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(4)

 国家防衛局戦闘部の一番隊隊長の部屋で、アンリは目の前のソファに座る隊長に、困惑した顔を向けていた。隊長はアンリの困惑顔を面白そうに眺めながら、くつろいだ様子で珈琲を口に運ぶ。


「ええっと、隊長。今なんて?」


「だから、俺も行くからよろしくって言ったんだよ」


「……忙しいでしょう?」


「うん。でも、行くのも仕事だから」


 交流大会の準備やら何やらで、緊急招集に応じられる時間に制限が出るかもしれない。そんな報告をした後のやりとりだ。


 交流大会のことを告げるやいなや「へえ」と眉を上げた隊長は、机上の書類をひっくり返して探し出した書類に、いくつかの言葉を書き込んでサインした。そうしてさらりと「これで俺も交流大会に行ける」との重大発言をしたのである。


 曰く、イーダの交流大会は大規模なので、警備のために毎年首都からも隊員をいくらか応援に出しているとのこと。一番隊の仕事ではないので、これまでアンリが関わることはなかったとのこと。今年も応援要請が来ていて、ちょうど人員の選考中だったとのこと。


「訓練中の三十番隊から五人と、俺と。ちょうどいいね」


「いやいや。一番隊の仕事じゃないって今、隊長が言ったんじゃないですか」


 突っ込むべきところはほかにもあるが。隊長の出る幕ではないとか、隊長の連れにされる三十番隊の気持ちにもなってみろとか、戦闘部のトップがそんな気まぐれで仕事を決めて良いのかとか。言いたいことを全て言おうとすると、きりが無い。


「いつもなら十人応援に出すんだけど、六人になっちゃうからね。俺が五人分頑張るよ」


(……頑張らずに五人出せば良いのでは?)


 しかしこういうときの隊長の笑顔は、どことなく孤児院のサリー院長や研究部のミルナに通じるところがある。柔和に見えて、テコでも動かない。頑固な意見を貫くときの笑みだ。


 アンリは諦めて深くため息をつくと、最低限、言っておくべきことだけを口にした。


「……三十番隊の隊員たちには、気を遣ってあげてくださいね」


「もちろん。大丈夫、アンリは心配せず自分の学園生活を楽しむといい」


 心配の種しかないのだが、もはやアンリには発芽しないことを祈ることしかできない。


 巻き込んでしまった三十番隊の隊員たちに心の中で謝罪して、アンリは隊長の部屋を辞去した。




 部屋を出てすぐ、扉の外でアンリを「キュゥン」と可愛らしい鳴き声が出迎えた。


「マラク、元気にしてた?」


 キュィ、キュィと可愛らしい鳴き声で応じるのは、しばらく前にアンリがドラゴンの洞窟から救い出した子ドラゴンだ。今は防衛局の戦闘部庁舎内で育てられている。アンリの気配を察知して、隊長室の前まで遊びに来たのだろう。


 ちなみに「マラク」と名付けたのは隊長らしい。アンリが救出だけして置き去りにしたドラゴンは、隊長やら隊員やらに随分と可愛がってもらえているようだ。


 最初はアンリにしか懐いていなかったマラクも、今では餌をくれる人間を覚えたのか、一番隊の職員にはしっかり懐いていると聞く。アンリは毎日様子を見に来られるわけではないので、ちゃんと周りの人間に懐いたのは良いことだ。


「ああ、また大きくなったな」


 中型犬サイズのドラゴンをアンリはひょいと抱き上げる。まだ軽く抱き上げることはできるが、保護した当時に比べると体重はやや増えた。前と違って、ちゃんと餌を食べて成長したことによる重みだから、魔力を吸い取っても減りはしないだろう。


 甘噛みしようとする口を避け、アンリはマラクの首に光る首輪を確認する。きつそうなら作り替えるよう頼もうと思っていたが、幸い、まだ余裕はあるようだ。


「ちゃんと食べて大きくなれよ」


 とはいえ、大きくなったらこの子はどこに住まわせるのだろうか。今でこそ犬サイズだから庁舎内を自由に走り回っているが、牛か馬くらいのサイズになってしまったらそうはいかないだろう。それでもそのくらいならまだ専用の小屋でも建てれば良いが、大人のドラゴン本来のサイズになったなら。


「……大人になるまでに、何か考えないとなあ」


 マラクを床に降ろしたアンリは、キュィキュィと寂しそうな声をあげるマラクに手を振って別れを告げ、そのまま庁舎を後にした。


 次の目的地は、研究部庁舎の実験室だ。この日の目的の八割方はそちらにある。隊長への報告も、マラクの首輪の確認も、そのついでに過ぎない。


 研究部に向かうアンリの足取りは軽い。


 なんだかんだと学園からアンリを呼び出しては実験に付き合わせようとするミルナに辟易することもあるが、アンリにしても、思う存分自分の魔法を試せる機会は今や貴重で、こうした実験の機会を心待ちにしているのだった。

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