切れるまで延々と飛翔魔法で飛んでも端にたどり着けないほど、何もない広大な土地が広がっているのだという。アンリの魔力でも端から端までは飛べないのだろうか。一度試してみたいと、昔から思っている。


 土産物を配り終えると、イルマークの祖父は髭を蓄えた口元に満足げな微笑みを浮かべた。


「君たちは魔法研究部で魔法の訓練に励んでいるのだと、イルマークから手紙で聞いているよ。この子には卒業後、我々の護衛をしてもらおうと思っているんだ。これからもしっかり鍛えてやってくれ」


 おやそれは初耳だと思って全員がイルマークを見ると、意外にも彼は当たり前のような顔をしている。


「言っていませんでしたか? 私は祖父母のような旅人に憧れていて、卒業したら祖父母について世界を回ろうと思っているんです。護衛くらいはできるように、強くなりたいと思っています」


「本当は反対なのよ。旅人なんて危険だし、あっちで買ったものをこっちで売ってなんてしていても、たいして儲かりはしないもの。でもまあ、若いうちに世界の広さを知っておくのも悪くは無いわ。この子がそうしたいって言うんだし、私たちも旅人のイロハをこの子に教え込むまで、元気でいなきゃいけないわね!」


 イルマークが卒業後の進路を決めていること自体に不思議はないが、それが旅人というのはなかなか珍しい。行きたいところに行って見たいものを見る。生活のための稼ぎや身の安全を考えるとそこまで自由ではないのだろうが、祖父母が旅人だというイルマークなら、それも含めて将来を見据えているのだろう。その祖父母が支えてくれるというのだから、怖いものはない。


 自分なら、とアンリも夢想する。


 もしも旅人になったなら、まずは砂漠まで行って、端まで飛べないか試してみたい。砂漠の向こうには海があるという。その光景まで見てみたい。それは今の生活に比べてずいぶんと自由で、しかし代わりに孤独なようにも思われる。戦闘職員仲間たちとは当然離れることになるし、友人たちではついてくることはできないだろう。


「なにぼんやりしてるんだよ、アンリ」


 気付くとアンリは話題に置いていかれていた。どうやら皆、旅人の生活に興味を持って、あれこれと二人に質問していたらしい。


「……いや。ただ、旅人っていうのも楽しそうだけど大変そうだなって」


 ははっとイルマークの祖父母が、そろって声をあげて笑った。


「そりゃあ大変なこともあるわよ。でも私たちも好きで旅しているんだから。楽しいわよ!」


 楽しそうに頷き合う二人は、よく気が合うらしい。こんなふうに気の合う者同士で旅に出られるなら、きっと楽しいだろう。


 あのときはあんなことがあった、けれどこうして乗り越えたね。あっちの国ではこんなことがあって、でも逃げ切ったよ……二人の楽しい苦労話に花が咲き、時間はあっという間に過ぎる。


 尽きない話を繰り広げているうちに、昼時になった。今日はイルマークの両親も来ていて、昼は家族で食事に出かけるのだという。


 久しぶりの家族水入らずの時間なのだろう。アンリたちは遠慮することにして、イルマークと別れた。




 午後に始まる公式行事の前に、出店を巡る。


 初日よりも店は多く、食べ物から雑貨まで、ありとあらゆるものが売っていた。なかにはイルマークの祖父母が土産に持ってきてくれたような異国の品もあり、アンリたちは目を輝かせてそうした品々に見入る。


「交流大会は人の集まる行事だからね。旅の商人さんとか、工芸作家さんが作品を持ってきていたりとか。普段では見られない物も多いんだ」


 エリックの説明を聞きながら、アンリたちは店を見て歩く。相変わらずマリアは甘いものばかりに目が向くようだが、アンリが目を留めるのは、だいたいが魔法関連の工芸品か魔法器具の展示販売だった。


「あ、見てウィル。あのランプすごいよ。彫りのところに細かく砕いた魔力石が埋め込んであって、模様が光るようになっているんだ。凝っているなあ。……あ、こっちの魔法器具は便利そうだ。これ、二人で持っていると相手のいる方向を指すんだよ。街中で、親が子供を見失わずに済む」


 店員の解説を聞かずにずばずばと魔法器具の効能を当てて自ら解説していくアンリに、ウィルは苦笑するばかり。しかしアンリ自身は夢中で、目をまん丸にしている店員の姿には気付く様子もない。


「来年はアンリの作った魔法器具の販売もいいかもしれないわね」


「そうだね! アイラ、天才! ねえ、美味しいお菓子の作れる魔法器具も作れるかなあ?」


「なんだかもの凄いものを売り出しそうだから、僕は反対だけど……」


「物を売るより、昨日みたいにドカーンと何かやってくれた方が面白くねえ?」


 アンリが魔法器具に夢中になっているのをよいことに、アイラたちはアンリを抜きにして、アンリに来年何をさせるかと話が盛り上がっていた。


 道の向こうから誰かの叫び声が聞こえたのは、そんなときだ。


「泥棒だぁ! 捕まえてくれぇ!」


 走ってくる男。その手の中には、真新しい壺。そちらに目を遣って、数日前にもこんな光景があったと思いながらも、今日のアンリは動かない。


 下手に動けば、楽しい友人たちとの一日をふいにすることになるかもしれないのだ。それに、いくら嘘の下手なアンリでも、動く必要の無いときに目立つつもりはない。


「そいつを止めてくれぇ! あぁ、でも壺は割らないで!」


 盗まれた壺の持ち主らしい男の悲痛な声が響くなか、盗んだ男がアンリたちの方へと迫る。しかし、アンリたちにたどり着く前に、男は突然何もないところでつまずいて、大きくバランスを崩して転んだ。


「うわぁぁっ! 壺っ、壺はっ!」


 後ろから追ってきた持ち主の男が商品を案じて嘆く。この場面で壺のことしか考えていないというのも、なかなか見上げた商人魂だ。


 ……と思いきや、商人にしては意外に若い。あれはもしや、中等科学園生ではないか。


「壺っ、壺! 午後の魔法工芸の品評会に出すっていうのに……っ!」


 つまり、公式行事に参加する三年生か四年生なのだろう。公式行事での成果は卒業後の進路に大きく関わるというから、必死になるのも頷ける。


 だが心配は無用だ。追ってくる彼からは人混みに隠れて見えないのかもしれないが、アンリたちにははっきりと、壺が無事であることが見て取れた。なぜなら。


「……う、浮いてる」


 人混みのなかで誰かが呟いた。派手につまずいて今も地面に転がっている男の頭の上に、男が抱えていたはずの壺が浮かんでいる。


 ウィルとエリック、ハーツ、マリアの四人がアンリを見た。違うよ俺じゃない、とアンリは肩をすくめる。アイラにはカラクリがわかったようで、彼女はじっと通りの向こうを睨んでいた。さすがに鋭い感覚を持っている。


「はいはい、盗みは良くないよー」


 場に似合わぬ穏やかな声と共に現れたのは、首都の防衛局戦闘職員の制服をまとった警備隊の男。アンリの良く知る人、つまり隊長だった。

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