(15)
その日の授業後、いつもの魔法訓練を始める前に、魔法研究部の面々は訓練室の入口近くに集められた。
皆の前に立ったトウリは咳払いをひとつしてから、重々しく口を開く。
「昨日の野外活動だが、全体的に見て特に問題はなかった。アンリが主導することと、アンリの指示に従うこと。それさえ守ればお前らだけで行っても構わないだろう」
トウリの言葉を、アンリは目を丸くして聞いた。昨日のエイクスとトウリとのやり取りから、アンリは自分の思慮不足を十分に感じ、反省していたのだ。てっきり禁止されるか、何かしらの条件が付くのだろうと思っていた。まさか全面的に認めてもらえるとは。
「どうした、何か言いたいことでもあるのか?」
もの問いたげな顔をしていたのは、アンリだけではなかったらしい。トウリが指名したのはイルマークだった。イルマークはやや暗い顔で、少しだけ気遣うようにアンリに視線を遣ってから口を開く。
「……危険は無いかもしれませんが、私たちだけで森の中を歩き回っては、また昨日のような問題が起こるのではありませんか」
「ふむ。それはそうだろうな」
トウリはさも当然と言わんばかりに、あっさりと頷いた。だったらなぜ、と食いつくイルマークに、やれやれと首を振る。
「あのな。あれは昨日会ったのがエイクス殿だったからああいう話になっただけだ。あの場で会ったのが別の人間だったら、生徒の活動にわざわざ教師がついてくるなど過保護だと言われたかもしれない」
言われたこと全てに対応するなど不可能だ、とトウリは言った。
「もちろん人の忠告にはしっかり耳を傾けるべきだ。それが従うに値する言葉なら、従うべきだろうな。で、お前らは昨日のエイクス殿の言葉をどう思ったんだ」
「アンリのことを知りもしないくせに、と思いましたわ」
間髪入れずにアイラが言った。横でマリアがうんうんと頷いていて、そんなふうに思っていたのかとアンリは再び目を丸くする。「お前は?」と、トウリはそんなアンリの意見を問うた。
アンリはしばし口を閉じる。アイラとマリアがあまりに自信に満ちた顔をしているので、自分の感覚がおかしいのだろうかと不安に思ったのだ。しかし黙っていても話は進まないので、仕方なくアンリも自らの意見を口にした。
「……戦闘職員だということを隠しているのは俺なので、あんなふうに言われるのも無理はないと思います。隠したいし、文句も言われたくないというのは我儘だな、と。少しは他人の目も気にした方が良いと反省しました」
アンリの意見に賛同の意を示したのはイルマーク。エリック、ウィル、ハーツの三人は、ふたつの意見を吟味するように難しい顔をしながら、黙ってトウリの言葉を待っている。
自分の感覚がおかしいわけではないと確認できたことで、アンリは気持ちを落ち着けた。
全員の反応を見渡して、トウリは小さく頷く。
「どっちの意見も間違っちゃいねえよ。それで、今後はどうすべきだと思う?」
「模擬戦闘大会で、私とアンリの戦闘力を存分に見せつけるべきよ」
またも即答したアイラの言葉に対し、アンリは眉根を寄せて彼女を見た。アンリは今でも、極力自分の力を隠したいと思っているのだ。模擬戦闘大会での対戦に向けて闘志を燃やしている件といい、今回の件といい、勝手に巻き込まないでほしい。
しかしアンリの視線にアイラは気付く様子もない。アンリは仕方なく口を開いて、自分の考えを言葉にする。
「……俺は、人と会わないように気を付ければいいかなって思っていました」
「どちらも有効な対応だな」
トウリはどちらが正しいとも言わず、二人の答えに対して平等に頷いた。
「俺が問題ないと言っているのは、あくまで怪我や命に関わる危険はないだろうという話だ。他人にあれこれ言われることについては、お前ら自身でなんとかしてみろ。アイラの言う方法も、アンリの言う方法もある。あるいは結果としてエイクス殿の忠告を受け入れて森に出るのをやめると言うなら、それはそれで構わん」
それまで真面目くさって話していたトウリはそこで、表情を崩してニヤリと笑った。
「とはいえ、お前らはここでやめるような大人しい生徒じゃないだろうがな。ま、せいぜい悩め。相談には乗ってやる」
それで話はいったん終わりになって、本来の部活動、すなわち魔法訓練を始めることになった。訓練室を使える日は限られているので、時間を無駄にするのはもったいない。
アイラはアンリを倒すための戦闘魔法の訓練を。ほかのメンバーはトウリの指導の下に、基本的な魔法の訓練を。マリアは性能が悪い方の腕輪を着けて「つまらない」とぼやきながらも、皆と一緒に基本的な訓練をしている。
アンリもトウリに聞きたかったことを部活動後に持ち越すことにして、皆の魔法に文句を付けたり手本を見せたりしながら、のんびりと部活動の時間を過ごしたのだった。




