(9)
トウリからマリアの新しい魔力放出補助装置を取り戻すのは、実のところ簡単だった。というのも、マリアがそれを学園内ではいっさい使わないと宣言したからだ。
「たしかに、これはそもそもマリアの所有物だからな。外で使うだけなら、俺がとやかく言う筋合いはない」
そう言ったトウリの顔は苦りきっていたが、それでも腕輪を返すことは渋らなかった。マリアやアンリはトウリの反応にしばし唖然としたが、二人とともに教員室に入ったサニアはこの展開を予想していたらしい。学園内で使わないことを申し出るようマリアに助言をしたのがサニアだった。彼女の表情は得意げだ。
しかしそれも、わずかな間だった。胸をそらせたサニアを半眼で睨んだトウリは「ただし」と反撃するように口を開く。
「交流大会で使うと言うなら話は別だ。いくら有志団体のイベントとはいえ、そもそもが学園の運営する行事の中の話だからな。危険物の使用は認められん」
え、と三人の表情が固まる。せっかく上手くいったと思っていたのに、ぬか喜びか。新しい腕輪を使いたいというマリアの希望は叶えられるが、せっかく助力してくれたサニアに報いることができない。マリアにしても、やる気になっていた模擬戦闘への参加がかなわなければ、喜びは半減する。
そもそもミルナやハーミルが心血注いで形にした魔法器具を危険物扱いはいかがなものかと、アンリの心中には八つ当たりに近い小さな苛立ちさえ浮かんだ。
一方のトウリは三人の表情の変化を面白そうに眺めると、すぐににやりと笑みを浮かべた。
「まあ、せいぜい交流大会までによく練習するんだな。上手く扱えるようになれば、危険物だっていう判断を取り消してやってもいい」
一瞬言葉の意味を図りかねて呆然とした三人は、絶望の中に一縷の希望を投げ込まれたことに気付くなり、ぱっと表情を輝かせた。がんばります! と三人を代表して元気よく答えたのはマリアだ。さっそく練習だと言わんばかりに、返されたばかりの腕輪を握りしめて教員室を出る。
マリアを追うサニアにアンリが続こうとしたところ、トウリに呼び止められた。女子二人が教員室を出るのを見送ってから、トウリは改めて口を開く。
「外で使うなら、本来俺が言うことでもないんだがな」
自分だけ残されていったい何を言われるのかとアンリがどきりとしたのは一瞬だ。トウリは頭を掻き、やれやれとため息をつきながら、ややぞんざいな口調で続ける。
「教師としてと言うより、人としての忠告だ。あんまりあの腕輪で下手なことをやらせるな。まだ出回ったばかりなのに事故でも起こしてみろ、すぐに製造中止になるぞ」
言われた内容を咀嚼して、アンリは「あ」と呟いたまま固まった。開けた口を閉じることさえ忘れたアンリに、トウリは再びため息をつく。
「それから、なんでお前があの二人と一緒に来るんだ。お前がこの腕輪に関わっていると言わんばかりじゃないか」
トウリの小言にアンリは首を傾げた。実際にあの腕輪をマリアに渡したのはアンリであり、出所がウィルではなくアンリであることはマリアにも告げてある。隠すようなことでもなかったはずだ。
それからしばし考えて、やがてトウリが二人を先に帰してアンリだけ残したことに思い至る。
「……ああ、サニアさんですか」
「ほかに誰のことを言っていると思っているんだ」
「大丈夫です、サニアさんは俺のこと、知っていますから」
アンリのあっけらかんとしたひと言に、トウリは頭を抱えた。
大事なことは先に言っておけというトウリの説教を聞き流して退室したアンリは、廊下で待っていたサニアとマリアに片手を挙げて、無事であったことを報告した。サニアが疑わしげにアンリを睨む。
「なにか条件でも付けられたんじゃないでしょうね?」
「そんなに意地の悪い先生じゃありませんよ」
むしろこの判断が魔法器具の発展に差し支えることを憂い、アンリの身の心配までしてくれたのだ。意地が悪いどころか、親切心の塊だ。
しかしトウリに言われたことをそのまま伝えたのでは、マリアが気負ってしまいかねない。ほどよいプレッシャーはやる気に繋がるかもしれないが、過度な緊張は訓練に支障をきたすだけだ。アンリがしっかり見守っていれば、まず問題は起きないだろう。
黙っていようと心に決めたアンリは話題を変えるべく「そういえば」と首を傾げた。
「サニアさん、学園内で使わないとなると、どこで訓練するんですか」
「あら。アンリ君には言っていなかったかしら……」
「うちの訓練室を使うの!」
マリアが得意げに、高らかに宣言する。
「マリアさんって、あのアングルーズ家のご息女だそうね。お家にも立派な訓練室があるらしいわ」
「私はちゃんと使ったことないけどね……」
魔法を使いたくても全く使うことのできなかった日々のことを思い出したらしいマリアは、遠い目をして明後日の方向を見遣る。試せども試せども魔法が使えるようにならない訓練ともなれば、良い思い出ではないだろう。
「マリアの家か。俺も行っていい?」
「え? アンリ君、訓練付き合ってくれるの?」
「……腕輪を用意したのは俺だし。一応、責任は持つよ」
訓練に付き合えないと監督もできない。トウリの忠告に沿う意味もあるが、さすがに先日の水柱のような事態を無責任に放置する気になれないという責任感も、アンリは強く持っていた。貴族の子女であるマリアには専属の家庭教師もいるのだろうが、あの威力の魔法を家庭教師一人に抑えさせるのも気の毒だ。
アンリの申し出に、マリアは嬉しそうに手を胸の前で組み合わせた。
「アンリ君、ありがとうっ! 私、頑張るから! よろしく!」
マリアは踊るような足取りで廊下を駆けていく。そんな彼女を見送りながら、さて交流大会までどのように訓練していけばあの水柱を防げるようになるかと、アンリはさっそく考えを巡らせ始めていた。
交流大会まで、あとふた月あまり。ココア一年分までの期間と思うと長いが、その期間で腕輪を危険なく使いこなせるようにさせなければならないと思うと、準備期間としては途端に短く感じられた。




