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翌日の魔法研究部の活動は、空き教室を使った座学となった。トウリは会議があるとかで不在にしていて、今日はアンリがこの場を担うことになっている。
アンリはいくつかの机に、鞄から取り出した素材をばらばらと無造作に並べた。
「魔法器具を装着すると言っても買ったら高くつくし、既製品を組み合わせるのだと数も多くなって邪魔だろ? やっぱり自分たちで作った方がいいと思うんだ。魔力貯蔵量の増強とか、攻撃魔法の威力増大とか、防護魔法の強化とか……材料は色々そろえたけれど、どうする?」
あちこちで採れる鉱石、天然の魔力石、珍しい薬草に、様々な効能を持つ木の実。役に立ちそうな魔法器具の材料を思い付く限り机上に並べたアンリは、さあどれが良いと皆に笑顔で問いかけた。
ところが皆から返ってくるのは、戸惑って引きつった苦笑ばかりだ。
「……ええっと、アンリ君。見間違いでなければ、それはもしかして、ドラゴンの鱗?」
エリックが指差した先にあるのは、手のひら大の、青緑に輝く半透明の素材。歪んだ円形をした硬い鱗。
「うん。さすがエリック、見たことあるの?」
「ええっと……資料室で」
「図書室の横の? こういうの置いてあるんだな。ドラゴンの鱗はかなりの魔力を溜め込むことができるから、魔力貯蔵量を増やす魔法器具を作るのに丁度いいんだ」
とはいえドラゴンの鱗が使われている既製品の魔法器具を買おうと思ったら、学園生の小遣い程度ではとても足りないが。それでもアンリなら、自分で採って来ることができる。
「……ところでアンリ。貴方、自分はどうすることにしたの」
無数の素材を前にしながら、アイラが表面的には関係のないことを言った。考えてみれば、たしかにそれを確認しない限り、どんな魔法器具を使うか作戦も立てにくいだろう。もっともアイラとしては、あまりにも現実離れした素材の数々から話題を逸らしたかっただけかもしれないが。
「うーん、ちょっと考えたんだけど、さすがに補助器具を使っていると言ったところで、俺の全力だと学園生としては無理があると思うんだ。だから、全力は出さない。むしろこれを使おうと思う」
アンリは素材を大量に取り出した鞄から、もうひとつ新たに腕輪を取り出した。その鞄はどうなっているのかとハーツが問えば、空間魔法で自室と繋がっているのだとアンリはこともなげに答える。また皆が顔を引きつらせたのは言うまでもない。
そんなことには構いもせずに、アンリは取り出した銀色の腕輪について説明を始めた。
「魔力放出無効化装置の、効果を弱めた魔法器具だよ。これを着けると魔力の放出が難しくなって、俺だと生活魔法くらいしか使えなくなる」
え、と声をあげたのはアイラとウィルだ。魔力放出無効化装置と言えば、先日の体験カリキュラムの頃、アイラの父親が開発を主導していた魔法器具だ。その頃ようやく開発に成功したような魔法器具を、最後に少し開発に関わっただけのアンリが改造したと? 二人の表情はそんな驚愕を表している。
「協力を条件に設計図を見せてもらったし、改造はそんなに難しくなかったよ。まあ、魔力放出を阻害する装置なんて、作ったところで普通なら使い道がないんだけれど」
そもそも並の魔法士であれば魔力の放出阻害が行き過ぎて、魔力放出無効化装置と同じになってしまう。最低限、上級魔法戦闘職員並みの力がなければ意味をなさない魔法器具だ。使い道などあるはずがない。
それが、今回ばかりは役に立つ。
「元々、生活魔法だけって話だからアイラも出ることにしたんだし、それ以上の魔法を使うつもりはないよ。この魔法器具で、それを確実にするつもり」
かしゃりと魔法器具を右腕にはめて、アンリは続ける。
「それに俺の魔法ってたぶん、生活魔法だけでも学園生のレベルとしては高い方だろ? これを着けていれば魔法器具で生活魔法を強化しているんだろうって思ってもらえて、ちょうどいいんじゃないかな」
それっぽいだろと言って右腕を掲げてみせるアンリに、仲間たちはただ呆れたため息をつくことしかできなかった。
アイラのためには、魔力貯蔵量の増強・攻撃魔法の威力増大・防護魔法の強化の三つを同時に叶える魔法器具を用意することとなった。アンリの思い付いたものを全て盛り込む形だ。アイラの家の財力なら既製品で全てそろえることもできそうだったが、そこはアンリが製作を請け負った。
「まあ、協力すると言ったし。それに既製品だと腕輪三つになるから、相当重くなるよ」
「それなら、お言葉に甘えるわ」
そしてもうひとつ。アイラが「もしもできるなら……」と珍しく控えめに申し出た魔法器具も、うまくいけば模擬戦闘大会で披露することになる。
「重魔法が使えるようになる魔法器具なんて、作れないかしら」
二つ以上の魔法を同時に重ねて発動し、相乗効果により威力を高める「重魔法」。国内でも数えるほどしか使い手のいない魔法だが、学園生の身ながら、アイラはすでに重魔法を使うための訓練を始めている。
しかし、模擬戦闘大会までに使えるようになるかといえば、とてもではないが難しい。それを魔法器具の力を借りてでも実践で使いたいと考えているらしい。
さすがにアンリは頬を引きつらせた。
「こっちは生活魔法しか使わないっていうのに、アイラは重魔法まで使うつもり……?」
「アンリは魔法だけでなくて物理的な戦闘も得意でしょう? 重魔法を使えるくらいでちょうどいい試合になると思わなくて?」
言われてアンリは想像を巡らせる。たしかにアイラが魔法力を多少強化したとしても、近接戦闘に持ち込めば負ける気はしない。彼女の言うとおり、重魔法を撃ってくるくらいになってようやく良い勝負になるだろう。
良い勝負になるということは、自分の勝率が下がるということだ。
しかし協力すると言ってしまった手前、断ることはできない。
「……作ってみるよ。アイラは二種類の魔法の同時発動はできるよな? 発動した魔法を重ねるところを補助する魔法器具なら、作れるかもしれない」
既製品に類似の魔法器具はないので、一から設計することになる。しかし重魔法を使う感覚を知っているアンリには、一応は製作の目途が立つ。
「確実に作れるとは言い切れないから期待はしないで。あと、作れたとしても扱うためにはそれなりに練習が必要だと思うから……まあ、その練習には付き合うよ」
アイラがアンリに勝つための手伝い。それには当然、魔法器具の使用訓練も含まれているだろう。そうでなくても重魔法の練習など危険すぎて、一人でやらせる気は起きない。
「あら、ありがとう。助かるわ」
アンリが仕方なくやると言っていることを理解した様子で、アイラは強気に微笑んだ。




