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 訓練室の真ん中に置かれた大きな机には、これから製作する魔法器具の詳細な設計図と、材料となる素材とが並べられていた。土台となる腕輪は、大きさをアイラの細い腕に合わせて微調整してから机の中央に置く。


「えーっと、じゃあまず、右腕に着ける腕輪の方から」


 周りから興味津々の目で見られていることを意識して、アンリは敢えて宣言してから作業を開始した。


 アンリがちらりと目をやった設計図に描かれているのは、先日アイラと約束をした魔力貯蔵量の増強・攻撃魔法の威力増大・防護魔法の強化を目的とした魔法器具。寮の部屋で勝手に作って持ってこようと思っていたところを「安全管理上の問題があるから」とトウリに言われ、こうして訓練室で製作することになった。


 さらに勉強になるからとトウリが勝手に誘った魔法研究部の面々が、周りで目を輝かせながらアンリの手元を覗き込んでいる。見られて困るわけではないが、勉強にもならないだろうにとアンリは苦笑する。


 並べた材料にアンリは手をかざす。アンリの魔力を受けた素材が浮き上がり、それぞれ溶けたり砕けたり、アンリの思うように動いていった。


「……めちゃくちゃな作り方するんだな」


「よく言われます」


 トウリの呆れた声に、アンリは深く頷いた。


 通常、魔法器具の製作で素材を溶かしたり砕いたりする際は、物理的に熱を加え、槌で叩く。アンリのように魔法で行うこともあるが、同時にいくつもの素材を加工することはない。初めてこれをやって見せたとき、ミルナは反則だと言って泣いた。


 ちなみにこの製作方法の特殊性を知らない人……孤児院の院長先生や子供たちに見せたときには、料理のようだとか菓子作りのようだとか言われて、なかなか好評だった。全ての素材を卓に並べておいて混ぜ合わせる様子が、どうやらそう見えたらしい。アンリ自身は料理をしないので、いまいちその感覚が理解できないのだが。


 それでもアンリは自分の魔法器具の作り方が特殊であることを理解しているし、だからこそ同級生たちの手本にはならないと自覚していた。一般的な魔法器具の作り方を理解しているらしいトウリには呆れられたが、果たして同級生たちにはどう評されるのか。


 ちらりと彼らの顔を窺うと、反応は二手に分かれているようだ。


 ただ驚き感心した様子で素材の動きを見つめるアイラとマリア、ウィル、ハーツ。驚きながらも興味深げに注視し、時折手元で何かをメモしながら観察するイルマークとエリック。イルマークやエリックは魔法器具の製作に興味があるのだろうか。


「ええっと……これはけっこう、特殊な作り方だから。普通の作り方だとは思わない方が」


「それはわかります」


 もしもイルマークやエリックが研究職に進むなら。二人の将来を心配したアンリが呟いた言葉に、イルマークが即答した。エリックも苦笑しながら頷く。


 そんなやりとりをしながら、空中に出来上がった三個の石を土台の腕輪に埋め込み、無事に一つ目の腕輪が完成した。


 右腕用の腕輪に続き、左腕に着ける腕輪をつくる。ミルナの助言も踏まえて設計図を描いた重魔法発動用の魔法器具。苦労するだろうと思っていたこの腕輪も、意外とすんなり完成させることができた。


 ほっと息をついたアンリは、アイラに使わせる前に試してみようと腕輪を手に持って天井へ向け、重魔法を発射する。アイラがよく使う、炎魔法と風魔法の複数発動。個々に発動した魔法は魔法器具を通して重なり、炎の竜巻となって天井を打ち、部屋を震わせた。


 計画通り、複数の魔法を起動するだけで勝手に重魔法にしてくれる使い勝手の良い魔法器具になったようだ。


「……アンリ、お前。重魔法を撃つなら、やると言ってからにしろ」


 我に返ったアンリが見回すと、周りでは同級生たちが腰を抜かし、トウリが深いため息をついてアンリを睨んでいた。




 アンリは腕輪をアイラに渡し、これから数回の訓練に付き合うことを約束した。トウリは不安げな顔をしていたが、アイラの家で訓練をすると言えば、反対はできないようだ。「危険なことはさせるなよ」と忠告するのが精一杯らしい。


 次いでマリアが皆の前で、ここ数週間で磨いた水魔法の手腕を披露する。


「おぉ……」


 誰ともなく声を漏らしたのは、それだけの見応えがあったからだ。


 訓練室に設えられた貯水池から立ち上がった水が空中でいったん小さな球をつくり、そこから透明な若葉が芽吹く。やがて茎が伸び、葉が茂り、いくつもの蕾が膨らんで花が咲いた。空中に水で描かれた薔薇の茂み。アンリの重魔法のような派手さはないが、写実的でありながら幻想的な美しさがある。


 最後にはふわりと風が吹いたかのように薔薇の茂みが形を歪め、霧となって消えた。


 ……ここまでの流れは、アンリがマリアに教えた水魔法を魅せるための使い方。このあとは、マリアがどうしても皆の前でやりたいと言うのでやらせたが、本心では止めたかったデモンストレーションだ。


 幻想的に霧と消えた薔薇の茂みの余韻に浸ることもなく、マリアは池から再度水を持ち上げて、今度は勢いよく天井に向けて水鉄砲のように撃ち出した。


 突然天井まで舞い上がった水は、皆の頭上でパァンッと激しい音を立てて破裂する。無数の水の粒が周囲の光を受けてキラキラと輝き、まるで花火のように美しい。皆が「おおっ」と歓声を漏らして、その美しい輝きに魅入った。


 と、ここまでであればよいのだが。


 元々、薔薇の茂みを作るのに膨大な魔力を使っていたマリアには、打ち上げた水の後処理ができるほどの魔力が残っていない。天井で破裂して綺麗な輝きを見せた水は全て、その場にいる八人の頭上に降ってきた。気付けば全員が、土砂降りの雨に降られたようにびしょ濡れだ。


「……せっかく綺麗だったのに、これじゃあ……」


 皆のあいだで漏れるため息。一人マリアだけは、皆と一緒にびしょ濡れになりながらも得意げに胸をそらせていた。


「……危険がないのは認めてやる。マリア、お前は模擬戦闘に向けて戦闘の訓練と、自分の魔力量を把握する訓練をした方がいいだろうな」


 やれやれと呆れた様子のトウリは、それでも不平を言わず、教師らしくマリアに助言した。


 アンリもトウリの言葉に深く頷く。魔力量を考えればやらない方が良いと、アンリが何度言っても聞かなかったマリアだが。担任教師でもあるトウリの言うことであれば聞いてくれるのではないかと、その点に期待するしかない。


 こうして魔法器具製作も訓練もアンリが当初思っていた以上に順調に進み、気がつけば交流大会の日は、もうすぐ目の前に迫っていた。

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