過失・前編
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──それは、鎧を裂き鮮血と共に背から生えた翼にも似た触手であった。
──それは、人ならざる者と位置づけるに相応しく。また、口から漏れる呻き声は悪魔的であり、戦慄に満ちていた。
「やれやれ。これで動くのね……?」
時を止めていた筈のミネルバは、まるで他者に操られている玩具が如く歪に軋み動く。
ゆっくりではあるが──だが確実に虚ろな瞳は、ジャンヌを視野に収めた。彼女には凡そ、戦姫と呼ばれる風格はもはやなく。後ろで結っていた髪は、紐が解け、乱れ。目からは赤い涙を流す。
「ミネルバ……団長?!」
異変に気がついた騎士達がミネルバに駆け寄る。一人・二人──やがて数十名が彼女を囲い、ジャンヌとミネルバとを隔てた。殺意の籠った双眸が幾つもジャンヌを穿つが、
「あらやだ。私は何もしていないわよ?」
両腕を上に伸ばし、戦意がないのを示していると、一匹の昆虫種が紫色に染まった魔石を背後からジャンヌに渡した。
「そう、これが原因ね?」
ジャンヌ達が優先し殺していたのは、イグムットが薬餌と称して飲ませていた者達だ(ジャンヌが推測するに、馬車に乗っていたのは、イグムットであり、彼が東の領地にて何かの発展を手にした)。
そこからは、バレない様に昆虫種の擬態化を用いて偵察、観察を行っていたのだ。ミネルバもまた、その一人であり。故に、利用する事にしていた。
これがどんな異変を人体に呼び起こすのかは、予測の範疇を超えていたが。しかし、これを利用すれば戦況が有利に動かせると予想が出来た。イグムットの言葉を引用するならば『地に落ちた天使にも似た化け物が産まれる』ただ一つ──予期していない事と言えば。
「なっ! た、助け……グフッ」
「お、落ち着いてください! ミネルバ団──」
彼女には、理性と呼べるものがないという事だろうか。それを仲間を殺すという行動で表し。ミネルバを囲っていた騎士達は、次々に血飛沫と共に断末魔を叫ぶ。
垣間見た騎士達は、昆虫種や幻惑に掛かった騎士と戦いながらも、現状に対しての恐怖心のようなものを次々に吐露し始めた。
「な、何が起こっているんだ!?」
「まさか、あのマジックリッチがミネルバ団長に何かを!?」
「なら何故、ミネルバ団長はマジックリッチと対峙をしてる?」
「俺達は一体何をさせられているんだ?」
それらに耳を傾けたジャンヌは、落ち着いた声音を漏らす。
「けれど……まあ」
小石ほどの魔石を砕き(リガルに見せないのは、世界に害があると理解してのこと)。死体の山に立つミネルバの身なりをした何かを、淀み深い眼窩で呑む。
「危は転じて幸と成す──ね」
「ガァァァァ!!」
「人の言葉すら、話せなくなったのかしら? 哀れな人間ね」
下劣であり不気味な絶叫に対し、短い溜息で答えたジャンヌは、杖の先端をミネルバに向けた。
「逃げないと粉々になっちゃうわよ?」
魔力を高め、ローブは不規則に踊る。体は赤と青のエフェクトを纏い、コンマ数秒後には、杖へと収縮された。
「行くわよ? ──冰炎の渦」
炎と冰で構成された莫大な渦がミネルバを襲う。熱気と冷気が合わさり放電し、渦にはさながら蛇が如く雷が這う。
轟音が地鳴りと共に響き、土埃や死んでいった騎士たちも冰炎の渦に呑まれていく。
この中では、息も出来ず四肢は裂け、血の一滴も残る事はない。
──だが。
「ガァァァァァァア!!」
「なっ!?」
渦はミネルバの咆哮一つで消し飛び、余波がジャンヌを襲う。体制を空中で立て直し、ゆっくりと地に足つけたジャンヌは、初めて声をどもらせた。
「嘘……でしょ?」
目の前で、脱力した姿で立つミネルバは
、鎧が溶け、髪が燃えた裸体を露にしている。ただそれだけだ。
「無傷……だなんて」
一瞬、ジャンヌの気が逸れる。慢心や油断ではない。強大な力を目の前にして襲った直感による恐怖。
「グヒッ?」
そんな声が聞こえた気がした瞬間。
──メシャリ。甲殻類が潰れる炸裂音が、鼓膜にまとわりついた。
「ごめんなさい……私……」
気がついた時、目の前では数センチ手前で止まった触手(四本の触手が、重なり絡まり一本の角のような形を成している)。それに刺され絶命した、先程の昆虫種が居た。緑色の体液が乾いた大地を潤す中──
「グギャァァァア!!」
ジャンヌを殺せなかった怒りからか、再び不気味な絶叫を上げる。同時に触手は昆虫種をバラバラに引き裂いた。
悲しむ間も与えられず、微塵と化した昆虫種が地に落ちる。ミネルバは触手を収縮させると、大地を蹴り飛ばし騎士達を襲い始めた。
まるでそれは、人を恨み死んだ念が幾重にも重なり産まれた兵器のように。命を奪う事を本能としているように。無慈悲に無惨に酷たらしく殺し続ける。
「ミネル……ギャァア!!」
「我々は味方です! 何故……ッ!?」
「誰かミネルバ団長を止めてくれ!誰か!!」
「分かったわ……分かったわよ。いいわ。やってやろうじゃないの。私の絶魔で貴女を殺してあげるわ」




