危殆
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「君は……何故外に? 早く……教会へ……まだ裏路地ならば見つかりはしない、だろう」
静まり返った街の中、片足片腕を失い命すらも喪いつつある騎士は、リガルを住民と勘違いしたのか。虚ろな瞳で写し、腕をゆっくり持ち上げて路地を指さした。
寒さを我慢するかのような震えた声音に胸を痛めつつも、リガルは騎士の手を握り口を開く。
「俺は住民ではなく、冒険者です。何があったんですか?」
「何が……あれは、悪夢のような惨劇だった。しかし、ミネルバ団長達に言う訳にも。この街を護るのは我々の責、務」
「悪夢の原因はどこに?」
「分からな、い。リガルと言うやつの……仕業……?なのか」
途切れ途切れに紡がれる言葉の意図する部分に、リガルは焦りを覚えた。目の前で壁に寄りかかり、血だらけの騎士から手を離した刹那──
真横から衝撃が走り、リガルは横へと倒れ込む。と、同時に地響きと砂煙が陥没音と共に辺りを包んだ。
胸に顔を埋めたアルルを一瞬見たが、リガルは即座に状況を理解し、頭を撫でた。
「ありがとう、アルル。怪我はないか?」
「アルは、平気です」
起き上がり、アルルを背後に隠し騎士がいた場所を見やる。未だ砂煙は晴れていない。そんな中で、鎧が今まで聞いたこともない歪な音で破壊され、骨を砕く音が恐ろしく轟いていた。
騎士の悲鳴や絶叫はない。憶測ではあるが、初めの一撃で絶命したのだろう。だが、リガルが懸念する所は、未知の生き物が姿を見せたことではなかった。
あまりにもタイミングよく襲ってきた事だ。しかも死角となる頭上から、狙いを定め一点に。
──砂煙の先に居るやつは、ほぼ間違いなく、騎士を囮に使ったのだ。
つまりそれは、知能があり学習する事が出来るという事になる。
偶然って可能性もあるが、ジャンヌ曰く『常に最悪な状況下での判断を決行しなさい』だ。
逃げるか、逃げないか、敵は一体か複数体か。敵の速さは、強さは、これだけの騎士を難なく殺せるのなら手強いのではないか。
──アルルを護りながら戦えるのか。
短時間で様々な自問自答に答えを当て嵌めて行く。
「集合思念体、姿を現してくれ」
「了解したわ」
身の丈数メートルはある黒い獣が、アルルのの背後に顕現した。
「相手の速さが分からない以上、背を見せて逃げるのは危険だと思うんだ。俺が目の前にいる敵を引きつける。お前は、警戒態勢に移行し変化があったら教えて欲しい」
「分かった。任せるがいい」
「アルル、浮遊魔法の扱いはなれたよな?」
「え、でも」
何かを悟ったのか、背から憂いる声がか細く聞こえた。
「アルルは、上空から集合思念体と共に状況確認に務めてほしい。あとは、教会が何処にあるかも──出来るね?」
「はい、です」
「これは、今いる俺達の中でアルル達にしか出来ない事なんだ。頼りにしているよ」
「分かった、です!」
力強い声には決意が宿り、その声を聞いたリガルはそっと笑顔を零す。
「ありがとう。──じゃあ、行くよ」
アルルに浮遊魔法と加速魔法を付与する(集合思念体は浮遊魔法を必要としない)。
リガルは、二人が上空に飛んだのを確認した後に、剣を地面に突き刺した。
「さあ、俺の……白魔剣士としての初陣だ」
鋭い双眸には、一切の恐怖はない。あるのは、ほんの僅かの不安と満ち満ちた自信。身震いは高揚感を伴い、心臓は激しく内から叩きつける。何せ、これから行う剣技──いや、魔剣技は完璧なオリジナルだ。
前衛職である剣士が体得する技に、白魔道士が取得する魔法を合わせた、リガルにしか扱えないであろう合技。
白装飾は、高まる魔力により荒れ狂い。たちまちに足元は、眩さを持ち聖なる輝きを魅せる。
リガルは、相手の力量が分からない以上出し惜しみする事をせず、技を叩き込むと決めていた。出方を伺うと言う慢心が、致命傷にならないとは言いきれない。
「慢心し驕るは、愚者なり。だろ?ヤナク」
大きく息を吸い込み、言葉と共に吐き出した。
「閃光の刃!!」
剣士職が覚える剣技、マイン・ソード(剣を大地に突き刺し、小規模な地割れを起こすもの)と閃光弾の合技である。
リガルから敵に向け、一直線に地割れが起こり隙間からは、いくつもの閃光弾が放たれた。それは、さながら大地から出現した光の壁だ。
やがてそれは、敵に辿り着くと一点に収束し光の柱となりて天を穿つ。
「一撃とは言わずも、ダメージは負うだろう」
目を眇めながら、眩さを依然と保つ燦然たる柱を見つめたリガルが、剣を引き抜こうとした時だった。
「ガバッ……ッ!?」
理解が追いつく前に、リガルの体は建物に叩きつけられる。
神魔装や、継続的治癒魔法を付与している為、大したダメージは無い。
──だが。
めり込んだ体を壁から引き離し、ホコリ被った顔を拭いながら立ち上がったリガルには、それ以上の精神的ダメージがあった。
「俺が定めた座標は、的確だったはずだが……なのに、なぜ?」
眼前に立つのは一人の青年──を模した何かだった。




