光
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どれぐらい時間が経ったか。どれだけ攻防を繰り返したか。未だに両者は、疲労の色を見せることはない。剣戟が交わり、火花が散り。蠢く触手は地を叩き、抉り、その度に砂が舞い上がる。
まるで荒野を馬が翔が如く。距離をとっても、それは取ったに値せず、ものの数秒で再び甲高い音が鳴り響いていた。
闇に染まりつつある大地で、そんな中──
「ニグィニグィニグィイ!! ナニモガモガァァア!!」
それは意味を成す言葉なのか。はたまたただの雄叫びなのか。空気が揺れる程に荒れた音に、ディグは圧巻されていた。
「だが、嘗ての自分は大蛇すら落した! 負けぬ!」
自分を鼓舞し、柄を強く握った。戦いを繰り返す中で、ディグ自身の記憶が途切れ途切れに蘇る。その度に体は軽さを増し、俊敏さには磨きがかかった。
──ジリッ。
地を踏み込む微かな音が、ミネルバの声を掻き分けディグの鼓膜を叩く刹那。ディグは、加速魔法を存分に活かした一歩を再び繰り出した。
たった数秒で辿り着くであろう、間合い。この間。ディグは何十通りもの戦術を、思い描く。そして、強い信念と勝利への確信を抱く。
だが、ミネルバも黙ってはいなかった。たった数秒の内に触手(切っても再生する)を用いて繰り出される殴打は、五〇を超えていた。正しく、畝る触手は壁であり強固な護りであり攻撃だ。それをディグは波長を合わせて切り落とし、体を反転させ避け、多少の苦はありながらも辿り着く。
「やはりな」
間合いにはいるなり、伸びた触手は背後から迫り。天の構えからの、力だけを乗せた縦一閃が、音を置き去りにディグを襲う。
全てを見越していたディグは、一本の剣でミネルバの剣先を叩き上た。これは、テコの原理を応用したものであり、洞察力や反射神経。これらを最大限に研ぎ澄ます事によって、可能とした技だ(ディグが出来るならば、ラウンズはゆうにこなすだろう)。
ディグは一呼吸のうちに、剣を払い。宙で回転する剣が、地に刺さるその前に振り返り触手を粉微塵に切り刻む。
「さて」と、声を漏らし。血糊を払う動作を見せてから一瞬でディグは、背後に周り根元から触手を削ぎ落とす。
「まだまだ戦いはこれから──だろ?」
「グケ……グケケケ」
「何がおかしい?」
肩を揺らし、不気味な笑みを浮かべるミネルバ。確かに、彼女がディグを馬鹿にする態度を取るのには察しがついていた。それは、ディグが触手を削ぎ落とすのみで終わらした事にあったのだ。
自前の剣は刃こぼれが酷く(アディルから授かった剣も、あと数回と持ちはしないだろう)。触手の紫色をした血を浴びた鎧は酸化し溶けていた。
ディグは酸化したグリーブ等を取り外し、警戒しつつジャンヌの方角を見た。黒い球体は大きさを増し続け、順調に事が運んでいる事が見て取れる。ならば、素手だろうが、なんだろうが、この場を耐え凌ぐのが役目。
死体の山には確かに剣や斧が大量にある。だが、そこには騎士達が多く居るのだ。無闇に近づく事は出来ない。
──そんな時だった。
「ディーちゃん、不味い事が起こったわ」
ジャンヌの交信が脳に響く。すかさず距離をとったディグも、ジャンヌに語り掛けた。
「どうした?」
「まだ一人居たわ。……いいえ、小さい子が現れたわ」
「小さい子? やはり、お前の目に狂いはなかったのだな」
ここでディグは、自分が出した答えの過ちに気がついた。ミネルバが笑っていたのは、ディグの状況ではなく辺り一帯で起こる戦況の変化だと言うことに。
「わかった。お前は、その子供を倒せ」
「けれど、ディーちゃんは?」
「大丈夫だ。彼女は私が一人でなんとかしよう」
「なら、イザちゃんや、他の仲間を」
「何を世迷言を言っている魔法使い。誰がお前を、騎士達を守るんだ。前衛と後衛。これが基本なのだろう。こっちは大丈夫だ。それに、犠牲が多くなり胸を痛めるのは、我々ではなくリガル様」
「──って事だ」と、朦朧とした瞳で睨みつけるミネルバに言葉を投げかけた。
ディグ自身も分かっている。これが詭弁であり、哀れで滑稽な自己陶酔の類いだと。だが、しかし。数多くの可能性を残すのならば、この選択が妥当であり真っ当な答えだろう。
「これは良い剣だ」
地に刺さったミネルバの剣を抜き取りった時、はるか昔、自分が選定の岩に刺さった剣を得た事を断片的に思い出す。
そして──
「ディグ=ルッデアーサー、参る」
全ての名を思い出し、ディグは地の構えに移行した。力は高まり、律動は高鳴る。重に従い地に落ちていた小石などは、理を忘れ宙に浮き始めた。
「グルァァァ!!」
ミネルバもまた、雄叫びと同時に触手を生やしディグを襲う。体力を温存する為に少量の動きで避け続けた。数分、いや数十分。彼女を引き付けつつ、紙一重で躱し、少量のダメージを負いながら。けれど、絶対的な痛手は負わず、機を伺う獅子が如く、その時を待っていた。
だが、次の瞬間。ディグの動きは──止まる。
「……ッ!?」
口の隙間から零れた言葉は、単調な声は、全てを覆されたような絶望を帯びていた。
腰に巻き付いたのは、太くヌメリのある触手だ。彼女は、一本の触手を大地に突き刺し、地面の中からディグを捕らえた。木を這う蛇が如く、体を這い締め上げてゆく。ミシミシと、ディグの前に鎧が悲鳴を上げる中で粉砕だけは逃れようと不十分に力が溜まった剣を振り上げた。
「グヒュヒヒ!?」
斬られるのを拒むミネルバは、触手を縦横無尽に動かし、ディグを振り回す。絞まり続ける触手は、やがて体にまで辿り着き、それでも諦めず、ディグは一瞬の隙を伺い続けた。
「溶解する力が──これ程とは……」
リガルによって、様々な効果がある支援魔法を付与してもらっていたディグが初めて体感する激痛。どうにか朽ちずにいるのは、リガルの力に寄る部分があるのだろうか。ならば、余計に無駄にする訳にはいかないだろう。
柄を離さぬように必死に握り──未完であっても窮地を脱する事は出来るはずだ。疲労は残れど終わりではない。故にディグは必死の決意を見せた。
「英雄の」
「グヒュヒヒ! ザゼナイ! ザゼナイ!!」
残りの触手が四肢の自由を奪い、剣は地に落ちる。骸骨の体が顕になったディグに襲い来る、一本の触手。避ける事は不可能に近いだろう。自分の体が彼女の一撃に耐えられるのか。唯一の救いといえば、先程ジャンヌがいる方角で聞こえた勝利の歓喜。
心残りは役目を果たせなかった哀れな自分。
「リガル──様ッ」
助けを求めた訳でもない。ただ自分を責め、漏れた小さく掠れた声音だった。裏腹に敗北だけは認めてならぬと、迫り来る触手を目で追い続ける。もしかすれば、隙が生まれるかもしれないからだ。故に、四肢には痛みを感じながらも力を込め続ける。
──刹那。
ディグとミネルバの間に割って入った神々しく暖かい。それでいて、力強く恐ろしい極光の輝き。
「待たせたな、ディグ。ここからは俺に任せてくれ」
姿を見せたのは、笑顔で見あげるディグの主。リガル=アルフレッドだった。
評価や感想くれた方々も感謝です。長かった中央領土戦も次回で終わります。なので、次の話を見て続きもみたい!と思われた際、評価等を頂けると幸いです!




