(12)
夜中に目を覚ましたアンリは、静かにベッドから降りると、窓を大きく開け放った。
風魔法により空気の壁をつくり、外気や音が部屋に入り込まないようにした。そのうえで隠蔽魔法により魔法の使用と、そもそも窓を開けていることを隠している。
振り返って二段ベッドの下の段を確認すると、何事もなかったかのように、ウィルが寝息を立てていた。
アンリはそのまま窓から飛び出し、飛翔魔法で西へ飛ぶ。イーダの街をぐるりと囲む高い塀の上に降り立ち、外に広がる森を眺めた。身体強化魔法により視力を強化して森の中を探る。すぐに、広い湖の岸辺に数人の人影を見つけた。
『見えました。もらった似顔絵と重なります。……殺害許可は?』
『許可は出ているが、できたら生け捕りしたいな。ほかの仲間の情報を吐かせたい』
『わかりました。善処します』
防衛局本部との通信魔法を切断すると同時に、アンリは指先に魔力を集める。樹木魔法と岩石魔法を練り、湖の人影へ向けて魔法を放った。攻撃に気付かれないよう、隠蔽魔法をかけることも忘れない。
魔法は数秒で人影の近くまで迫った。隠蔽しているとはいえ、さすがに目と鼻の先まで迫れば彼らも攻撃に気付いたようだ。しかし、迫ってから気付くのではもう遅い。防御に至らないうちに、急速に伸びた近くの樹木の枝葉が、彼らの体に強く巻き付いた。枝葉は巻き付いたそばから石化して、石の鎖として人影を捕らえる。石の重みに耐えきれず、人影がぱたぱたと倒れた。衝撃と重みで骨折くらいしているかも知れないが、全員息はある。
『完了しました。……見た限り、全員生きていると思います』
『早いな。回収は俺たちでやるから、お前は戻っていいぞ。呼び出して悪かったな』
『いえ、このくらいは……っと、まずい』
魔法により強化されたアンリの感覚が、倒れた人影に近寄る複数の魔力反応を感知した。人間ではない。魔力の強い大型の動物のようだ。せっかく生け捕りにしたのに、このままでは喰われてしまう。
アンリは塀を蹴ると、飛翔魔法に高速魔法を重ねて湖へ向けて跳んだ。先刻の魔法とほぼ同じ速さで湖に至ると、着陸と同時に腰のベルトから短剣を二本抜き、近くにいた二頭の熊をめがけて投げた。刃を眉間に受けた巨大な熊が、どしんと大きな音を立てて倒れる。
倒れる熊には目もくれず、アンリは追加で短剣を両手に持つと、周囲をざっと駆け抜けた。近寄る熊を手当たり次第に斬りつける。頭、首、心臓。確実に急所となる部分を斬り、刺し、貫くことで、アンリは十数秒のうちに、二十頭の熊を仕留めた。
全ての熊を殺し終え、アンリは立ち止まって周囲を見渡した。倒れている熊はすべて、体長が人の身長の三倍ほどにまで成長した巨大種だ。なにかのきっかけで魔力を喰って通常の動物よりも巨大化した動物は、より多くの魔力を求め、周囲の動植物を食い荒らす習性がある。放っておけば森が破壊されていたかもしれないことを思えば、他任務のついでとはいえ、処分ができて幸いだった。
近くの魔力反応が自分と周りに倒れる人々のもの、それから近付いてくる仲間の部隊のものだけになったことを確認し、アンリは短剣をしまった。




