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新たな始まり

これより新章が始まります。

 朧月がてっぺんから地上を見下ろす遅い時間帯にも関わらず、控えめに言っても大軍が外で夜を明かすとなれば、騒々しい。人の声や馬の鳴き声が、憔悴しょうすいしきっているとはいえ。それでも、重なれば大きい音に変わるのだ。当然、その内容に明るい話題は一切ない。


 そんな中──


「そうか。ミネルバ団長だけではなく、ガラック卿も討死か」と、少し広めのテント内(円形状をしており、室内にはランタンと机が置かれている)で、小さい声が悔し交じりに零れる。


 本来ならば有り得ないような、早い決着の後に隊長格として残ったアディルは、リガル達にテントへ来るようにと招かれ

 ていた。


「勘違いしないで欲しいのだけれど、彼女達は戦う前、既に死んでいたも当然なのよ」


 机を隔て奥に立つジャンヌは、眉を顰め俯くアディルを憂いる様子一つない。隣で聞いていたリガルが、アディルに同情を覚える程に冷淡で単調だった。


 リガル達が、今ある状況になる四〇分ほど前──


 戦いが終わり、偽兵糧場所に集まった際(浮遊魔法ヴィチロークを使用して)リガルはジャンヌに問うていた。


『ジャンヌは、あの化物の事を知っていたのか?』


 訊ねて見れば『詳しくは知らない。けれど、何かを企んでいる事は分かったわ』と、内緒にしていた事に対して悪びれる素振りすら見せることなく言い切った。


『なぜ、俺に内緒にしていた?』


『リガちゃんに言えば、間違いなく特攻したわよね? 貴方は優しいもの。ミューちゃんの事を考えたりして』


『それは……』


『私達は言ったわよね?「そうです、我が主よ。“多くの命を守る為に、少数の命を見捨てる覚悟を”。“綺麗事だけでは国を変える事を出来ないわよ?”と』


『彼等がイグムットの実験体になり、この中央領地に蔓延る闇を露呈させたからこそ、私達はここに居るのよ? 数多くの生存者がいたまま──ね?』


『もし、彼女達の犠牲がなければ、もっと多く死んでいた、と?』


『当然じゃないの。加えて状況は最悪よ? リガちゃんが、奇襲をかけてイグムットを殺せば信用は得られず、それこそ絶対悪になっていたわね。それに、彼女達が犠牲になるかはまだ分からないわ』


 云々、色々な話をして今に至る訳だが。ジャンヌは、紫色をした魔石を机の上に置いた。


「私達の主なら、国に(・・)騙されていた彼女達を救う事ができるかもしれないわ」


 ジャンヌがリガルを見ると、目に力がないアディルも後を追った。何故か感じる重圧なプレッシャーに、固唾を呑み込みむ。


「よし」と、小さく言葉を漏らして深呼吸をした。そして、魔石を手に取り一度強く握ってから床に置いて魔力を込める。テント内がリガルから放出される魔力により、不規則に揺れ動く中──魔石は月のように穏やかな輝きを帯び始めた。やがて輝きは一気に弾け、皆が顔を腕で覆い目を眇める。


「ミネルバ……団、長?」


 誰よりも先に口走り、縋るような、喜びを抑え込むような、震えた声がアディルから放たれた。


「ミネルバ? ああ、そうか。私の名は……ミネルバ、だったな」


 継ぎ接ぎになった記憶を辿るように、言葉を途切れ途切れ口にする彼女を見上げたリガルは息を呑む。


 額を押さえ、苦しそうに顔を歪める彼女は、人とは言い難い容姿をしていたのだ。背からは赤いエヴァのようなを一対生やし、口からは牙を覗かせている。ただそれでも、アディルが彼女をミネルバだと一目で分かったのは、顔そのものが変わってない事からだろう。


「とりあえず、これを羽織りなさいな」と、皆が言葉に詰まる中、流石は女性なのか。ジャンヌはすかさず、身の丈程ある布をミネルバに手渡す。


「すまないな。その、色々と」


「記憶が、あるのね?」


「あるとも。すべて、鮮明にな」


 記憶が断片的にしか残っていないジャンヌ達とは違い、ミネルバには生前の記憶がしっかりと備わっていた。


「先の戦闘以来だな、リガル」


 ミネルバはふいと、リガルを見ては爬虫類のような瞳に優しさを宿し、穏やかな声音を発する。


「戦っていた事も覚えて?」


「当たり前だとも。それらを踏まえて、私はお前達と話がしたい」


「話、ですか?」


 リガルが訊ねると、ミネルバは短く頷いた。


「ああ。これが、お前の力がなのかは分からないんだが。私の心は、お前に従うようにと言っている。だからこそ、話がしたい。この思いが、真実なのか偽りなのかを知るためにも」


 左胸を押さえ、ミネルバは答える。


「分かりました。話をしましょう。気が済むまで」


「と、その前に食事にしましょう? ラウちゃん達が兵糧を燃やす前にしっかりと食料を隠してくれていたのよっ」


「流石はジャンヌ。用意周到だな」


「家庭的、と言って欲しいわねっ!!」


 緊張が少し解れ、軽い談笑が生まれた。それは勝鬨と言うには暖かく、優しいものだった。

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