駆け引き
「ワルター公爵様」
呼び声が背後から聞こえ、ワルターは振り返る。目の前で頭を下げ、待っているのは一人の女冒険者だ。
ワルターは、茜色に染まる夕陽の暖かさを背で感じつつ、ゆっくりと髭の生えた口元を動かした。
「ご苦労であったな。──で、中央領地は、どんな動きをしている?」
「彼等は、救出と言う大義を掲げ東の領地に出撃する準備を行っているようです」
「ふむ。やはりそうなるか」と、書斎の机に置かれたチェスの駒を一つ動かし言葉を漏らす。
「それと、農村の被害はどの程度まで回復をみせている?」
「それが……」
女冒険者は、歯切れ悪く言葉を放つ。だが、彼女が渋い顔をする以上に、ワルター自身も体験した事のない、大規模な損害に頭を抱えていた。
四日ほど前──それは唐突に訪れた。故に免れる事も対策する事すら、一手。いや、二手も三手も遅れてしまったのだ。
手を抜いていた訳でもない。中央領地に気を取られていただとかでもない。
寧ろ逆に、いつも以上な──つまりは、磐石な守りを見せていたといっても過言ではなかった。しかし、それ以上に異常な行動を見せたのが昆虫種だったのだ。
「未だ、食い荒らされた田畑は復旧の目処がたっておりません。辛うじて……備蓄はあるので、すぐさまに食料困難に陥る事は」
「ないか」
「はい。ですが、最近は雨も降らず、異様なまでの晴天。大地を潤す水がなければ」
「確かにそうだな。早急、手は打たなきゃならない、か」
対人相手ならば幾らでも対応の仕方があるが、相手が自然ならどうする事も出来ない。
「いや……まてよ??」
「どうかなさいましたか?」
「この領地に、白魔道士は何人程いる?」
顎を撫でつけたワルターは、眉を顰め問う。すると、女冒険者は目を見開き頷いた。
「なるほど。──至急調べて参ります」
頭を下げ、書斎を後にした女冒険者を目で追った後にワルターは深い息を吐いた。
「これで雨をふらせれば、天候の問題は解決。あとは、中央領地への進軍を段取りせねばな」と、勝ち誇ったワルターが、怪しく笑みを浮かべる二日前──
「なるほど。リガちゃんは嘗て、この薬を打たれた後に拷問を受けたのね?」と、ジャンヌは紫色の小さい玉を手に取り口にした。
ジャンヌが持っているものは、魔力を一定期間練れなくさせるアイテムだ。過去にリガルが仲間だと思っていた男に使われた、最悪な物だ。だが、経験とは少なからず、応用と言った形で閃を与えていたのも事実だった。
「確かにこれを、西の領地相手に扱う事が出来たのなら──」
イザクの言葉にその場に居るミネルバ・ジャンヌ・リガルが頷いた。
「そうだな。リガルが天候魔法を扱えるなら、ワルターも当然思いつくだろう」
「だからこそ、先手よ。魔力が練れなくなれば、意識は違う場所に向く。暗躍を企てているという方向に、ね」
「そうすれば、起こりうるね。集団疑心が」
「ええ。ここで一つ提案なのだけれど」
ジャンヌの提案は、正に妙案であり奇策だった。そして尚且つ、シンプルであり、それ故に現実的な策でもあった。
「大丈夫よ。市民にとって魔力は必要とする事の方が少ないもの」
「そうだね。そして、こちらの魔道部隊、数名を向かわせて魔法を唱えよう。そっちの方が、裏切り者が居ると言う状況に陥るでしょ?」
「流石ね。そうしましょう。それがいいわ。では──始めましょうか。私達の導く未来の為に」




