兵糧
読んでいただきありがとうございます。できれば、感想とか頂けると幸いです。
申し訳ございません。次の投稿はこの前に話をもう1話差します。緊張感が中々演出出来てないので、戦場のかんじをかくので。なう(2020/01/14 23:17:50)
「あいつが……リガル、なのか?」
一人の騎士・アディル隊、副隊長であるビーズが瞳に捉えたのは、白い革でのコートを身にまとった一人の男性だ。
彼は軽装であり、魔族ならまだしも、完全装備をした騎士相手には間違いなく不利な姿だ。
──しかし、なんだろうか。刀身の細いレイピアを三人の騎士相手に構えるその姿から滲み出る気迫は、隙が一切ない。
「だが、今はそんなことよりも目の前のコイツを……ッ!」
「クキキキカ!」
「チィ! この昆虫種、なんて力だ! 振り解けねぇ! それに、なんだよ、この液体」
三人の騎士が居る元へ行きたいが、昆虫種が邪魔をし向かう事が出来ない。
ビーズが攻撃を防ぐのに使った剣の刃を鋭い歯で噛みつき、カチカチと音を鳴らす昆虫種の体躯は、人の倍ある。
紫色をした体は、日を照り返すほど艶やかで鉄にも劣らない強度があるだろう。長く伸びた触覚の下に覗く、赤い双眸は澱みを帯びており、口から飛び出た歯はとても鋭い。
六本の足から伸びる鉤爪は、硬い岩をえぐれる程に鋭利で強度もある。正に、ものを破壊するのに特化した昆虫種の亜種と言っても過言ではないだろう(他にも、二つの鎌の刃を向かい合わせたような顎を持った昆虫種や毒針を持った物、蝶々のような物もいるようだ)。
それほどまでに、一帯に姿を現した空を飛ぶ物や地を這う昆虫種は、強さや統率力において前例を見ない。
長年鍛錬を行ってきた騎士だからこそ踏みとどまれるが、商人等だったら間違いなく押し倒されているはずだ。
だが──
この昆虫種は只者ではない。普段なら弾き飛ばし、装甲の薄い腹を切り裂き殺すのだが、コイツ等脚力は尋常でないのだ。
吹き飛ばすことも、弾き飛ばす事も押し倒す事も出来やしない。むしろ、ビーズの背は後ろに反りつつあった。
土に足がめり込み、ビーズの顔には焦りが生まれる。
「こんな所で死ねるか!」
左右に瞳を動かし、ビーズは力を抜いた。
「おっらぁ!」
体重に任せ伸し掛る昆虫種の反動を生かし、左へ体を転がしどうにか回避した。瞬時に立ち上がり、剣を構え息を整える。
しかし──
広がる戦場は惨憺たる物だ。誘導として作った偽の兵糧場ではある。故に、戦火に包まれる事は予想ができた。が、ここまで理解の出来ない出来事は、予期していない。出来るはずもない。なぜなら、包囲殲滅を考えた、一切の抜け目もない完璧な陣形だと思っていたからだ。
だが、実際は違う。
敵を取り囲むつもりでいた大軍が、仲間同士で殺し合いを始め。昆虫種が強靭な顎を用いて頑丈な鎧ごと仲間を噛み殺す事なんか誰が予想するだろうか。
「カチキキカカ」
赤く光る眼光は容赦なくビーズを穿つ。
後退りをし、昆虫種との間に距離を取りつつ気を見計らうビーズの鼓膜に、虫ではなく人の声が届いた。
「そのマント。君は、副隊長クラスだね?」
ビーズが身につけた赤いマントに反応を示した男性は、血糊を払いつつ姿を見せる。
昆虫種が彼の行き先を阻まないように、道をひらく姿を見てビーズは目を疑い、そうして思った。
──彼は魔王なのだと。
それほどまでに異様であり異常なのだ。人が魔族と共にいる事が。何かをなそうとしている事が。
「俺の名は、ビーズ=マリキラ。お前は何者だ」
臆した姿は見せられない。ビーズは、目を顰め力いっぱい目の前に立つ男を威嚇する。
「オレの名前はイザク。イザク=シュタイン。偽物の兵糧を攻め落とす任を与えられたしがない剣士さ」
「しがない剣士がマントを見ただけで階級を理解できるとは思えんが……それに偽物だと?」と、鞘にレイピアをしまい込んだイザクから目を離さずに問いかけた。
「ははは。まあ、そんな事はどうでもいいんだけれど──どうかな?」
「何がだ?」
物腰のやわらかさが、不気味だ。
「負けを認めて陣を反転、味方に攻め込むとか」
爽やかな笑顔を浮かべ、恐ろしい発言をする人間だ。それに答えを分かっていてイザクと言う人物は言っているのだろう。
「──断る」
確固たる意思で、ビーズは対峙するイザクを睨みつける。
「そーだよね。やれやれ」
「お前達が我が仲間達を操っているのだろ?」
「そうだけど?」
「ならば、何故そうしない。ここの連中皆を操ればなんの事もないはずだろ」
「それは出来ないのさ。事それに関して、君達は誇りに思っていいと思うよ。何せ心に一切の隙間がないのだから。──け、ど」
「──なっ?」
遅れてきた風に片目を眇め、首元を見てみればイザクが腰に滑らせていたレイピアの切っ先が喉仏に触れていた。
全く反応が出来なかったのだ。長年鍛え上げた経験が、功を奏することなく。圧倒的な力の差の元、脳が体が理解する遥前にイザクのレイピアは急所を的確に捉えていた。
ゆっくりと喉を鳴らす。
「何を──した?」
「何をって、ただ踏み込んだだけだけれど」
ここに来て尚、イザクは笑顔を浮かべる。勝ち誇る事も嘲笑うこともせず、歪みない爽やかな笑顔を。それは、あまりにも不気味だ。
「で、どうするの? ビーズが此処を取り纏めているのでしょ? 仲間を鎮めてくれたなら、無駄な殺しはしないよ」
「何を訳のわからないことを」
一向に援軍も来やしない。伝令役は何をしているのだろうか。何のための空戦部隊や魔道部隊なんだ。作戦が全く機能していない。
時間稼ぎをする為にも会話を続ける必要があると、ビーズは意を決する。
「オレ達の敵は敵意を向けるもののみだよ。つまり、王家に加担する者だけだ」
「だからお前達は叛逆者なのだろ?」
喉仏に触れたレイピアが、チクリと刺さる。
「何故君たちは、今ある真実を真実だと思う?」
意味がわからない。何を伝えたいのか、この会話に意味があるのか。
「そうあるようになっているからだろ。法律が、世の習いが、産まれる前から俺達に与えているものだ。我々が真実を見失えば民もまた真実を見失う」
「ははは。君達の謳う真実が、本気で正しきものだと? 正義に足りえる安寧にじゅんじたものだと?」
「ああ」
短く頷くと、イザクの目に初めて殺意がやどる。細められた双眸から放たれた、鋭い眼光に穿たれたビーズは卒倒し、背筋には悪寒が這う。
「それは、真実ではなく君達が目を伏せて思い込んでいるだけだ。偽りの平和を夢見ているに過ぎない。いい加減、目を覚ますべきなんだよ」
震えた声で訴えかけているが、そんな事はどうでもいい。ビーズは見逃さなかったのだ。イザクの視線が一瞬逸れる事を。
タイミングを見計らい、踵を持ち上げていた足をイザク目掛けて振り上げた。
──刹那。
「……なっ!?」
「オレが、なんの準備もなしに話し合いをしていると思った?」
足元にはムカデ型の昆虫種が絡みつき、身動きがとれない。
「オレはガッカリだよ。加えて君は副団長に足る器じゃあないね」
「叛逆者風情が何を」
「ふうん。まあいいや。じゃあ、冥土の土産にいい物を見せてあげるよ」
徐に胸元から取り出したペンダントをみて、ビーズは言葉を失った。
「な、ぜお前のような者が叛逆者」
「喰らえ、跡形もなく」
「グギグギガガガ!」
昆虫種は、一気に全身を這いずりビーズを覆い尽くす。そして、一気に締め上げた。鎧ごと圧迫され、鼓膜には骨が砕ける音がまとわりつく。振りほどきたくても、逃げたくても、ビーズができる抵抗と言えば歯を食いしばる程度のものだった。
いや、正確に言えば四肢に力は込めていた。が、それに勝る力を持って、昆虫種が捩じ伏せる。
「グギャッ……ガバッ……ブグッ」
感覚も失い、血を吐き、朦朧とした視界で収める闇の中、ビーズは帰りを待つ家族を思い出す。愛する妻・最愛の娘、暖かいご飯や眠る横顔、なんの気になしに過ごして来た一ページ一ページが、脳裏にいくつも過ぎった。
そして──切に願う。
「じにだぐ……な……」
昆虫種が締め上げるのを止めた同時に、瞳は眩しき白い光をおさめた。
「あ……ああ」
だが一瞬にして、ビーズの目の前には昆虫種の顔が現れた。口を広げ、牙をむきだし、食に飢えた昆虫種の顔が。
「グギガガガ!!」
「よし、その辺で良いだろう。やれやれ、本当、人というのは面白いね」
イザクは気を失っている無傷のビーズを見下ろし軽く笑みを零した。
「まあ、ともあれ最小の犠牲でここは奪取出来そうだ」




