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交流大会初日、イーダの街はいつになく人で溢れていた。
元々が商業都市であり出歩けば多くの人とすれ違うイーダの街ではあるが、今日のように真っ直ぐ歩くのに苦労するほど人の行き来は珍しい。
「これでもまだ少ない方だよ」
人の多さにきょろきょろと辺りを見回すアンリに、ウィルが言う。
交流大会の開催は五日間。中等科学園の三、四年生による大規模な公式行事は、そのうち最後の二日間にまとめて行われることになっている。三日目までは有志団体による小規模なイベントがいくらか行われるだけなので、まだ街の外からの来訪者は少ない。
今でもすでに滅多に見られないほどの人混みだというのに。これで少ない方だとすると、五日目になったらどうなってしまうのか。アンリは驚愕に見開いた目で再び周囲を見渡した。
そして近くには、アンリと同じように落ち着きなく辺りを見回すメンバーがもう一人。
「マリアちゃん、はぐれないようにね」
「わかってるー」
エリックの呼びかけにほとんど反射のように答えるマリアだが、うわの空の声の調子は頼りない。大通りの両側に設置された数多くの出店に目移りし、あれも見たいこれも見たいと心が踊っているのだ。
「マリア、後にしなさいよ。午前中はサニア先輩の手伝いをする約束でしょう?」
「でもでも、売り切れちゃうかもしれないし……」
「まだ朝早いのだし、午後にはもっとお店が増えるわよ」
そんなふうにたしなめながら、アイラが慣れた様子でマリアの腕を引っ張って行く。その横でアンリの手をウィルが引き、ハーツの様子をイルマークとエリックとではらはらと見守りながら、七人は揃って模擬戦闘大会の会場となる広場へと向かった。
街の中心から見て、やや東の外れにある広場。
普段はただ草の生えていない地面が広がっているだけの、空き地のような運動場だ。今日はその中心に、直径三十メートルほどの円を描くように縄が張られ、周りに簡易な椅子が並べられている。
七人が着いたときには既に椅子が埋まり、その周りに立ち見の客がちらほらと集まり始めていた。
「みんな早えなあ。まだ始まりまでにだいぶあるだろ?」
「今日は初等科の部だから、子供の活躍を見たい親が多いんじゃないかな」
ハーツとエリックの会話を聞きながら、アンリは広場を見渡した。親どころか祖父母と思しき姿も見える。家族総出で子供の活躍を見に来ているのだろう。
公式行事ではなく、あくまで有志団体によるイベント。けれどもその人気は、思った以上に高いらしい。
「皆、こっちこっち!」
聞き覚えのある声に呼ばれて、七人は広場の中心、縄で囲われた方へと向かう。遠くから眺めたときには観客に隠れてわからなかったが、縄で作られた円の東西の端には同じく縄で通路が作られていて、それぞれ参加者の控え室となる広場端のテントへ繋がっているようだった。
その東側の通路の近くで、サニアがアンリたちに手を振っている。
「来てくれてありがとう。さっそくだけど、控え室で集まった子たちをよろしく!」
バタバタと慌ただしく行き交うスタッフの学園生に混ざり、アンリたちもスタッフとして腕章を付けて手伝いに加わる。そのまま東の控え室に入り、中に集まったまだ幼い初等科学園生の世話を焼くのが仕事だった。
手持ちの武器を延々と自慢する子。
周りの強者たちに怯えて泣き出しそうな子。
何も考えずに隣の子と楽しそうに大きな声で喋る子。
魔法ができるのだと鼻を高くする子。
これからの模擬戦闘を思い、どの子も興奮しているのだろう。孤児院にも色々な子供がいたが、これほど騒がしくはなかった。
「……俺、子供の世話って苦手かも」
「このくらいで諦めるなよ、アンリ。俺の村だと祭のときはもっとすげえぞ」
ハーツは年下の子供たちに手際よく指示を出し、列から外れた子供を連れ戻し、悪戯する子供を叱る。すっかり良いお兄さんになりきっているハーツに感嘆しながら、アンリは名簿を元に子供たちの出欠を確認して回った。
時間になり、観客への最初の挨拶のために子供たちを一旦全員テントの外に送り出したアンリは、大きく安堵の息をつく。それから同じくテントの隅で、うんざりとした顔を隠してもいないアイラを見遣った。
「ねえ、本当にアイラは一年前にあんな集団の中にいたの?」
「ちょっと、それどういう意味よ」
どうもこうもそのままの意味だ。この気位の高いアイラでも、一年前まではあんなふうに騒ぎ立てる子供だったのか。あるいは今と同じ性格のアイラがあの中に混じっていたとして、周囲の騒々しさに黙って耐えていることはできたのか。
言い争いが面倒で口に出さなかったアンリの考えを、エリックが正確に読み取って苦笑した。
「アンリ君、驚くのはまだ早いと思うよ」
確かに、それで驚くのはまだ早かった。
「……ねえ、本当にアイラは一年前にあんな集団の中にいたの?」
「うるさいわね」
アンリが同じことを呆然と呟いたのは、今度はテントの外でのことだ。
挨拶を終えてテントに戻った子供たちの世話を別の学園生に交代すると、アンリたちは外で観客席の整理にあたることになった。いよいよ模擬戦闘が始まると、観客が続々と集まってくる。中には我が子の勇姿を近くで見ようと、縄を越えて場内に侵入しそうな親さえいるので、それを押し留め、マナーを守った観戦を呼びかける。
そうして外で仕事をしていると、ときどき模擬戦闘の様子も目に入る。現在試合になっているのは、初等科学園でも低学年の子供と見える。二人は木剣を構えて向き合い、えいっ、やっ、と打ち合っている。
よく言えば微笑ましい。悪く言えば、生ぬるい。
まだ体の出来上がっていない子供同士だ。剣撃に力が無い。魔法を使うでもないため、ただ遊びでおもちゃの剣を交わすような試合だ。この二人ばかりでなく、だいたいの試合がこの程度の「お遊び」でしかない。
こういうものだと思っていれば、不思議でもなんでもないのだが。
「……まさか本当に、こんな試合で戦闘魔法を使ったの……?」
「しつこいわね。ちょっと周りがうるさくて、苛々していたのよ」
こんな子供の試合で戦闘魔法を使ったのか。否定されなかったことに愕然としているアンリに対し、エリックが横から必死にフォローする。
「あ、いや、アンリ君。準決勝くらいまでいけば、結構いい試合もあるんだよ。アイラちゃんだって、戦闘魔法は決勝でしか使わなかったし……」
それにしてもやりすぎだろう。
稀代の新入生としてアイラが恐れられたのは、その魔法の威力の故なのか、はたまたその非常識な行動のせいなのか。アンリはにわかに疑いを抱いたのだった。
ちなみに今年の初等科学園の部では、決勝までいっても大きな魔法が使われることは無かった。相手の服を水鉄砲で濡らす、嫌がらせのような攻撃があった程度だ。
さすがに決勝では上級生同士による見事な剣術の攻防があり、試合を制したのは、輝く金色の短髪が印象的な利発そうな男子だった。優勝後のインタビューで今後の進路を聞かれた彼は、魔法士科の中等科学園に通って魔法を学び、来年の大会では魔法で闘いたいと目を輝かせた。
なるほど、とアンリは頷く。
考えてみれば、まだほとんどが魔法を習ったことすら無い初等科学園生なのだ。模擬戦闘を行ったところで剣術ばかりになるし、まだ体の小さい初等科学園生の剣術では、迫力のある試合が見られないのも当然だ。
それなら中等科学園生の部であれば、もう少し見応えのある試合も見られるだろう。期待を込めてそう言ったアンリに、エリックはやや不安げな視線を送った。
「アンリ君にとって見応えのあるレベルかどうかは、わからないけどね」




