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 部活動後に教員室を訪ねたアンリのことを、トウリは心配症だなと顔をしかめて迎えた。


「お前がいれば問題ないと言っただろう」


「でも俺の実力なら危険はないことくらい、最初からわかっていましたよね。それでもついてきたのはなぜです? 何を見て問題が無いと判断されたんですか」


 しつこいと言われようと、アンリに引く気はない。撒こうと思えばできたところを、同行を許したのだ。理由を聞く権利くらいあるだろう。


「……理由は二つだ」


 諦めさせることは難しいと悟ったのだろうか。トウリはやや渋りながらも話し始めた。


「ひとつは俺の体面の問題だ。生徒たちだけで森に行くなんて危険なことを、自分の目で見て確認せずに許すわけにはいかんだろう」


 お前は身分を隠しているわけだし、と嫌味のように言われてアンリは口を歪める。そう言われてしまうと、我儘に付き合わせている以上、文句を言うわけにもいかない。


 むしろ感謝をすべきなのだろう。トウリとしては万が一誰かに責められたときの言い訳に、アンリの身分や実力のことではなく「自分の目で見たから大丈夫」と話すつもりでいるのだ。アンリの秘密を極力守ろうとしてくれている、その姿勢はアンリにとって有り難いものだ。


「もうひとつは、単純にお前を信用していなかっただけだ」


「……どういう意味です?」


「お前自身の力は優秀だが、ちゃんと周りが見えているかどうかは別の話だ。お前、一般の学園生の地力がどの程度かを知らないだろう。他の奴らがお前に及ばないのは魔法力だけじゃない。体力や、野外活動への慣れ、集団行動の慣れなんかも、防衛局で戦闘職経験のあるお前には遠く及ばない」


 そんなことはさすがにわかっている、とアンリは不満を顔に表した。入学したての頃であればまだしも、数ヶ月も経った今であれば、共に過ごしている仲間たちのことくらいは把握している。


 しかしトウリは、疑わしげに目を細めた。


「……お前、俺がついて行っていなければ誰かに狩りをさせていただろう?」


 あと少しで苦情を申し立てるところだったアンリは、はっとして口を噤んだ。たしかにトウリの言う通り、アンリは本来、皆で狩りをするために森に出たのだ。目的は魔力の器の増強。動物を狩り、直接魔力を吸収することで、森の中を歩き回るだけよりも何倍もの効果が出る。トウリが同行することになり、危険と言われそうだからやめたのだが。


「今回、皆の動きを見て、本当にそれができるレベルだと思ったか?」


 無理だ、と即答できる速さでその答えに思い至り、アンリは気まずくなって視線を逸らせた。皆の力は把握しているつもりだった。しかし森を歩くというそれだけで皆があれほど疲れを見せ、あれほど行程が進まないものとは思っていなかった。


 それがつまり、一般の学園生の地力を知らないということなのだろう。


「わかったか? そういうことだ。……だが最初の思いつきはともかくとして、活動中はしっかり周りを見ていたし、皆への配慮もできていたからな。もう、そうそう無茶なことをさせようとも考えないだろう? だから問題ないと判断したわけだ」


 つまりアンリが皆に無茶をさせるかもしれないと疑っていたということ。しかし昨日の動きから、その点について一応はトウリの信用を勝ち得たということ。


「……ちなみにどうして、俺が皆に狩りをさせようとしていると思ったんです?」


「全員の持ち物にナイフだのロープだのと危険な物を指定するからだ。護身用にしてはやりすぎだな。散策だけなら荷物を減らして軽くした方が、足は進むぞ」


 なるほどとアンリは頭を掻いた。自分の身分や力を隠すのに、アンリは魔法を使うところさえ見られなければよいと考えていた。しかし他人の目というのは、意外にも細かいところを見ているものだ。アンリはもう少し周りに気を遣った方が良いようだ。


「……大変勉強になりました」


「お前にも教えることがあってなによりだ」


 ニヤリと勝ち誇ったように笑うトウリにふて腐れた顔で返すしかできなかったアンリは、そのまま教員室を後にした。




 翌日の授業後、アンリとアイラ、それにマリアは二年生のサニアの教室を訪ねた。魔法研究部全員の思い付きなので全員で訪ねても良かったのだが、さすがに約束も無しに大人数では迷惑だろうと自重して、最も関わりのある三人が代表として来たのだ。


「あら、面白そうね!」


 マリアが魔力放出補助装置を付けて参加するように、アイラも補助用の魔法器具を付けて参加したい。そのことを申し出ると、サニアはすぐに顔を輝かせた。


「いいわよ。どのみちマリアさんのことを考えると、ルールは魔法器具可にしておかないといけないし。……ああでもアイラさんは、中等科学園生の部ではなく年齢無制限の部に参加したいっていうことかしら」


 そもそもサニアは年齢無制限の部をアンリで、中等科学園生の部をアイラで盛り上げたいという構想を持っていたはずだ。アイラがアンリと同じ部門に参加するとなると、もう一方を盛り上げるための計画が狂ってしまう。サニアが表情を曇らせた。


「私がどこの部に参加するのかは、私の判断でよろしいでしょう?」


「もちろん、そうなんだけれど……」


 元々が自由参加の模擬戦闘大会だ。主催者だからと言って、希望者の参加先部門を勝手に変更できる道理はない。それでもサニアは悔しげだ。


 そんなサニアに向けて、マリアが意を決して力強く手を挙げた。


「……そ、それでですね! 中等科学園生の部には私が出たいと思うんですけど、どうでしょう!?」


 これはあらかじめ、魔法研究部の面々で話し合っていたことだ。魔法研究部員同士での対戦をできるだけ避けるために、マリアは中等科学園生の部に参加する。そうすればアイラが抜けることに対するサニアの不興も少しは緩和できるだろうという、下心もあった。


 マリアを見つめながら思案顔になったサニアは、やや俯いて独り言のように呟く。


「うーん。アイラさんがいいのは昨年の初等科学園生の部の優勝者だからなんだけど……でも、アングルーズ家の期待の新人っていうのも悪くはないかしら。あ、魔法探求のために部活動を立ち上げた期待の一年生が初登場っていうのも、悪くはないわね……」


 どうやらマリアの存在をいかにして集客に使うかを考えているらしい。やがて顔を上げたサニアは、にっこりと明るく笑った。


「ま、いいわ。宣伝文句は後で考えましょう。でもマリアさんは本当に中等科学園生の部でいいの? 年齢無制限の部で、アイラさんやアンリ君と戦いたくはない?」


「いいえっ! 私はアイラをアンリ君に勝たせるのに力を尽くしますからっ!」


 二人の対戦が見たいからむしろ年齢無制限の部には出たくないです、とマリアは力強く宣言した。そこまでアイラに負ける俺が見たいのか、とアンリは苦笑するしかない。


 なるほどねえとサニアは何やら面白いことを思い付いたという様子で、人の悪い笑みを浮かべた。


「ところで魔法器具の装着を認めるということは、学園生が強い魔法を使っても不審がられないということでもあるわ。……ねえ、アンリ君。模擬戦闘大会で、全力で戦ってみる気はない?」


 サニアの問いに、アンリは目を丸くした。つまり魔法器具を装着しているふりさえすれば、どんなに強い魔法を使おうが、魔法器具のおかげだと言い張ることができるのだ。その手は思い付かなかった。


 対するアイラは、珍しく不安な様子を見せる。まさか全力のアンリと対戦しなければならないのかと、その顔が突然降りかかった不幸を語っていた。


「……まあ、突然こんなことを言われても、アイラさんは困るわよね。ほかの皆とも話し合って決めてちょうだい。私としては、大会が盛り上がるならなんでも大歓迎だわ」


 驚きと不安とを隠すこともできない一年生たちを前に、サニアは一人、満足げな笑みを浮かべた。

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