半年後に向かって
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「ここに集まってもらったのは他でもない。このブラックキューブについてだ」と、堂々たる面持ちでミネルバは、隊長格と副隊長格合わせて二五人(隊長格は椅子に座り、副隊長は後ろに立っている)の前で口を開いた。
円卓にブラックキューブを置くと、誰しもが驚く様子なく腑に落ちた態度をとっている。それらを踏まえ、少なからず皆も“内容”を聞いた事があるものだとミネルバは推測した。別段緊迫した雰囲気でもなければ、どちらかと言うと午後のティーパーティの様な非常に落ち着いた雰囲気が漂っている。
そんな中、鉄が軋む甲高い音と同時に声が聞こえる。
「一つ良いか?」
一人の騎士が手を挙げた。皆が首を捻らずも視線を動かし声の先を見る。緑色の髪に緑色の瞳をした男性に対し、ミネルバは短く頷いた。
「うむ、どうした? アディル卿」
逞しい体躯をしているアディル=ファズは、ミネルバが率いる騎士団ビヨンドに於いて、重盾装歩兵隊隊長を務めている騎士だ。
重装歩兵と違うところと言えば、彼等は剣を持たない代わりに、矢が突き刺さる事もない盾を両手に持っている事だ。
彼等は重装歩兵の前に立ち、敵と距離を詰める前衛職。密集型陣形などにも欠かせないものだ。
アディルは、手を下げると口を開く。
「その内容は確かに聞いたし、物騒ではある」
「うむ」
「だが、ミネルバ卿もエーテラを見てわかったと思うが……誰一人として信じていない。話題にもなっていない。彼等は、誰かのイタズラとでしか思ってないんじゃないか?斯く言うおれも──だが」
アディルの言う事にも一理ある。それ故に、隊長格の殆どが静かに相槌を打ったのだろう。
「その声になんの確証もないのではないか?」
「確かに確証はない」
「なら、おれ達が騒ぎ立てるとかえって民間の不安感を煽るだけなんじゃないか?」
「それは違うんじゃないかの? アディ坊よ」
長く伸びた顎髭を手の平で包む様に撫で付けながら、老爺は嗄れた声で否定した。
「ガラック卿──違うとは??」
「簡単な事じゃよ。声が本物か偽物か、話はそこじゃないんではないかのぅ?」
垂れ下がった瞼から覗く双眸は、老いても尚衰える事のない誇りを宿している。正に刃の如く鋭く力強いものだ。
ガラック=ディス──
身軽な軽装をし、白髪を後で結いた細身の老人だ。
彼は特攻隊隊長であり、ビヨンドの中では一番の重鎮である。彼が振るう二又にわかれた矛は、正確な軌道を描く事はない。予測不能な攻撃で翻弄し、死角から的確に急所を穿つのだ。ガラック=ディスこそは、天賦の才を賜った猛者。
「ミネ嬢、一つ良いかのっ?」
「構わないぞ」
「この話──つまり、このリガルと言う男が罪を犯した事を、儂ら騎士達の他に知っているやつはおるのか?」
「いいや。それはない」
「じゃろ? イタズラにしちゃあ、ちぃーっとばかし的確すぎじゃの」
「的確?」
アディルが問うと、円卓に置かれた水を一度口に含み喉を鳴らし飲み込んだ。
「“リガル”と、単なる悪戯で出てくるのがおかしいじゃろ。世に出回ってる指名手配者ならまだしも、リガルの事はミネ嬢やガリウス王等しかしらぬ。もしこれがイタズラだとしたのなら、王国内に裏切り者がいる事になるのではないか?」
つまり、悪戯で“宣戦布告”と狂言を言う事は可能性としてはある。しかし、それがアヴァロンででしか出回っていない男性の名前を用いての悪戯だったのなら、違った可能性が出てくるという事だ。
「絶対にありえない」
そんな事を言われては、アディルの口からはミネルバが予想していた言葉が出てくるのは仕方がないだろう。
「じゃろ? まさか王家側が自分達の国に 不穏因子を自ら取り込むメリットなんかはないしの」
こればかりは、ガラックの方が一枚上手をいっていた。国に忠誠を誓う騎士が、王族などに疑念を宿し疑うこそ裏切りに等しいのだから。
「まあだが、アディ坊の言いたい事もわかる。ミネ嬢よ、リガルとは冒険者だったのだろ?」
「そうだが?」
「じゃあ」と、歯が抜けた口を開いて笑みを浮かべた。
「ギルドに連絡して、リガルの事を調べるのもいいじゃろ」
「確かに一理あるな。それと、民間がパニックになっていないならそれがいい。我々は水面下で行動できるからな。良いか?避難誘導などを迅速にする為、安全通路の確保などを事前におこなう必要がある」
ミネルバの提案に皆は頷く。
「これから、半年間の間に守りと攻めを確かなものにする。ガラック卿が言っていた案に付け加え、彼に賛同した者が居るかも偵察しよう。そうすれば戦力も把握できるだろうからな」
「それがいいのッ。それともう一つ、ココ最近、魔族が頻繁に姿を見せておる。昆虫種等が上空でよく見かけられているらしいのじゃ。人間だけではなく、魔族にも注意すべきじゃな」
「うむ。彼等がタイミング良く襲ってくる事はないと思うが、戦力を喪わない為にも的確な判断は強いられる」と、ミネルバ達が会議をしている頃──
グローリーに作った墓所で、リガルとアルルは冥福を祈り捧げていた。
「ふう」
閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた瞬間、リガルは息を呑む。
「な、んだと?」
「アリガ──ト。ワタシタチ、モ……アナタ、タチヲ……マモ、ル」
二人を囲うように現れたのは、姿を消していた思念体。