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 防衛局の訓練場よりは簡易だが、学園の訓練室よりは設備が整っている。なにせ壁や天井を保護するための防護壁が、十枚も張られているのだ。通常の戦闘魔法であれば、十分に耐えられる。


 マリアの家の訓練室で内装をぐるりと見回して、アンリはこのように評価した。


 その間に、部屋の中央では大きな水飛沫。


「ちょっとアンリ君、見てたー!?」


「見てたよ。威力はいいけど、制御できないと使い物にならないね」


 トウリから取り返した新しい魔力放出補助装置を装着しての、初めての訓練。ひとまずアンリはマリアに、いつものように水を動かすよう言ってみた。その結果、訓練用の貯水タンクの水が全てまとめて、天井に向けて噴き上がったというわけだ。


 最近の部活動では、コップ一杯ほどの水を使って植物やら動物やらを空中に描く訓練をしている。本人はそれと同じように水を操ろうとしたのだろうが、伝わる魔力の量が多すぎて、持ち上がる水の量が圧倒的に違ってしまったのだ。


 噴き上がり、辺り一面に散った水をアンリの魔法で再び貯水タンクに戻す。


「水に向ける魔力の量を少なくしてみて。わかる?」


「うーん……」


 こうかな、とマリアが貯水タンクに手を向けると、先ほどよりは幾分か少ない水が天井に噴き上がった。タンクの中には、元の二割ほどの水が残っているだろうか。進歩はしているが、さすがにこれで満足するマリアではない。


「わっかんないよ! どうすればいいのっ!?」


「落ち着いて、初歩に戻ろう。最初に魔法を使ったときみたいに、空中に球を浮かべるんだ。複雑な形を作ろうとする必要は無いよ」


 むむむと唸りながら、マリアは細心の注意を払ってタンクに手を向ける。水の表面がゆらりと揺らぎ、全体が持ち上がろうとしたところで慌てて魔力を切って再挑戦。何度か繰り返してようやく、人の頭ほどの大きさの水球を作り上げて空中へ持ち上げた。


 初めて訓練をした頃の水球が拳大だったことに比べると、まだまだ大きすぎると言わざるを得ない。それをマリアもわかっているのだろう。せっかく大きな進歩が見られても、顔は苦い表情のままだ。


「うー……ねえ、もしかして私って、元の魔力が多いとかなの?」


「いや。魔法力を測ってクラス分けをしているんだし、元々の魔力量はエリックとかハーツとかと同じくらいのはず。今は、一度に放出できる魔力の量がほかの人たちに比べて段違いに多いっていうところかな」


 だからこそ、魔法の威力が強くなる。戦闘において威力の強い魔法を使えることは、悪いことではない。けれど制御ができなければすぐに魔力切れを起こすし、強い攻撃しかできないとなると使い勝手が悪い。


「まあ、まだひと月あるし。水魔法だけなら形にできるんじゃないかな。気長に頑張ろう」


 アンリがそうして励ますと、マリアは依然として苦い顔を保ちながらも、もう一回と言って自ら貯水タンクに向かい始めた。


 本当は戦闘向きの火魔法や土魔法も使えるように訓練していくつもりだったけれど……という言葉は飲み込んで、アンリはひとまず水魔法だけで戦闘が行えるレベルに至れるように、頭の中でマリアの特訓メニューを組み立てた。




 魔法研究部の活動のないとある日の授業後。トウリから教員室に呼び出されたアンリは、扉の前で今日一日の行動を振り返っていた。


(珍しく居眠りはしなかったし、魔法知識の講義でも目立つ行動はしなかったはず。通信魔法も使っていないし……)


 呼び出されるような失態はなかったはずだと自分を励ましてから扉を叩く。


 そうして教員室へ入ったアンリの顔を見て、トウリは呆れた様子で口を開いた。


「別に俺だっていつもお前に説教するつもりでいるわけじゃない」


 アンリは相当緊張した顔つきをしていたらしい。


 トウリはアンリを連れて、奥の指導室へと入った。通信魔法を怒られたとき以来だな、とアンリは懐かしく思い出す。トウリの言葉を信じれば、今日は説教ではないはずだが。


 椅子に座ると、トウリは部屋を覆うように防音の結界を張った。どうやら他人に聞かれずに二人で話をしたいということらしい。その用心ぶりに改めて身構えたアンリだったが、トウリの口から出てきたのは意外にもアンリ自身の話ではなかった。


「マリアの訓練の具合はどうだ?」


 なるほど、交流大会の日も近づいてきた。マリアの魔法器具が危険でないかどうか、確認したいのだろう。


「最初は派手に水を爆発させていましたけど、今ではだいぶ制御できるようになりましたよ。加減を覚えてからの上達は早くて、水魔法ならもうほとんど失敗しません」


「水魔法だけか」


「さすがに交流大会までだと間に合わないかなと思ったので」


 アンリの言葉にトウリはふむと唸って頷いた。これは良い評価と悪い評価、どちらの顔だろうか。簡単には判断がつかない。ややあって、トウリが低い声で呟く。


「危険がないならいいが……しかしお前、あまり本格的な戦闘魔法をやらせるなよ?」


「え、なんでです?」


 数回の訓練を経て、マリアは水魔法の扱いにずいぶん慣れてきた。しかしながら、一般的に生活魔法と呼ばれる水魔法を普通に使うだけでは、模擬戦闘では勝てないだろう。強く速く撃ち出して攻撃するか、粘りのある水の壁を作り出して防御するか。いずれにしても、水に込める魔力を増やし、戦闘魔法と呼べるところまで進化させなければ、いくら中等科学園生の部であるとはいえ、模擬戦闘大会を勝ち抜くことなどできないだろう。


 だからこそアンリはマリアに、水魔法を使った戦いの方法を教えるつもりでいた。つまり、本格的な戦闘魔法だ。それを止められてしまうとは。


 訝しげに眉を顰めたアンリを前に、トウリは深くため息をついた。


「やっぱりか。今、言っておいて良かったな……お前、魔法士科の中等科学院に入ったからといって、全員の希望進路が戦闘職だなんて思っていないだろうな」


「そんなことは思っていません」


 魔法士の仕事は多岐にわたる。アンリのように戦闘職に身を置くこともあるが、どちらかといえば少数派だ。ミルナのような研究職や、トウリのような教師という道もある。ほかに街中では魔法を使って治療をする医師や薬剤師もいるし、農業や製造業、建築など、ありとあらゆる分野に魔法士は存在する。そのくらい、アンリでさえ知っている常識だ。


「それなら、戦闘職以外の生活で戦闘魔法が必要になる場面が、どのくらいあると思う?」


 問いが変わって、アンリは思わず黙りこむ。「戦闘魔法」と呼ばれるほどに威力のある魔法など、戦闘以外での使い道はほとんどない。段々とアンリにも、トウリの言いたいことに理解が及び始めた。


「……でも先生、少なくとも今の模擬戦闘では、戦闘魔法が必要です。それに、戦闘魔法が使えたからって困ることはないでしょう?」


「それが、そうでもないんだよ」


 高度な戦闘魔法が使えるという事実そのものが本人に悪影響を与える場合をトウリは列挙した。危ない喧嘩を売られる危険性、犯罪集団にスカウトされる危険性、いざというときに戦闘に駆り出される危険性、謂われのない罪を着せられる危険性。


「要は危険な武器を手元に置いておくのと同じだ。いつでも使える武器を素人が手元に置けば危険を呼ぶ。本人に使う気がなくても、周りがそう思ってくれるかは、わからない」


「だから戦闘魔法は覚えない方が良いと?」


「まあ、一概にそれが良いというわけではないが。しかし学園ではそうした危険を避けるために、希望進路を戦闘職として固めた生徒にしか戦闘魔法を教えないことになっている。そうして教える魔法ですら、戦闘魔法の初歩までだ」


 なるほどとアンリは心中で頷いた。中等科学園を卒業して戦闘職員になった新人のほとんどは戦闘魔法が使えない。中等科学園で戦闘魔法をほとんど教えないためだとは知っていたが、それは学園生の習熟度の低さに由来するものと思っていた。まさか、学園の方針だったとは。


 しかし聞いてみれば、納得できない理由でもない。


 魔法研究部なるものを立ち上げて日々魔法の研鑽に励む友人たちの希望進路を、アンリは聞いたことがない。戦闘魔法を教えることが、本当に彼らのためになるのだろうか。


「まあ、模擬戦闘に向けてはやる気になっているみたいだし、今さら止めろとは言わん。だが、水魔法だけにしておけ。それ以上に手を伸ばすなら、もう少しよく考えろ」


 話はそれだけだ、と言ってトウリは部屋に張った防音の結界を解除した。促されて部屋を出たアンリは、廊下を一人で歩きながら今しがたの話を思い返す。


 そういえば森の中で出会ったエイクスも、危険性を指摘するだけでなく、学園生が魔法力を強化する行動自体さえ批難していた。あれも、同じ考えに基づくものだったのかもしれない。学園生がなまじ戦闘力を身につけては、将来の危険に繋がると考えられているのだ。


 まだまだ自分は世間を知らないし、考えも甘い。そのことに思い至って、アンリは小さく舌打ちした。

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