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退けぬ戦い

読んでいただきありがとうございます

 偽兵糧庫にてビーズ副隊長が、イザクと対峙する数時間前──昆虫種が空を縦横無尽に飛んでいる頃、森の最深部にて──


 ガラックは、垂れ下がった瞼を持ち上げ眼前を見渡した。瞳孔は狭まり、驚きを隠せない。その驚きは、喜びなどと言ったプラスな思考はなく。怒りや悲しみと言った負の感情のみが込められていた。


「何じゃあこりゃあ……ッ!?」


 嗄れた声がいつになく上擦り、開いた口は塞がらない。緑豊かだった兵糧庫が、真っ赤に染まり燃え上がっているのを、誰が予期していただろうか。喉を焼く熱波は、容赦なく酸素を奪い去ってゆく。


 木々が悲鳴にも似た音を立て燃え朽ちてゆく中を、ガラックは馬を降りて歩き始めた。


 生きた心地すらしない此処は息苦しく胸苦しい。体が水分を欲し、口内で唾液をためて呑み込む。


「なんと惨たらしい」


 足を切られ絶命した馬や、頭を跳ねられた騎士達が視界に広がるそれは、正に死屍累々。


 そもそも西の境を護っていたガラックが異変に気が付いたのは、上空で爆発が起きたのと同時に起こった森での爆発だった。


 それは確かに上空に比べれば小規模であり、目立ちもしない。皆が上空に気を取られてしまうのも無理はなかった。


 だが、長年鍛え上げた直感。潜在能力といっても過言ではない感覚が、ガラックのみを後方へ意識を向けさせたのだ(兵糧庫の周りを護衛している者は多分ではあるが、壊滅的)。


「ガラック卿、残りの我々はどうしますか?」


「先ずは生存者を探したいんじゃが……そうは言ってられないみたいじゃの」


 二〇〇人ののち五〇人は、兵糧庫周辺の偵察に回し、残った一五〇人が此処にはいる。と言うのも、兵糧庫を上空から襲うにしても、大軍なら目立つ。


 きっと彼らは、小規模で特攻を仕掛けたと見込んだからだ。故にこちらが大軍をこさえて進軍なんかすれば、逆に目につき格好の餌食となりかねない。


 目立たずに懐へ潜り込むには、最小限の人員である必要があった。


「あれは……ナイトリッチ、ですか?」


 剣を構えた騎士が、自信なさげな声音で問いかける。幾多の戦いを熟して来た一人前の騎士が、だ。


 しかし、それは一番先頭に立ち二又に矛が分かれた槍を構えるガラックにも言える事だった。


「ナイトリッチじゃろうな──見た目は」


 明らかに違うのだ。今まで打ち倒した者と。今まで、恐るるに足りぬと高を括ってきたものと何もかもが。


 内から滲み出る覇気も、気迫も殺意も全てが規格外と言うのが相応しい程に。目の前で立ちはだかる五体程のナイトリッチは、異様であり異常だった。


「ここに居るものは、破邪剣を扱えるな?」


「使えます。任せてください!!」


「儂が目の前の一体を殺る。お前さん達は、手分けして各個撃破にあたるんじゃ。よいな?」


「はっ!!」


 ガラックが問えば、不安を捩じ伏せた決死の声音が轟いた。同時に皆が魔力を高め、武器は真っ白な光の粒子となる。


「よし、ならば行くぞ!! 儂に続け!」


 再び剣や槍の形を成した時、それは物ではなく負を切り裂く破邪なる刃となるのだ。


 ガラックが、白髪を揺らし駆け、皆が後を追う。地面は揺れ。鼓膜には、鎧が軋む音と怒号が響き渡る。


 ──刃がナイトリッチに触れる刹那。


「儂の撃を受け止めた……じゃと?」


 ガラックが繰り出した技は、そう簡単に見切れるものではない。なめらかであり。それこそ激流を制する魚の如し、力強さと俊敏さを持った、死角からの的確な攻撃だった。


 ナイトリッチは、ガラックを見ることもなく背後から襲った矛を剣で防いだ。


「ほう。なんとも、信念の宿った攻撃ではあるな。──だが、甘い」


 弾き返す瞬間、俄には信じ難いが、確かにナイトリッチはそのような言葉を言い放った気がした。


 だが、そんな事はどうでも良かった。たった今、弾き返された屈辱に勝る違和感がガラックを襲ったのだ。


「お前さん、喋れるのか?」


「なんだ? 喋ってはならないのか?」


 厳しい声を放つナイトリッチには、余裕さえ伺える。もしくは馬鹿にされているのか。


「いんや。じゃが、これでハッキリしたわいな。お前さん達は、そんじょそこらの魔族じゃあないっちゅーことじゃ」


 体勢を直し、再度槍を構える。


「当たり前だ。我々は確固たる信念の元で動いている。お前達が退けぬ様に、我々もまた成さねばならぬのだ」


 毅然きぜんとした態度は、不謹慎ではあるが英雄的素質さえ感じる。


「そうじゃろうな。──やれやれ、こりゃあ、ハズレを引いたかの」と、乾いた笑いを浮かべたガラックは、再び双眸に鋭さを宿してナイトリッチを穿つ。


「ガラック=ディス。この一魂いっこんに全てを賭す」


 吠え猛る訳でもなく、その声は静かに口から零れた。


「ふむ。ならばこのラウンズ。ソナタの一魂を、この一斬いちざんを以て斬り伏せよう」


「一斬……随分、儂も嘗められたものじゃな。じゃが──まさか英雄譚に綴られておる者と同じ名を持つものが相手とはの」


 ガラックは、邪念を振り払い息を呑む。


 騎士達が次々に打ち倒されていく中、ガラックの視界は歪み、ただ一点。


 目の前にたつラウンズのみを捉えていた。


「では──参る!!」


 軽く跳躍し、爪先が地面に触れたタイミングに合わせて踏み込み飛び掛る。


 無駄な動作をなくした、最小で最大の攻撃を繰り出す技。音を置き去りに放たれるそれは、岩すらも両断する。


 ガラックの槍がラウンズに届く距離になると、ラウンズは剣を振り上げた。


 流石は手練だ。ミネルバを含めた数人しか目で追う事すら出来ない速さに順応するとは──


 感心しながらも、ガラックは「じゃが……甘い」と、言葉を漏らす。


 そして、ラウンズに届く一歩手前。


 槍で地面を抉り叩く。激しい地鳴りと共に、地面は大きく穴が開き砂煙が舞う。


 すぐ様背後に回り、一呼吸の内に三連撃を放った。


 ──しかし。


「手応えが……グフッ」


 背から感じる熱と、口から溢れる血。


 膝をつき、どうにか槍で体を支えるガラックが目にしたものは無だった。


 そう。背後を取ったはずのラウンズが。つまり、目の前に居るはずのナイトリッチの姿が見当たらない。


「何が……あったんじゃ」


 やがて砂煙がおさまり、ガラックは霞んだ瞳で辺りを見渡した。


 そして、堪らず笑みを零す。


「こりゃあ、してやられたわい」


 ガラックは、自分がたっていた場所に立つラウンズを見て全てを理解した。


 飛び掛った時、既に勝敗は喫していたのだと。剣を振り上げたラウンズは、あまりの速さに残った残像。


 数秒前の彼を脳が今のラウンズだと誤認したものだと。


「言い残す事はあるか?」


 近づいて来たラウンズは、見下すことも嘲笑う事もなく、騎士の如く誠実さを持った態度で問いかけた。


 それが何故だか嬉しくて、ガラックは掠れゆく意識の中で本音を漏らす。


「いんや。お前さんに身をさずけるならば我が誉かもしれぬな」


「そうか」と、ラウンズは短く頷いた。


「じゃが、最期に一つ良いかの?」


「なんだ?」


「何故、お前さんの主は宣戦布告なんて非道な事をしたんじゃ?」


「あの御方は、苦しんだのだ。苦しんだゆえに決断なさった。この世界を変えるための悪となるとな」


「この世界が間違っていると?」


「ああ。今も、今までもだ。それを、“これからも”にしない為に、我が主様は悲しみを剣に変えた」


「今を是とする騎士と、未来を希とするリガルか。もう少し出会いが違ったのなら──いいや」


 きっと出会いが違っても、彼は何かに絶望したのだろう。そして、騎士の方針と相容れぬ事も悟るのだろう。あるべき物があるように、きっとこれもなるようにしてなった必然なのだ。


 ガラックは目を瞑る。


「安らかに眠るが良い」


 ラウンズの優しい言葉と共に、ガラックの鼓膜には空を切る音のみが残った。



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