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きっておとされた火蓋

読んでいただきありがとうございます

「リガルを相手する前に魔族と戦わなくてはならないとはな。──まあいい」


 ミネルバは迫り来る黒い雲を眼前に捉えたまま、大きく息を吸い込み──猛る。


「剣を抜け! 盾を構えろ! 我らの勇姿を、正義の矛として叩きつけてやれ!」


「「ぉおおお!!」」


 金属が擦れ合う音が甲高く響く中、ミネルバは眉を顰め、上空を見続ける。


 見れば見るほど異様な光景であり、嫌な雰囲気だ。

 ミネルバは、生唾を呑み込みながらもスキを一切作らずに万全な備えで待ち構える。


「さあ、来るなら来い」


 伝令には森への警戒を怠らない事、空戦部隊の遠距離射撃による援護をと伝えてある。それに、こちら側には空戦部隊もおり、対空戦も対応ができる状況だ。確かに一〇〇はくだらない数だが、こちらは何倍もの英傑が待ち構えている。


 ──負けるはずがない。


 しかし、いくら理性が働きかけても心の奥底。つまり、本能がミネルバに語りかけてくるのだ。


 よからぬ事が起きる、と。


 首を左右にふり、邪念を払い空を再び睨む。


  かなりの距離があるにも関わらず届く音色は怪しく不気味だ。


 羽音が幾重にも重なり鼓膜を震わせ、昆虫種の強靭な顎が鳴らすカチカチと言う音が身の毛をよだらせる。


 ──刹那、空戦部隊により一斉射撃が行われた。


 放物線を描き、物凄い速さを伴った魔弾は、一片の慈悲すらない、殺意のみを纏ったものだ。しかし遠目から見れば、様々な色をしている分美しいだろう。それもそのはず。


 空戦部隊が放った魔法は、火玉ファイヤーボール閃光弾デライト氷玉ヒャダン等といった多属性の魔法。


「流石はナターシャ卿だ。的確に虫を落としたな」


 そんな自信と尊敬を宿した声が、鼓膜を掠めた時だったか──


 魔族付近で爆発音と共に、昆虫種を覆い隠すほどの黒い爆煙が立ち込めた。


「何がおきた?」


「ぶっ倒したのか?」


「今、一瞬だが──魔族から光、みたいなものが見えなかったか?」


 騎士たちの中で当てにもならない憶測が飛び交う。


 だが、その中で一つミネルバに嫌な予感を植え付ける言葉があった。


「──光?」


 繰り返し独り言のように言葉を漏らした瞬間、爆煙を切り裂き魔族側から大量の魔弾が放たれた。


「な、何が起こった!?」


「なんだよ、あの火柱の渦は!」


「これが魔族の攻撃……だと言うのか? 今まで戦ってきた奴らは、ならなんだというのだ!」


 はるか先、ナターシャ達がいる方角で、爆発音が鳴り響き、数秒後に爆風がミネルバの髪を激しく撫でた。それだけで、魔族側の放った物の威力が計り知れないものだと悟る。全身を這う戦慄を騙し、ミネルバは剣の切っ先を点に向けた。


 ──間違いなく、今の攻撃でナターシャ陣営は大打撃を負ったに違いない。しかし、今は憂いている暇がないのだ。


「お前達! 迎撃する準備を整えろ!! 敵が来るぞ!!」


 ミネルバの声が轟き、周りの騎士は臨戦態勢に移行した。


 緊張感が空気をより一層とヒリつかせ、静まり返った空間が生きた心地を奪い去る。緑豊かな大地ですら、地獄と錯覚しかねない重々しく恐ろしい雰囲気の中、鎧の軋む音が寂しく響いていた。


「おい! 来るぞ!!」


 一人の騎士が剣を、煙の先に向けた。


 煙は魔族中心に吹き荒れた風で消し飛び、眇めた瞳で見つめてみれば、そこにあったのは異様な光景だった。


「昆虫種がナイトリッチやマジックリッチを抱えている……だと!?」


 何が何だか訳が分からない。今までこんな事を経験したこともなければ、見たことも聞いたことも無いのだ。


「お前ら! 散開しろ! 敵の攻撃がくるぞ!」


 ミネルバは、昆虫種が抱えるマジックリッチが練り始めた魔力を視界に入れ、瞬時に吼える。


 統率された騎士達が慣れたように散らばる中で、フォトンレイン──閃光の雨が無数に、それこそ大雨が如く降り注ぐ。


「ぐぁぁあ!!」


「逃げ場がねぇぞ!!」


「私達の近くに寄ってください! 魔法ならば、私達が防ぎます!」


 荒ぶ大地にまう煙が、視界を奪い去る。


 まだ一度も矛を交えていないのにも関わらず、戦線が多少ではあるが乱れを見せた。よく練られた策略を目の当たりに、ミネルバの脳裏に過ぎった情報。


「まさか……鼻っから我々の陣形を把握して──?」


 だが気がついた時には、視界が晴れた時には既に──


「まさか……! 伝令役はどうした!?」


 いち早くガラック卿等に知らせなければならない。


「それが、先の攻撃により……」


「くそ! だが……この状況で浮遊魔法ヴィチロークを扱うのは死にに行くようなものだ」


 ならば、陸路を使うべきか。


 いいや、それも数時間はかかるし、何よりも──


「貴様は何者だ?」


「あら、中々威勢が良いわね。私はジャンヌよ。貴女方を足止めさせて頂くわ」


 目の前で立つのは、言語を話すマジックリッチ。その眼窩は恐ろしく澱んでおり、身から溢れるのは存在感を異端なくしらしめる揺るぎなき力だ。


「まあいい。貴様一匹で何ができると言うのだ? 我々は、この先に大事な戦を控えている。構っている暇もないんだがな」


「あら、それは私達、主の事かしら?それなら安心して頂戴な。既に時は動き始めているわ。この世界の救済へ向かってね」


「ふっ」と、鼻で笑ったミネルバは馬から降り、同じ背丈程のジャンヌと対峙する。


「世迷言を抜かすな。この大軍に、貴様だけで何を」


「ふふふ。面白い事を言うのね?気がついてないのかしら。貴女達が、二手も三手も遅れている事を」


 口をケタケタと怪しく鳴らしたジャンヌは、赤いローブから腕を伸ばし、長い指で音を鳴らす。


 ──パチン。


 高い音が短くなった刹那、ミネルバの鼓膜を叩いたのは仲間達の絶叫だった。


 敵が入る隙もない陣形内部で、飛び散る血飛沫が乾いた地面や鉄をバタバタと叩く。


「陣形とはそもそも、外から来るものに対して備えた物。内部から壊すのはいとも容易いものよ」


「貴様一体何を」


 全ての行動が裏目に出ている苛立ちを、口の端を噛み締め抑え込み、ジャンヌを睨みつける。


 構えた剣は、恐怖ではなく怒りで震えていた。


「何を? 簡単な事よ。勝つ為の戦略」


 嘲笑うかのように、軽い声に言葉を乗せるジャンヌは余裕の様子だ。


 ──一々癪に触る。


「勝つ為の戦略──まさか、魔族の口からそんな言葉を聞くとはな。貴様らの主とやらは、大層な先導者なのだろうよ。魔族にまで魂を売るとはな」


「あら、それ以上は殺しちゃうわよ」


 氷の如く冷徹で冷淡な声が、刃の如く鋭さを持ちミネルバの声を割く。


 同時に目の前にはジャンヌの姿なく、背後で感じた殺意の塊 。


「ならば!」


 ミネルバは咄嗟に脇腹へ火花を散らし剣を滑らせ、背後を貫いた。


「甘々よ。そんな迷いでブレた剣筋じゃあ、私を倒せるはずないじゃないの」


 呆れ混じりの言葉と同時に、固く冷たい尖ったものが頬をなぞる。


「私に近づくな!」


 剣で横に払い、ジャンヌと距離を置いた。


 大して動いていないにも関わらず、肩は不規則に上下へ動く。瞳を左右に動かしてみれば、仲間同士が刃を交えていた。


「まあ、それは困ったわね。私としては、貴女に敗北を認めさせる必要があるのだけれど──」


「馬鹿が。誰が悪に屈するものか」


 凛とした瞳に覚悟を宿し、顎に指を添えるジャンヌを穿つ。


「そうよね。まだ、パズルのピースも埋まっていないし。ここは一つ時間稼ぎと行くわね。どの道、貴女達の敗北は決まっているのだけれど。うふふふふ」



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