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 東の森を散策した翌日の昼休み。一年三組の教室に、二年生のスグルが顔を出した。


「昨日は本っ当にすまなかった! 申し訳ない!」


 顔を合わせるなり勢いよく頭を下げたスグルに、アンリは驚いて椅子から立ち上がる。


「いやいやいやいや。顔を上げてください。俺に謝る必要なんてありませんから。そもそも、スグルさんは何も悪くないですし」


「いや! 俺の家庭教師の先生なんだ。先生を止められなかった責任は俺にある」


 そう言われても、アンリも途方に暮れてしまう。昨日の一件は結局、あの言い合いだけで終わったのだ。もしかしたらトウリは気分を害したかもしれないが、その後の彼の態度からは、そんな様子も見受けられなかった。


 とはいえ、昨日トウリの考えが読み取れなかったのは朝から夕方までずっとではあったのだが。昼にやや気を許してくれたようにも見えたが、そのときだけだった。


「謝るなら、トウリ先生に言ってください。たぶん、気にしてはいないと思いますけど」


「ああ、先生のところには朝のうちに行ったんだ。気にしていないと言われたよ。たぶんアンリ君もだろうとは言っていたけれど……でもやはり、謝っておきたくて」


「気持ちはわかりますが、俺も気にはしていませんよ。むしろ、少し感謝しているくらいです。学園生だけで森に入ったら周りからどんな目で見られるのか、多少は理解できました」


 そう言って、アンリは肩をすくめる。


 実際のところ昨日の散策は、エイクスと出会ってしまった以外は特段の問題なく終わったのだ。しかしそれは他人に言わせれば「運が良かった」だけなのであって、危険であったと言われてしまえば反論はできない。


 アンリは世間の目というものを甘く見ていた。遊歩道を抜けて森の中へ入り込む輩はたくさんいるから、気にされないだろうと思っていた。しかしそれは、何があっても自己責任で片が付く大人の話だ。子供が同じように危険を冒そうとすれば誰もが止めるだろうし、昨日のように、それを許した保護者を責める人もいるだろう。


「……でも、アンリ君には周りに何も言わせないだけの実力があるだろう」


 スグルがやや声を低めて言う。アンリが学園で実力を隠していることを知っているから、気を遣ってくれているのだ。


「それでも、はたから見ればただの中等科学園生ですから」


 確かに昨日のあの場で、アンリが戦闘職員としての実力を見せるか、あるいは身分証でも提示すれば、エイクスの言葉を止めることはできたのかもしれない。けれどアンリは、それをしないことを決めている。


 自分の意思で力を隠すことを決めたのだ。だからこそアンリは、普通の中等科学園生に見えるように、危険を避けて行動しなければならなかった。


「とにかく、昨日のことは先輩もエイクスさんも悪くはないですよ。ちょっと俺の思慮が足りなかっただけで」


「そんなこと」


「それにしてもエイクスさんって、なかなかに実力のある人なんですか。……悪く言うつもりはないですけど、教師をやっている人に対してあれほど強気にものを言えるっていうのも、珍しいと思って」


 あまりに謝られ続けるのも気まずいので、アンリはそれとなく話題を逸らした。そこで思いもかけない情報を入手することになるとは思わずに。


「ああ、実力は確かだよ。家庭教師の仕事を始める前は、異国で傭兵をしていたと言っていたかな。去年、交流大会のイベントで一般参加の模擬戦闘大会があったんだが、彼はそこで優勝したんだ」


 え、と口を開いたアンリを前に、スグルは苦笑した。


「サニアに頼まれて、お願いして出てもらったんだ。前回優勝者として今年も参加すると思うけど……今年はアンリ君も出るんだろう? 優勝景品をココアにすると言っていたし」


「……なんで優勝景品がココアだと、俺が出るんだと思うんです?」


「だってココアって、アンリ君の大好物だろう? ドラゴンの洞窟の手前で待っているときに、隊長さんが言っていたよ。ココア一年分なんて模擬戦闘らしくない景品、アンリ君を釣るため以外の目的があるとは思えない」


 隊長め、とアンリは心中で毒づいた。待っている間にいったいどんな話をされていたのかと思ってはいたが、そんな無駄な情報を暴露されていたとは。いや、こうしてアンリが模擬戦闘大会に参加することになったのだから、あながち無駄とも言えないのか。


 話が逸れたことに気付いたスグルが、軽く咳払いする。


「まあそういうわけで、エイクス先生も実力はある人だよ。悪い人ではないのだけれど、ただ少し、自分の信念に忠実で、熱くなってしまうところがある人なんだ」


 なるほどエイクスにとって昨日のトウリの態度は、教師として許しがたいものだったのだろう。アンリのことを知らない人からすれば、森林内における危険を軽視し、生徒を危険に晒す無責任な教師に見えたに違いない。


 家庭教師としての仕事と信念に熱く燃えるエイクスにとっては、許しがたい光景だろう。


「模擬戦闘大会でアンリ君の戦闘を見れば、先生の考えも変わるとは思うけれど」


「……俺、そんな目立つ戦いをするつもりはありませんよ。まあ、勝つつもりではいますが。ココアがあるし」


「大人に混ざって戦って勝ち抜けば、否が応でも目立つさ。どのみちエイクス先生も勝ち進むだろうし、どこかで対戦があるんじゃないかな」


 楽しみだ、とやや表情を明るくして言うスグルに、アンリは苦笑いを返した。戦闘を楽しみにしてくれるのは結構なことだが、アンリに負けるつもりはないのだ。下手をすると、エイクスに恥をかかせかねない。


 そんなアンリの心配をよそに、スグルは来たときよりもだいぶ穏やかな顔付きで教室を出て行った。

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