天使とは
感想くれたか。ブクマや評価くれたか、ありがとうございます!
アルルの手を引き、様々な場所を歩き回り漸く見つけた地下室は、外にあった隠し階段から繋がっていた。
それを見て思い出したのは、王都アヴァロンで見た牢獄だ。リガルは、過去を思い返しながら、薄暗い階段をゆっくり降りながらも、アルルを気に掛ける。
「転ぶなよな?」
「大丈夫、です」
水が天井から滴り階段を叩く度に、少し高い音が怪しく反響している。鍾乳洞などで聞いたのなら幻想的かもしれないが、いまは少し耳障りだ。
それだけならまだしも──
ひんやりとした空気は、屋敷内で感じた空気とはまた違うし、時折、下から上に抜ける匂いはアンモニア臭を帯びていた。
この強烈な臭いを嗅いで辛そうなのは、リガルよりもアルルだ。彼女は、自分の手で鼻をつまみ眉を顰め耳を垂らしている。
獣人はやはり、感覚が鋭いのだろう。
「本当に大丈夫なのか?」
下へ続く階段を見下ろしつつも、心配をするとコクコク頷く。
「平気のへっちゃら、です」
間違いなく嘘だ。
とは言え、臭い遮断魔法なんかありゃしない。こればかりは、アルルに申し訳ないが我慢してもらう他ないようだ。
なるべく早く終わらせようと、少し足早におりる。
──そして。
「これって……こんなことって……」
目の当たりにした拷問器具の数々を辿り、鮮明に蘇るビスケと過ごした悪夢の時間。リガルは、込み上げる嗚咽を抑え、息を呑み歩き出す。
「血が、凄い……です」
気落ちしたアルルの弱々しい声音が寂しくこだまする。
「そうだな……しかも、まだ真新しいのも──」
壁に赤い塗料を、勢いよくぶちまけたかのような血痕は、時間が経っていないのか縦に一本線を描き垂れている。
──実に不気味だ。
それに、使い古された拷問器具だって相当なもの。染み付いた血で、茶色くなっているものばかりだ。衛生面なんか、最悪だろう。こんな注射器で刺されれば、感染症は免れないはずだ。
つまり、ここに囚われていたもの達は皆が、人としてではなく、物として扱われていた。
──そして。
「その相手が、あの子供たちって事か」
無意識に手は力が入る。
「痛い……です」
「あ、ごめん。大丈夫か?」
「んーん。平気、です。こんなのを見せられては正気で居られない、です」
アルルは、徐にしゃがむと、子供の服だろうか。引き裂かれ、一切れの布と化したモノを手に取り胸へ抱き寄せた。
「ありがとう。こんな事はあってならない事だ。早く戦いを終わらせなくちゃな」
机の上に視線を向けると、古びた日記のようなものが目に止まる。リガルはなんの気になしにページをパラパラと捲った。
そこには拷問した日や容姿・性別・拷問内容・生きていた時間などが事細かく記されていた。
「赤い石と魔石を合わせる事で、天使の力を──得る可能、性?」
「天使、です?」
立ち上がったアルルも、ひょこっと机から顔を覗かせリガルに問う。
「訳が分からんな」
問われた所でリガルが分かるはずもない。ただ、赤い石が何かは分からないが、魔石は一度世界に触れている。それをがもしかしたら、答えに近いのかもしれない。
「分かるのは、この実験をして失敗したって事だろうな」
リガルは、実験進行途中で白紙に変わった最後のページを見た後に机に置く。
「失敗?」
「ああ。きっとイグムットはもういない」
「いない、ですか?」
「ああ、奴はこの実験中──つまりは、戦いに使おうとした実験体の暴走により死んだ」
静まり返った屋敷の外に室内の荒れ具合、執事と思われる老人の遺言。加えて、記された言葉などから考えるに──
「アルル! 急ぐぞ!」
「な、なんです!?」
リガルはアルルを抱えあげ、階段を駆け上がる。
「老人が言っていた事に意味があるのなら、アイツらが危ないかもしれない!」
外へ出るなり、魔石が埋め込まれた剣を鞘から振り抜き、切っ先を天に向けた。
「閃光弾!!」
合計四発、天に打ち上げる。これは、イレギュラーな事が起きた際に使うと約束していたもの。彼らがこれで気がついてくれれば良いのだが──
募る不満もあるが、何より気になるのが存在感のみを知らしめる、見たこともない怪物だ。
「予定にはないが……」
「なんです?」
隣で小首を傾げるアルルの頭に手を添える。
「俺達はこれより、街を探索する」
「探索です?」
「このまま、奴等を野放しにはしておけないだろ。未来の為にもさ」
「怖くない、です?」
心配そうに見上げるアルルに、リガルは笑顔を向けた。
「大丈夫だよ。俺は強くなった。何も怖くないさ。アルルが隣に居るしな」
「アルが居ると怖くない、です?」
「当たり前だ。アルルは勇気をくれるんだぞ?これからもずっと一緒にいてくれよ?」
優しく頭を撫でると、アルルは尻尾をゆっくり左右に揺らした。
「えへへ。当たり前、です。アルは、りがにぃの傍を離れない、です」
「ありがとう。じゃあ、行くとしようか」
「はい、です!」
手を握り、屋敷を出て一本道の向こうにある街を目指す。
「アルル」
「なんです?」
「背中にしがみついてくれ」
しゃがんで、アルルにそう促すとコクリと短く頷いた。
「分かった、です」
ゆっくりと細い腕を首に回し、アルルはリガルに体を預けた。
・加速魔法
・浮遊魔法を、自分に付与し──
・耐風魔法、風圧無効の魔法をアルルとリガル自身に付与した。
これで、リガルがどれだけ加速しようと負荷は一切ない。
「よし、飛ばすぞ!」
「いっけぇえ! です!」と、ハツラツな声音と共にアルルは、ギュッと強くつかまり直す。
浮いた体を地面と平行にし、壁があるイメージで空を蹴った。一気に加速し、街までの距離は瞬く間に縮まる。
「奴はいない、か?」
敵の気配を探るが未だにそれはない。
しかし、散らばった騎士の死骸がリガルの不安感を、そしてアルルの嫌な予感を見事に的中させていた。
街に近づいて来たこともあり、スピードを落として辺りを見渡す。
「凄い、ですね」
「ああ。これだけの騎士に殺戮を繰り返す事が出来るんだ。数が多いいのか、力が相当なのか」
鎧は大破し、破裂している。斬られたと言うよりも、吹き飛んだという表現が正しい、損傷の激しい死体の数々。
それは、街についてより一層と激しさを増していた。




