集合思念体
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村から少し離れた場所にはお墓がある。ラウンズやディグ達に頼んで腰程の高さに幾つも岩を砕き、並べて作った遺体もないお墓だが、それでも祈りを捧げるには充分だろう。
リガルとアルルがその場に辿り着き、暫くしてのことだった。
「思念体!?」
墓をグルりと囲うように黒いモヤが揺らいでいる。
敵意がないとしても、リガルの声は反応的に上擦った。アルルはそんなリガルの手を強く握り、ちょいちょいと引っ張る。
「ん?」と、視線を合わせるとアルルは首を左右に振るった。
「大丈夫、です」
「大丈夫ってのは分かるんだが……なぜ今更姿を?」
「それは──です、ね?」
握っていた手を解き、アルルはリガルに背を向けると思念体に向かってゆっくりと歩き出す。どこか遠くに行ってしまいそうな感覚に、アルルの温もりがまだ残る右手がピクリと動いた。
梅雨と知らないアルルは、尻尾を左右に揺らし耳を優しい風に靡かせながら思念体の元へと辿り着いては振り返り口を開く。
「アルも戦う、です」
「戦うッ……て。いやいや、皆がいる前で話したろ?お前は、ここにヒュンズ達と残るって。奴らは俺達の拠点を知らない。だからこそ安全だと」
危険な場所へ、こんな小さい女の子を連れて行けるはずがない。強い思いが声を力ませるが、アルルはスカートの裾を両手で掴んで首を振るった。まるで子供が反抗するように、リガルの話を聞こうともせずに──
それが数分続いたか、リガルはヤレヤレと理由を訊ねると固く結んだ口が開いた。
「アルは、もう離れたくない、です。リガにぃが居ない平和より、リガにぃと居る幸せがいい、です」
「だが、いやそれでも」
「アルが弱いから、ですか?」
「違う。そうじゃない」
アルルの波打つ瞳を、じっと見つめてリガルは否定する。
「お前には、見せたくないんだ。聞かせたくないんだ。断末魔を、絶叫を、惨たらしく散らばる死体の数々を」
リガルは散々、悲鳴や死体を見てきた。殺した数だけ感じてきた。中には女もいたし老人だっていた。その誰しもが、私利私欲のために仲間を、弱き者を騙し苦しめ貶めて来た奴らだったが。
悲鳴が出るのも、血が飛び散るのも、それは皆と何ら変わらない。その中に、汚れ一つ知らないアルルを巻き込むのは、とてもじゃないが、リガルには出来なかった。
慣れている、慣れてしまったリガル自身ならまだしも、アルルには見て欲しくないし、慣れて欲しくもない。
「だからって、リガにぃ達だけが背負い込むのは、違うです。アルは──アルは……」
俯むいたアルルは、裾を握った小さい拳を震わせる。
「一緒に苦しんで一緒に悲しみたい、です。皆が割いた暗闇の後に魅せる光を見るぐらいなら……一緒に暗闇をみたい……です……」
アルルの懇願が力強くも切なさを帯び墓所に広がる。その声を聞いたリガルが、言葉をなげかけるより先に動いたのは思念体だった。
彼等はカードを一つに纏める様に重なり始め、幾つもあった体は一つの思念体となったのだ。
「私達からもお願いヲシタイ」
幾重にも重なった声(老若男女)がリガルの鼓膜を叩いた。
「集合思念体……か?」
「端的に言えばそヲなる。私は俺は儂はウチは、別物であり、一つの感情を共感しあった単一でもある」
「それがアルルと関係があるのか?」
リガルは、集合思念体の隣に立つアルルを見ながら問う。なぜだか分からないが、アルルの表情はとても落ち着いていて、警戒する素振りすら見せない。
まるでそれは、顔馴染みとでも言うかのような自然体だった。だが、今思えばタイミングが良すぎる気もしないでもない。
アルルがついて行くと言い放った少し前に彼等は姿を見せた。何よりも、ここへ行こうと言い出したのはアルルだ。
それらを踏まえて、リガルは訂正をする。
「いや、関係があるんだな?」
「はい、です」と、集合思念体ではなくアルルが答えた。
「アルは強く願ったです。皆を守りたい、力になりたいって。村の皆に話をかけてたです」
「そうだったのか」
「私達も願っていた。娘の──アルルの力になりたい、と」
「娘? ……なるほどな」
別に驚くこともない。ここの島で生まれた思念体ならば、アルルの家族が居てもおかしくはない。
「けれど、アルルを戦場に立たせるってのは親としてどーなんだ?」
普通ならば、反対し安全圏へ娘を連れていくものだろう。だがリガルの問に、集合思念体は鼻で笑った。
「ふふ。それを君が言うのかね?」
「どう意味だ?」
「君の奥底で寝たフリヲしてい──まあいい。どの道、完璧な安全なんか争いの中ではないだろ? ならば、娘がしたい事ヲさせてやりたい。それが運命なのだから。なに、安心したまえ。私達が全力でアルルを守るさ」
「だが……」
「なに、元々、私達は戦闘特化の種族。個体を持たない代わりに、このような姿にも」
集合思念体は、燃ゆる炎が如く踊ると次の瞬間──
身の丈がリガルより大きい狼の姿になった。牙は鋭く爪は鋭利だ。
「分かったよ。分かった。だが、最前線には連れて行け……」
アルルの強い眼差しがリガルを穿つ。
「はあ……じゃあ絶対に俺の傍を離れるなよ?」
その言葉にアルルの尻尾は忙しなく揺れ動き、表情は綻び笑顔となった。
「はい、です」
「全く。家族を出すとかセコいぞ」
呆れ混じりの笑みを浮かべていると、背後からディグの呼び声が聞こえる。
「リガル様、進展がありました」
「分かった。今行く」と、リガルが答える数時間前──
そして、ミネルバ達が詰所で会議をしている時、屋敷の敷地内では一匹の昆虫種が一人の子供を連れ去っていた。




