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 大都市イーダの出入口となっている巨大な門は、行き交う人で溢れかえっていた。その門の街側の片隅で、アンリとウィルは友人たちを待っている。


「僕だけの秘密の特訓だと思っていたのに」


 普段は温厚なウィルが、珍しく口を尖らせている。というのもアンリが彼に断りもなく今日の予定に他の面子を誘ったからなのだが、当のアンリに悪気はない。


「いいだろ、大人数の方が楽しいし。ウィルの特訓の効果が落ちるわけじゃない」


「それだけど、大勢で行ったら一人の獲得できる魔力の量は減るんじゃないの?」


「そりゃあ何十人も行けばそうなるけど。二人で行くか八人で行くかで大した差はないよ」


 機嫌が悪い方に傾いているウィルは、ふうん、というやや疑りを含んだ息を漏らす。アンリはそれを聞き流して、街中へ続く道へと視線を移した。さすがに相談はした方がよかったかと、反省はしている。素直に謝るつもりもないが、負い目がある分あまり強気に物も言えない。


 道の奥から見慣れた影が近づいてくるのが見えて、アンリはため息をついた。ただ友人たちと一緒に行くことになっただけなら、ウィルもこれほど機嫌を損ねることはなかっただろうし、アンリも負い目を感じることなどなかったはずだ。


 その負い目の元となった人物が近付いてくる。


「よう。二人とも早いな」


 せっかくの休日に友人たちと楽しくハイキング……そんな自由な場に、なぜ教師を登場させなければならないのか。


 目の前で立ち止まったトウリを前にして、アンリはこれ見よがしに深くため息をついて、うなだれた。




「もう一度聞きますけど。本っ当についてくるんですか」


 その後に集まった魔法研究部の面々とともに門を抜ける方へと歩き出しながら、諦め悪くアンリは念を押す。問われたトウリはこともなげに「当たり前だ」と頷くと、面倒くさそうに頭を掻いた。


「俺だってただのピクニックなら何も言わないが……アンリ、お前のやろうとしているのは若手の戦闘職員がやるような訓練だろう。学園の外だからと言って、生徒たちをそんな危険なところに放り出せるか」


 アンリたちの今日の目的地は、イーダの街から見て東にある森林。魔力の器を拡大するためとして、ウィルとよく訪れている場所だ。アンリはそれと同じことを、今度は魔法研究部のメンバー全員とともにやろうとしているにすぎない。


 魔法の器を鍛えるために、森で歩き回って獲物を狩り、その魔力を吸収する。たしかにこれは新人の戦闘職員に一般的な魔法力強化の訓練内容だ。トウリの心配も、もっともとは言える。


 それでもアンリは拗ねたように唇を歪め、不満を露わにしていた。


「そんな本格的にやるわけじゃないし、危険なんてありませんよ。いざとなったら俺がいるし」


「たいした自信だな。まあ、それに伴う実力があるんだから、文句は言えねえが」


「でしょう? そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


「……大丈夫かどうかは俺が決める。安心しろ。今回見て大丈夫そうなら、毎回ついて行くようなことはしない」


 きっぱりと言い切るトウリの口調に、アンリは眉を顰めた。どんなに言い募ろうと、今回の同行をやめるつもりはないらしい。諦めてトウリの隣を離れたアンリは、せめて友人たちの輪に近付く。エリックが呆れた様子ながらも、優しく迎え入れてくれた。


「アンリ君、そんな、今さら先生を除け者にしなくても……」


「でもさ、せっかくの休みなんだし」


「そんなに邪険にすると、まるでやましい事でもしようとしているみたいですよ」


 横から涼しい顔でイルマークが言う。他の面々にも苦笑混じりに諫められたうえに、先ほどまで不機嫌にしていたウィルまで面白そうにアンリを責める側に加わっているのを見て、結局アンリは口を尖らせて黙り込むことになった。


「それにしても、街の外なのにえらく道が綺麗だなあ」


 呑気にまったく違うことを口にしたのはハーツだ。分厚い門をくぐり抜け、ようやく広がった外の景色に、きょろきょろと辺りを見回しながら歩く。


 草原の真ん中を真っ直ぐに走る街道は、馬車がすれ違えるように幅広く丁寧に舗装されている。街の外とは思えない整備の良さに、ハーツの目が輝く。


「貴方、街の外に出たことがないわけではないでしょう?」


「入学してからは初めてだよ。門の外に出るのって、手続きとか面倒だろ?」


 ハーツの言葉に、マリアやアイラは驚きを見せる。イーダの街をぐるりと囲う塀や門の主要な役割は動物避けであって、人の出入りを防ぐことを目的とはしていない。昼間の時間に出入りするだけなら徒歩であろうと馬車であろうと誰何されることはないのだと、幼い頃からイーダで過ごす彼女たちは知っている。


 一方でハーツは、むしろ二人が驚いていることに対して、意外そうに眉を上げた。


「この辺りだと、塀の外へは良く出るのか? 俺の村は小さいから、そもそも塀に囲まれてはいなかったけど。でも村の近くの大きい街だといかつい門があって、出入りにややこしい手続きが必要だったよ。街の奴らは手続きが面倒だからって、あんまり外に出てこなかった」


 そんな街があるなんて知らなかったとアイラとマリアは目を丸くする。一方で同じイーダ育ちのはずのエリックは、やや苦い笑いを浮かべていた。


「前に旅行に行ったとき、どこかの街を出るのに、検問のために五時間近く待たされたことがあったよ。出るときくらい、簡単に出させてくれればいいのにね」


 うわあ、と皆で顔をしかめる。街の出入りに手続きの要るところでも、それほどの時間を待たされることは滅多にないだろう。なにか事件があったとか、タイミングが悪かったのかもしれない。


 話を受けて、そういえばとイルマークが口を開く。


「私の育った街では中の住民の出入りはほぼ自由でしたが、祖父母が遊びに来たときなどは、異国から来たということもあって苦労したようです」


「えっイルマークのじっちゃんたちって異国人なの!?」


「祖父母の国籍はこの国ですよ」


 ハーツの驚きの声に、イルマークは冷静に返す。曰く、曽祖父は遠い異国からの移民であったそうだ。その血を継いだ祖父はこの国で生まれ育ったものの、見た目がやや異国風ということもあって周りに馴染めなかった。成人するとすぐ、国内外を問わず広く旅することを常とするようになったらしい。旅の途中で出会った伴侶、つまりイルマークの祖母も、似たような境遇にあって意気投合したのだという。


 それで旅先からイルマークの住む街に遊びに来た際に、異国から来た異国人風の夫婦、にもかかわらずこの国の人間であることを主張するという、事情を知らない他人からすれば、いわゆる不審者になってしまったそうだ。


「災難だったな……」


「そうでもないんですよ。本人たちが怪しまれるのを楽しんでいて……迷惑な話です」


 やれやれとため息をついたイルマークからは、身内に対する諦めが見て取れた。むしろ災難だったのは、当人たちよりも、出迎える彼ら家族の方だったのではないだろうか。


「でもいいなぁ。世界中を旅しているってことでしょう? 私もお話聞いてみたい」


 夢見る様子で呟いたマリアの言葉に、イルマークは表情を明るく改めた。なんだかんだで、迷惑だと嫌悪するよりも、親愛の情が深いと見える。


「こないだもらった手紙に、今度こちらに遊びに来ると書いてありました。ちょうど交流大会の頃です。そのときは紹介しますよ」


 本当っ? とマリアが喜びに目を輝かせるうちに、一行は目的地である東の森の端、遊歩道の入口にたどり着いていた。

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