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十四歳までの男女が学ぶ初等科学園は義務教育のはずだが、アンリにとってその決まりは、あってないようなものだった。
生まれつき魔法の才に恵まれていたアンリは、七歳のときから魔法戦闘職員として国家防衛局に所属している。防衛局での仕事を抱えていたため、初等科学園には籍だけを置いて、授業への出席など一度もしないままに年齢だけを重ねて卒業したのだ。
だから、十五歳からの中等科学園も同じだろうと、アンリは思っていた。
「院長先生、今なんて」
「ですから、アンリさんもそろそろ進学先を選びましょうね、と」
アンリが生活する孤児院の、面談室でのことだ。
皆の母と呼ばれるサリー院長はテーブル越しに、戸惑うアンリに聖母の微笑みを向けた。聖母のように見えるのは外見だけで、その実、鬼のように厳しく頑固で我が強く、誰の指図も受けない強い女性であることは、この孤児院に関わる者なら誰でも知っている。つまり、敵に回してはいけない。
それでもアンリは問い返さずにはいられなかった。義務教育をすっぽかしてきたアンリが進学先を選ぶ、とは?
「もうすぐ中等科でしょう。普通なら本人の適性で魔法士科か騎士科か研究科かを選ぶところですが、アンリさんならどこでも適性がありそうですし」
「ええっと、院長先生。どこに行っても通わないなら同じことでは」
「あら、なぜ通わないことが前提なのですか」
「そりゃあ……」
言いかけてすぐに、アンリは口を閉ざした。聖母の微笑みを浮かべるサリー院長の青い瞳が、瞬きもせずにしっかりとアンリを見つめている。これは、言い訳をしてはいけないときの顔だ。
「アンリさん。言いたいことはわかります。貴方はこれまで初等科の授業をずっと免除されてきましたからね。でも、中等科学園ではそうもいきません。これは貴方の上官にも、既にご納得いただいている決定事項です」
根回しは済んでいるのだと、サリー院長はアンリの逃げ道をあらかじめ塞いできていた。テーブルの上に広げられた入学書類を、アンリの方へ寄せる。魔法士科、騎士科、研究科の三種類。選択肢があるだけマシなのかもしれない。
鉄壁の微笑みは、既にどう反論しようと無駄だと言外に語っていた。
結局アンリは承諾し、魔法士科の入学書類を手にとると、その場で必要事項を記入した。書類を受け取ったサリー院長は、満足げににっこりと笑う。
「ああ、よかった。やはり若者には学園のように集って学ぶ場が必要です。アンリさんには初等科に行けず辛い思いをさせてしまいましたが、中等科は問題なく通えそうですね」
「別に、辛い思いなんて」
「今、なんて?」
「いえ、何も」
余計なことを口走る前にと急いで面談室を辞したアンリは、その足で訓練場へ向かった。
もちろん、この不遇を仲間に愚痴り、ストレスを発散させるためだ。