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どうやらサニアの意向としては、アンリとアイラを模擬戦闘大会に出場させることが第一で、この場に集まった魔法研究部の全員がサニアの団体に参加することになるかどうかは二の次らしい。
「ぜひ参加してほしいの。ね、人助けと思って、お願い」
彼女が両手を合わせて頼み込む先はアイラだ。アンリはすでにココアで籠絡できていると考えて、残る一人を勧誘する方に全力を尽くすつもりらしい。
そんなサニアの顔を、アイラは眉を顰めて正面から見返した。
「私はココアなんていりませんわ。どのみち、アンリが出場する大会で優勝なんてできませんもの。出るだけ無駄ではありませんか」
「それなら大丈夫! アイラさんに出てもらいたいのは、中等科学園生の部だから」
あら? と首を傾げるアイラに、サニアは説明を重ねる。
「言ったでしょう。初等科学園生の部と中等科学園生の部と、年齢無制限の部があるって。それぞれ盛り上げたいから、アンリ君には年齢無制限の部、アイラさんには中等科学園生の部に出てほしいのよ」
そこでサニアはにやりと笑い、人差し指を立てた。
「中等科学園生の部の優勝景品はまだ決めていないわ。なんならアイラさんのご希望に沿うように準備するけど、どう?」
これでうまいことアイラを釣ろうという魂胆らしいが、アイラはアンリほど単純ではない。ほんの数秒、首を傾げて悩む様子を見せつつも、すぐに首の角度を戻して何でもない風に呟いた。
「そう言われましても。欲しいものなんて、特にありませんし」
この言葉に、魔法研究部の面々からアイラへ、ぎょっとした視線が集まった。アンリがココアで参加を決めたのも信じられないが、悩むまでもなく欲しいものがないと言い切るアイラの潔さも驚愕ものだ。
皆からの視線に、アイラは珍しくたじろいだ。
「……な、なによ。そんな急に景品で欲しいものなんて言われたところで、思いつくわけがないでしょう?」
そんなアイラの言葉に強く反発したのはマリアだ。
「そんなことないよ! 私だったら真っ先に、先生に没収された腕輪を取り返すことをお願いするもの!」
「……それは景品じゃなくて願望だよ、マリアちゃん」
冷静に指摘するエリックに、マリアは「でも」と言って頬を膨らませる。きょとんと首を傾げたサニアにアンリが事情を説明すると、彼女はなにか閃いたように顔を輝かせた。
「それなら、マリアさんも腕輪を着けて模擬戦闘に出てみない? 強力なほうの腕輪を使っていいわよ。そのための訓練に必要だと言えば、先生も返してくれるんじゃないかしら」
説得が必要なら私も手伝うし、と明るく告げるサニアの言葉に、マリアの瞳が輝いた。
「本当っ? そっか、戦闘魔法が必要なんだって言えば、先生も納得してくれるかしらっ」
それはないんじゃないか……マリアを除く魔法研究部のメンバーは、全員が顔に疑いの色を浮かべた。しかし当のマリアに気付く様子はないし、サニアには気付くつもりがなさそうだ。
「そうよ。まあ、大会後にはまた没収されちゃうかもしれないけれど……それまでに魔法を上手く制御できるように練習しておけば、それも大丈夫なんじゃないかしら」
「さっすが先輩っ! 言うことが違いますね!」
「でしょう! どう? やってみる?」
「はいっ!」
こうしてアンリに引き続き、二人目も難なく陥落したのだった。
マリアを仲間に加えたサニアは、さて本命に戻ってアイラの説得を再開しようと意気込んでいた。しかし、先手を打ったのはアイラだ。
「少しの間、保留にさせてくださいません? 私たち、七人しかいないのに、そのうち三人も同じ行事に参加することになったら、ほかにやりたいこともできなくなってしまいますから。ほかの団体の様子も見てから決めたいわ」
やや強引にアンリたちの参加を取りつけ、さらにアイラに伸ばした手を引っ込めようとしないサニアの誘いを、アイラは丁寧に、しかし有無を言わさぬ調子で退けた。さすが、と彼女を崇める視線は四人分。アンリとマリアを除く、魔法研究部の面々からだ。
むむっと小さく唸ったサニアは、アイラの意志が固いことをすぐに悟ったらしい。小さくため息をつくと、まあいいわと呟いた。
「そうよね。今この場で決めろっていう方が無茶な話だわ。そもそも模擬戦闘の出場だけなら直前まで受付しているから、急ぐこともないし……あ、でもさすがに景品の希望があるなら、早めに言ってもらわないと難しいわね」
そこでちらりと物欲しそうにアイラに視線を遣ったのは、サニアの最後の悪足掻きだろう。アイラはつんと澄ました顔で「欲しい物はありませんから」とそれをやり過ごす。
悔しそうに口を尖らせたサニアは今度こそ完全に諦めて、やれやれと首を振った。
「私たちの団体で活動したかったら、十日後までに声をかけてちょうだい。……アイラさんの参加だけであれば、もう少し後でもいいけれど。それからアンリくんとマリアさんは、今度一緒に先生のとこ行きましょ。魔法器具の説得には付き合うわ」
それを終わりの言葉として、サニアは教室から出て行った。
サニアがいなくなった途端、教室内には大きなため息がいくつも響き渡った。特に態度の変化が顕著だったのはハーツで、普段はおおらかな性格をしているわりに、どうやら上級生を相手にすると緊張するタチらしい。ため息の後、うんと伸びをして身体をほぐすと、あからさまに顔をしかめてアンリを見遣った。
「アンリ、お前本当にいいのか? あんまり目立ちたくねえんだろ?」
「まあ、なんとかなるだろ。仮面でも被るとか」
「それは……逆に目立っちゃうんじゃないかな」
エリックの控えめな指摘に、アンリは愕然として口を開いた。その表情から周りは、アンリがほかに有効な策を持っているわけではないことを悟る。
「……今からでも断ってきたらどうです?」
イルマークの現実的な提案に、周りでエリックやウィルが頷く。アンリはやや気まずそうに口を歪めて視線を外し、それでも絶対に頷くことだけはしなかった。




