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大都市であるイーダには、国の制度上規定されている三種類の中等科学園がすべて設置されている。魔法士科、騎士科、研究科。一つの都市の中に三つがすべて集まっているのは、ほかの都市を見てもあまり例がない。
交流大会とは、それら三つの学園が共同で開催する年に一回の行事のことだ。五日間の行事のなかで、学園生による模擬戦闘や研究発表などの真面目な催しから、模擬店や大道芸のような娯楽まで、様々なイベントが開催される。
中等科学園の主催ながら、近隣の商店が露店を出すなど街全体で盛り上げるため、イーダ全体の一大行事として毎年盛り上がるのだ。近隣の町や村からも、その時期に合わせてやってくる観光客は多い。
「というわけで、イーダの一大観光イベントでもある学園行事なんだ。……本当に知らないの?」
廊下で始まったエリックの説明は、ちょうど教室に入り、机に着いたところで終わった。集まり始めたクラスメイトたちの会話で、朝の教室はざわついている。アンリがエリックから常識を教えてもらっていることなど、誰も気には留めない。
「なんだ? 交流大会の話か?」
と思いきや、ちゃっかり聞きつけて話に加わってきたのはハーツだ。地元が遠いという彼なら交流大会のことにも疎いのではないかと、アンリは少しだけ期待した。交流大会という常識を知らない一年生が、自分だけでないことを祈って。
しかし、その期待はすぐに打ち破られる。
「楽しみだよな。俺は去年と一昨年、遊びに来ただけだけど、めっちゃ楽しかった」
さらっと告げられたハーツの言葉にアンリは項垂れた。まさかハーツが中等科学園入学前に、イーダまで二度も遊びに来ているとは。
後からやって来たマリアも話に加わって、交流大会の話題に花が咲く。イーダで育ったマリアやエリックにとって、交流大会は物心ついた頃から知っている恒例行事。年明けに新年を家族で祝うのと同じくらいに当たり前の、生活の一部になっているという。
イーダかその近隣に住んでいれば、大人も子供も、だいたい皆が同じような習慣を持っているらしい。いくら新入生とはいえ、イーダの中等科学園生が交流大会を知らないなど、常識知らずもよいところだ。
いまいちピンときていないアンリの様子に、マリアが疑わしげに首を傾げた。
「首都ならイーダに近い方だよね。アンリ君、本当に今まで交流大会に来たことないの?」
「うーん。ほら、俺って病弱で、初等科もほとんど通っていなかったくらいだから?」
アンリがわざとらしく首を傾げながら答えると、周りの三人が一斉にうんざりとした顔をする。え、その設定まだ続いていたの? とでも言いたげだ。
「……仕方ないだろ。これが一番簡単な誤魔化し方なんだから」
「まあなあ。でも、俺らの前でそれ言われても、白けるというか、胡散臭いっていうか」
ハーツの言葉に、アンリは肩をすくめた。別に今更、アンリの身分を知っている三人にこの言い訳を信じてもらいたいわけではない。
「ほかの人に怪しまれたときの練習だよ。なあ、頼むから話合わせてくれよ?」
入学からの半年間、アンリはなんとか自身が国家防衛局の上級戦闘職員であることを隠しながら生活できている。というのも、秘密を知る魔法研究部のメンバーばかりでつるんでいるために、誤魔化さなければいけない場面にそれほど出くわさないからだ。
このままではうっかり自分の身分は隠すべきものであるということを忘れ、うっかり誰か言ってはいけない人に秘密を明かしてしまいそうだ。
そんな自戒を込めたアンリの言葉に、ほかの三人は苦笑する。
「うーん、まあ僕らは気を付けるけど」
「っていうか、一番うっかりが多いのはアンリだろ」
「アンリ君って、すぐに魔法に詳しいことアピールしちゃうもんね!」
エリック、ハーツ、マリアの三人から責めるように言われ、アンリは気まずくなって視線を逸らした。たしかに魔法知識の授業では、当てられるとつい細かいことまで説明しすぎてしまい、そのたびに担任のトウリから苦い視線を向けられている。最近ではトウリの方が、アンリを当てないように気を遣ってくれているほどだ。
魔法の使用については、使わないことを原則とすることでなんとか誤魔化せる。しかし、知識として知っていることを知らないように見せかけるのは難しい。下手に知らないフリをしようとすると、中等科学園生として知っていて当たり前のことまで知らないと言ってしまいかねない。
「ええっと。アンリ君は病弱でずっと寝てばかりいたから、そのあいだに魔法の本をたくさん読んでいた……ってことにしたらどうかな」
「それそれ! ありがとう、エリック!」
それなら持っている魔法知識を隠す必要も無い。さすがはエリック、とアンリは彼をおおげさに褒め称えた。
「ところで、どうして交流大会の話なんてしてたの?」
話を戻すマリアに、アンリは今朝の掲示板前での出来事を話して聞かせる。体験カリキュラムで知り合ったサニア・パルトリのこと。彼女の名前が有志団体の問い合わせ先に載っていたこと。
「あ、そういえば、交流大会の有志団体って何なんだ?」
肝心のことを聞き忘れていた、とアンリはエリックに視線を向ける。説明しなければいけないことが多すぎる、とエリックは頭を抱えた。それでもマリアに説明をさせたらなんの話かわからなくなるのが目に見えているので、エリックに頼るほかない。
エリックも状況を自覚して、深いため息をつきながら口を開いた。
「ええと、有志団体っていうのはね」
自分にとって当たり前になっていることを説明するのは難しい。それでもエリックはアンリの期待どおり、口ごもったりつっかえたりと苦労しながら、丁寧に説明してくれた。




