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 スグルの戦法は未熟ながらも、魔法剣士のそれに近かった。風魔法を纏わせた木剣を操り、風刃で距離のある相手を撃ちつつ、巧みな剣技で近接戦闘も難なくこなす。弱点は魔法の練度が不十分で、遠距離攻撃では相手を戦闘不能に追いやるほどの威力が出せないことか。


 それまでのスグルの戦いぶりを見ていた魔法研究部の面々は、距離を取って戦うようにとあらかじめマリアに助言していた。剣で近距離から攻められてしまえば、武器を持たないマリアは圧倒的に不利だ。遠距離であれば相手の攻撃を防ぎつつ、マリアからは強い攻撃を撃ち込むことができる。


 ところが戦闘開始の合図の直後、先制したのはスグルだった。それも遠距離攻撃だ。容赦無く振るわれた木剣から、マリアの右腕を目掛けて風刃が放たれる。


 その攻撃の狙いを見てアンリはぎょっとした。


(たしかに腕輪さえ壊せばマリアは魔法が使えなくなる。でも、模擬戦闘くらいでそこまでしなくても……)


 スグルの風刃が狙ったのは、マリアの腕に着けた魔法放出補助装置だ。


 アンリは心中で彼の戦略を非難した。マリアの魔法器具は壊れても直すことが可能だが、それはアンリがいるからだ。普通なら多額のお金をかけて修理に出すか、あるいは購入し直す必要がある。


 もちろんその危険性を理解しながら模擬戦闘に臨んでいるわけだから、たとえ壊れてもその責任はマリアに帰することになる。それでもあえて狙いはしないのが、模擬戦闘における礼儀ではないか。


 マリアは身を捻ってなんとかその攻撃をかわした。そのまま走って、スグルからさらに距離を取る。距離を詰められないように動き回りながら、飛んでくる風刃は水で壁を作って防いだ。


(うまい。……けど、防戦一方だな)


 スグルからの斬撃を防ぐばかりで、自分から攻撃を仕掛けることができていない。というのもスグルの攻撃が間断なく続き、それを防ぐことに手一杯なのだ。水壁による防御だけでなく、左右に走って風刃を散らすようにもしているが、スグルの攻撃の手が緩む様子は見受けられない。


「いけーっ! スグルーっ! そのまま攻め切れっ!」

「マリアちゃん、頑張って!」

「マリアーっ! 守ってばかりいないで攻めろーっ!」

「スグルー! さっさとやっちまえーっ!」


 観客からは賑やかに応援の声が飛ぶ。それでも戦況が大きく動くことはなく、ただスグルが攻め、マリアが受ける状況がしばらく続いた。


 そうして数分が経った頃、もともと我慢強い性格をしていないマリアの忍耐力が、唐突にぷちっと切れた。


「し、つ、こーいっ!!!」


 突然の大声とともに、マリアは両手を上に掲げた。直後にスグルの頭上から、大量の水が降りかかる。


 訓練場と違い、水魔法用の貯水池などはない。空気中の水蒸気などから魔法を練り出さなければいけない場面でこれだけの水を降らせるとはたいしたものだ。うまくすれば溺れさせるか、せめて攻撃の手を止めさせることはできるだろう。


 案の定、スグルからの風刃は止まった。しかし、ここでのマリアの失態は、自分の生み出した魔法で敵の姿を見失ったことだ。水が止み、視界が晴れたとき。元々スグルの立っていた場所に、彼はいなかった。


 え、どこに……とマリアが辺りを見回したときにはもう遅い。


 スグルはマリアの背後に立って、彼女の首筋に木剣を当てていた。


 試合終了。スグルの勝ちだ。




「風魔法の防壁で水を防いで、そのままマリアに見えないように大きく外側を走って後ろに回り込んだんだ」


 試合を終えて戻ってきたマリアに、アンリは彼女が負けたときの状況を詳しく説明して聞かせた。


「遠距離で仕留めようって発想は良かったけれど、単純に水を降らせたのは失敗だったね。ああいうときには相手の逃げ道を水の壁で塞いでから水を降らせたほうがいい。そうすれば回り込まれることはないし、勝てたかもしれない」


 いずれにしても、相手の方が戦闘慣れしていたということだねとアンリは締めくくったが、声をあげて悔しがって泣くマリアにその言葉が半分も伝わったかはわからない。このときには、何も言わずに抱きしめて頭を撫でてやっていたアイラの方が、よほど優しかっただろう。


 しばらくしてようやく泣き止んだマリアは、良い試合だったと挨拶に来たスグルを悔しそうに睨みながらも、握手に応じて「次は勝つから」ときっぱり宣言していた。




 そうして二日目の大会を終え、三日目の朝を迎えた。


 年齢無制限の部の試合数に合わせて、会場の様子は前日までと大きく変わっている。同じ広場に小さめの会場が三つ作られて、昼までに行われる試合は、三箇所で同時に進められていくのだ。それから昼休憩中に昨日と同様に大きなひとつの円が描かれて、その後は一試合ずつ進められるという。


 会場のつくりも強化されている。ただ縄で場内外を区切っただけの前日までと異なり、年齢無制限の部では、場内で使われる戦闘魔法が観客にまで飛び出さないよう、結界用の魔法器具が設置されている。重魔法でもへっちゃらなくらい強力な魔法器具を用意したわと、サニアは胸を張っていた。


(まあ、五重魔法くらいやれば壊れそうだけど……)


 設備を見てそう思ったアンリだが、もちろん口にはしないし、やるつもりもない。


 こうして年齢無制限の部の大会が始まった。アンリは自らも参加する身でありながら、いよいよ本格的な模擬戦闘を拝むことができるという期待に、目を輝かせる。


 喜びに満ちたアンリの表情に不安を覚えたウィルが、苦笑して忠告した。


「アンリ、腕輪を着けているから大丈夫だとは思うけれど、やりすぎないようにね」

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