無知
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アルルがリガルに気があるだとか、上手く空気を和ませてくれたジャンヌに感謝しつつも、会議を始めた皆の言葉に耳を傾ける。
「あのね、確かに密集型陣形は、勢いもあるし力もあるわ」
ジャンヌは、地図の上に小石を幾つも並べ長方形を作る。進行方向には街、背後は海があり、この事から海から乗り込むのだと、リガルは理解が出来た。
だが、ファランクスだとかなんのこっちゃって感じである。
「確かにジャンヌの言う通り、津波の如く流れ込むには適しているな」と、ラウンズもジャンヌの言葉に相槌を打つ。
ファランクスを提案したのは他でもない、隣で地図を睨み、ジャンヌ達の話を親身に聞くイザクだった。
「なら、これで」と、確信したかのようなイザクの声が聞こえたと思えば、ジャンヌは小石を指さす。
「出来ないわ。残念ながらね。確かにラウちゃん達は重装歩兵よね。飛び攻撃なんかも、弾き返すだろうし、個々の武力も大したもの。統率力だってあるし、密集型陣形は可能よ」
「可能ではあるが……」
「そう。可能であるだけで、理にはかなってないのよ」
「その理由を聞かせてくれないか?」
「いいわ。密集型には、他にも人一人が隠れる程の盾を真上と進行方向に向けた陣形──テストゥドがあるのは知ってるわね?」
「知っているとも」
リガルは全く知らない。
「これらには長所があるわ。テストゥドに関しては圧倒的な防御力と騎馬に対しての対応力。囲まれたとしても、長槍を縦の隙間から穿つことも可能でしょう」
想像しつつ頷く。だが、会話には全く入れない。質問したい気持ちもあるが、付け入る隙が全く見当たらないのだ。
張り詰めた緊張感が空気を重くし、それを吸い込み吐き出すのでやっと。時折聞こえる子供達の笑い声だけが、リガルの緊張を多少ではあるが解してくれていた。
「しかし、多勢に無勢って言葉があるように、あまりにも無謀なのよ。私達はけして、大勢じゃないわ。かと言って、リガちゃんに戦力増加を頼むのも中々に酷な事なのよ」
「いや、それが俺に出来ることなら」
「当然、リガちゃんには頼むつもりよ。力は使ってもらいたい。けれど、酷使させるつもりもないのよ」
「なら、どうすればいいんだ? なんか、ごめん。ぼ……俺、本当に何も分からないから質問ばかりで」
「いいのよ」と、ジャンヌは穏やかにリガルを諭す。
「本来、こんな知恵は要らないものなの。無知無能であるべきなのよ。──それと、リガちゃんの問に対する解だけれど」
「うん」
「私達はけして弱くない。要は、陣形だとか、戦術だけに目をやることもないのよ」
「なるほど。戦略って事だね?」
腑に落ちた様子でイザクが頷き、ラウンズも相槌を打つ。
「そーゆことっ。私、察しのいい子、好きよっ!」
「はは、そりゃあ嬉しいばかりだね。なら、俺は皆のデータを取ろう」
「そうね。ラウちゃんには、他の子達に対する纏め役をお願い出来るかしら? 最古の英雄さんなら、皆も文句を言わないでしょう?」
「最古──俺には全く記憶がないんだがな。そんな名誉があっただなんてな。鮮明に焼き付いているのが、嘲笑う声だとかしかないってのも……そう考えると寂しいものだな」
骨の手を握り開きして、何かを確かめるように見つめていた。
ディグやジャンヌが言うに、ラウンズは世界大戦に於て幾度となく敵を退け騎士を導いた、人間側の大英雄らしい。だが、最期は仲間により毒殺されたらしいのだ。
そして、ジャンヌ=ルダルク。彼女もまた、人を導いた革命家。最期は、行き過ぎたカリスマ性を恐れたもの達により惨殺されてしまう。この話は、唯一リガルが知っているものでもあった。
だが、ディグやラウンズはそれを知らない。聞いたこともなければ、読んだこともない。それもその筈、ジャンヌがこの中では一番最近の歴史に綴られている者だからだ。
ジャンヌが彼等をうる覚え程度に記憶しているのも納得がつく。
「だが、まあ」
ラウンズは拳を強く握り、声に決意を宿す。
「俺に出来る事は、全力でやろう」
「決まりね。じゃあ、私はイザちゃんと一緒に能力把握と役割分担を考えるわ」
「なら、俺は?」
「リガちゃんは、私達を見守ってくれていたら良いのよ?」
「いやいや、皆が頑張ってるのに俺だけ何もやらないとか」
皆が黙る中で、イザクはリガルの肩に手を載せた。
「オレ達に任せてくれ。誰かに託すのも立派な仲間だと思うよ」
「けれど」
凡その察しはついている。何もやらないのではない。こと、本作戦に於いてリガルは何もやれないのだ。それがどれだけ苦しくて辛いか。
身をもって知ったリガルは、口の端を噛み締めた。
「そう、だよな。後はお前達に任せたい。よろしく頼む」
無理矢理に自分を納得させる為に出た言葉だ。嫌味ったらしく聞こえたかもしれないが、それでも、どうにか出た弱音でもあった。
「了解だよ」
「任せてちょうだい」
「主の負担にならぬよう、皆をまとめて参ります」
リガルの言葉を聞いた皆は、各々頷いてから行動に移る。取り残されたリガル。その横に立つアルルは、そっとリガルの腕を揺さぶり小さい声で言った。
「一緒に探す、です」
「そう、だな。ありがとう」と、しゃがんでアルルの頭を撫でる。
やれる事は少ないし、少ないが故に思いつかない。だがそれでも、考えたら駄目だと言う理由にはならない筈だ。
だからこそ今は悩もう。悩んで、否定して答えを見つけるとリガルは決めた。
自分が出来る唯一の事を──