互いの道
浮遊魔法でアクロの丘に向かう事数時間。向かい始めの頃は、地上にて騎士達が住民達を先導したりと様々な行動が小さくも見て取れた。だが、今リガルの視界に広がるのは人影もない静寂保つ平野だ。そこに寂しく伸びるリガルの影。先に見えるは、丘に立つ丸橋だ。月明かりが照らし、幻想と威厳を異端なく発揮するその場所こそが──アクロの丘である。
リガルは、空に壁をイメージし足で蹴り飛ばし一気に加速した。徐々に近づくそこは、確かに神が休息をしたと言われても不思議ではない。と、思えるほどに荘厳たるものを感じざるを得ないものだ。
大理石で出来ている巨大な丸柱は、この高い丘に誰が運んだのか。また、均一に並び、柱に彫られた龍は皆が同じ方角を向いている。現代の知識を持ってしても未だ理解が出来ていない場所とは、正にアクロの丘を置いて他にないだろう。
リガルは、ゆっくりと地に足をつけ丘から見える海を眺め息を深く吐いた。
「ふう。初めて来たけど、凄いなここは」
不思議な力を全身で感じ、少ない語彙力で出た最高の褒め言葉。リガルは、柱に彫られた龍を指でなぞり感動を露にしていた。
──刹那、声が背後から聞こえる。聞き覚えがあり、聞き慣れており。だが、それでもとてもとても懐かしく暖かい、優しい声音。
リガルは手繰り寄せられるように振り向いた。
「やあ、リガル。久し振り。元気、だったかな?」
手を挙げ、にこやかな笑みを浮かべたつ男性──ヤナクは、何一つ変わっていなかった。物腰は低く。人に嫌悪感を与えない、清らしさをもった誠実な騎士を見てリガルの強ばっていた表情にも綻びが生じる。
「ああ。久し振りだね、ヤナク。俺は元気だったよ。そっちはどうだったんだ? また、騎士達に悪いようにされてないか?」
数メートル離れた場所で対話する二人。以前はもっと近い距離で語り、知り合っていた二人のはずなのに。リガルの足はそれ以上先へ。ヤナクの近くへとつま先が向かうことはなかった。
何かを感じとったのか、進もうとしないリガルとは逆に歩みをゆっくりではあるが始めたのはヤナクだった。
「僕も元気だよ。あれから色々あった──ンだけれどね。大丈夫、リガルが心配する事なんか何一つないよ」
一歩一歩、確実に近づくヤナクに対して何故だか後退りをしようとした左足をぐっと堪えて、リガルは短く頷く。
「そう、か。色々あったし、強くなったんだな」
「強くなったか……と言われれば。そうだね、強くならなきゃいけない理由があったんだよ、リガル」
目と鼻の先で歩みを止め、ヤナクは曇りなく迷いのない芯のある眼でリガルの赤目を穿つ。
「強くならなきゃいけない、理由?」
「そう。僕は君を止める為に。世界を少しでもよくするために。強くなったんだ」
「おれを? 止める、だって?」
「君がワールドトリガーを抜け、アヴァロンを飛び出したあの日から僕の生活はガラリと変わった」
長々と語られた過去の話──
そこには一切の恨みはなく、ただただリガルの心境を憂いるものばかりだった。
嘘をついているのか探るため、リザに薬物を投与されても。拷問を受けても。ヤナクのリガルに対する感情は憎悪ではなく、無関心でもなく、愛に満ちていた。
だからこそ、ヤナクはリガルを止めに来たのだと言うのだ。
「君が、僕の仇をとって騎士を殺してしまったことを知った時……僕は君に謝らなくてはならないと思っていたんだ」
「謝る? 意味がわからない。俺がしたくて勝手にしたんだよ。ヤナクが責任を感じる事なんか何一つとない」
紛うことなき真実だ。現にヤナクは、リガルに縋った訳でもない。助けを求めた訳でもない。自分が許せなかった。ただそれだけの単純なものだ。だがリガルの言葉をヤナクは首を横に振るって否定をした。受け入れること無く拒み、尚且つ慈愛に満ちた瞳でリガルを見つめる。
「違う。僕の弱さが、君の大罪に──国家転覆に拍車をかけてしまった。報復には報復。争いは、争いしか生まない。けれど君は──」
「そんな事は」
「君は人一倍優しいから」
リガルは深く息を吐き、目を細め剣のある声音を発する。
「俺をここに呼んだのは、謝りたいだけか? それに、事これに関してヤナク。お前の件は関係がない。烏滸がましいにも程がある」
下卑たものを見る目でヤナクを見下し、震えた手で拳を作る。ヤナクは、そんなリガルの視線から目を逸らして一歩、また一歩と踵を返し距離をとった。
振り返り──
「リガル、君のやり方は間違っている」
「間違っている? だと?」
「何故、国を民を危険に晒す必要があるの? 確かに今の世の中は弱き者には生きにくいかもしれない。けれど、それを変えるだけの力が君にはあったはずだ」
「詭弁だ」
「詭弁なんかじゃない。事実、君は短期間でワールドトリガーに。王に意見できる地位まで上り詰めたじゃないか」
「お前は、何も分かっちゃいない」
「分かっているさ! 分かっているとも!! だからこそ、僕もワールドトリガーになったんだ。国を内部から変える為に。だから、リガル──君も僕と共に国を今ある国を変えよう」
「内部から変える。そんな事出来るはずがないだろ」
「出来るよ! 君は知らないだろうけど……ロストの住民も前よりは過ごしやすくなるように配慮してもらったんだ……」
嬉しい事の筈にも関わらず、ヤナクの表情は晴れず。寧ろ、何かを訴えかけたいようにも感じた。けれど、それを問うた所で、きっと彼は答えはしないだろう。故に、リガルは違う対応で応える事にした。馬鹿にするように、あしらうかのように、冷めた視線を向け──
「お前は、それを貰う代償に──対価に何を差し出したんだ。その、光が宿っていない左目か? それとも右腕の義手か?」
リガルの剣呑な双眸に穿たれたヤナクは、右腕を左手で掴み──それでも笑顔をうかべ口を開く。
「こんなもので皆が幸せになれるなら、安いものだよ。リガル、君は魔族に操られていた。そう公表すれば、刑も軽くなる筈だよ」
「魔族に操られていた?」
「うん。君の近くで行動している魔族。彼らを差し出し、討伐すればきっと」
「ふざけるなよ」
気がつけば、言葉よりも先にヤナクの胸ぐらを掴み、リガルは敵意をむき出していた。
「この国は中も外も腐ってやがる。修復ができない程にな。いいか、ヤナク。これだけは教えといてやる。俺は王を殺し、ワールドトリガーを壊滅させる。邪魔をするなら、お前も……お前も、殺すぞ」
「君は何を目指しているの!?何を求めているの?」
「お前には関係のない事だよ」
「関係なくないよ。君は何も知らない。僕達人類の──」
「知る必要がない」
力いっぱいヤナクを突き飛ばし、背を向けて宙へ浮く。感じる視線に胸を痛めながらも、リガルは振り向くことなく飛び去った。
「リガル!!」
もし、あの時──アヴァロンに来た時、互いにワールドトリガーへの道を歩めていたのなら。あるいは、見る世界が変わっていたのかもしれない。だが、それは過去であり結果でしかないのだ。
今のリガルに許されているのは、自分の行動に信念を持ち前を向くだけ。後ろを振り返ることなく、ただ一点を。
「ヤナク、やはりお前は優しすぎる。だが、そんな王が居てもいいのかもしれないな。優しき──慈愛の王が」




