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(6)

 防衛局研究部棟の食堂で、アンリはステーキを頬張りながらハーミルと向かい合っていた。眉を寄せながら食事にがっつくアンリの様子に、ハーミルは苦笑する。


「それで、実験は結局どうしたんだ?」


「三番隊の人を呼んで、ケイティさんとその人でやり直したらしいですよ」


 ステーキを平らげたアンリは、隣のポテトに視線を移す。もう一度実験のための模擬戦闘ができるかと思ったのに。今度こそ魔法で暴れられると思ったのに。その役目を奪われたアンリの心中は大荒れだ。肉もポテトもサラダも、皿の上にあるものはほとんど一瞬で無くなっていく。


「気持ちはわかるが、ゆっくり食べろよ」


 ハーミルが宥める頃には、皿はほとんど空っぽだった。これほど時期を逸した助言もない。料理を平らげたアンリは最後に、横に置いていたカップのココアを勢いよく飲み干した。


「二回目なら、もっとちゃんと手加減する自信もあったのに」


「いやいや……そこは、ケイティの気持ちを考えてやれ」


「じゃあ俺の気持ちはどうしたらいいんです。せっかくはるばる首都まで来たってのに」


 まあまあと宥めながら、ハーミルは手元に置いた頭陀袋から、腕輪を一つ取り出した。アンリの機嫌を取るよりも、用事を済ませてしまった方が早いと切り替えたようだ。


「これ、頼まれてたやつな。そろそろ一般にも流通するから、隠す必要は無いぞ」


 卓の上に置かれた腕輪を手にとって、アンリはしげしげと眺めた。「魔力放出補助装置」と名付けられたそれは、魔力放出困難症を改善するための魔法器具だ。アンリの原案を元にミルナが開発したものをハーミルが改良し、このたび無事に実用化に至った魔法器具。


「ありがとうございます。……本当にいいんですか、もらっちゃって」


「普段から世話になってるからな。このくらいなら安いもんだ」


 魔力放出困難症の同級生のために貸してほしい。アンリが頼んだのはそれだけだった。それをハーミルが、実験に使っていたものでよければと一つ譲ってくれたのだ。


 鈍く銀色に輝く腕輪をしばらく眺め、アンリはようやく表情を和らげた。


 今マリアが使っている腕輪はミルナが開発した初期の型のもので、魔力を魔法に変換するときの効率が悪い。訓練を始めたばかりの今だからこそマリアは気付いていないようだが、いずれ今の魔法器具では物足りなくなるだろう。その前に性能の良い、改良型の魔法器具を使わせてやりたかった。


 それが叶うと思えば、自然と笑みも浮かぶというものだ。


「学園生活、ずいぶんと楽しんでいるみたいだな」


 機嫌の直ったアンリを見て、ハーミルが意外そうに言う。そう見えますかと首を傾げたアンリに、ハーミルはにやりと笑った。


「少なくとも以前のお前なら、機嫌を損ねたときは訓練場に行かない限り、そうやって笑うことはなかったな」


「ああ、そういえば。帰る前に訓練場でストレス発散して行きますかね」


 しばらく防衛局に来ていなかったためか、元々の自分の習慣でさえアンリは忘れていた。苛々したときには、ひたすら魔法を撃つに限る。


「……ほどほどにしておけよ」


「訓練場を壊さないようには気を付けます」


 善は急げと席を立ったアンリを、ハーミルは子供を見るような目で見送った。




 学園の訓練室。マリアの前に噴き上がった水の柱に、魔法研究部の面々は目を丸くした。指導していたトウリは口の端をひくつかせている。驚きに言葉も出ないらしい。


「すっ……ごぉーい」


 そんな中で、派手な水飛沫を演出した本人だけが、間の抜けた声でその情景を表現した。


 アンリが首都へ出向いた翌日の魔法研究部の活動は、魔法の実施訓練だった。ちょうど良いからと貰ったばかりの腕輪をマリアに渡した結果がこれだ。マリアとしてはいつもと同じように魔法を使おうとしただけなのだろうが、腕輪の性能が前に比べると良くなりすぎた。


 ややあって、派手に天井近くまで打ち上がった水の柱が形を崩し始めた。雨として皆の上に降り始めた水に、トウリがはっと我に返った様子で右手を振る。その手の動きに合わせて水の柱は蛇のようにうねり、自ら床まで降りてきてから形を崩した。


 豪雨は防げたものの、室内は水浸しだ。


「アンリ、お前な……」


 トウリが疲れた様子で呟いた。いや俺に言われても、とアンリは目を逸らすが、もはや腕輪の出所がアンリであることは周知の事実であり、言い逃れはできない。


 そもそも魔法の訓練を始めたばかりのマリアであれば性能の違いなど大した影響はないだろうと、説明を省いたのがまずかった。アンリの責任以外の何物でもない。


「……とりあえず、ここの片付けはアンリ、お前がやれ。あとマリア、その腕輪はしばらく没収だ。前のやつを使え」


 ええっと声をあげたのは、アンリとマリアとで同時だ。


「先生、没収はないですよ。マリアだって慣れれば上手く使いますって」


「そうよ先生。さっきの魔法、今まで試した中で一番気持ち良くできたんだから! この腕輪がいいっ!」


 反論する二人に対して、トウリは頭を抱えながら深くため息をついた。


「……あのなあ、お前ら。さっきのは戦闘魔法と言ってもいい強さの魔法だった。普通はマリアくらいのレベルだと、魔力放出困難症でなくたってあれほどの量の魔力を一度に放出することはできないんだぞ」


 新しい腕輪は、どうやら魔力放出困難症であるマリアの魔力の放出を単に補助するというよりも、過剰な魔力放出を促しているらしい。


「そんな危険なもの、許可できるわけがないだろ」


 ため息混じりのトウリの言葉に、アンリもマリアも、それ以上反論することはできなかった。周りで見ていた魔法研究部の面々も、魔法訓練のたびに天井まで届く水柱を打ち上げられてはたまらないので、もちろん反対することはない。

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