王足る器とは
読んでいただきありがとうございます。評価やブクマ、感想も感謝です。
「そうえば」と、リガルは原生林の中を歩きながら、目の前を飛ぶエヴァに話を投げかけた。
「なんじゃ?」
「魔石ってのは、一体なんなんだ? ──あ、いや。人や動物の感情ってのは分かってんだよ。俺が聞きたいのは、中身ではなく魔石そのものだ。なぜ魔石には力があるんだ?」
「なんじゃ。そんな事もわかっておらぬのか、オヌシは」
呆れが混じった気だるげな声に、リガルはコクリと頷いた。
「よく分かってない。正直な」
「あれは魂の実の花弁じゃ」
「エターナル?」
「うむ。ユグドラシルに実る魂じゃよ」
「つまり、人や動物の魂とはユグドラシルに実るのか?」
「そうじゃ。アイオニオンが選別し、ユグドラシルを循環し──実る。魂の実は天へ昇り、器を手に入れる日を待つのじゃ」
単調に、間を開けることなくエヴァが口にする。逆にリガルは、言葉を理解しようとフル回転させていた。
「じゃあ、花弁ってのが魔石と言ったが」
「順番てきには、悪感情などの想いが詰まった花が咲き、そこから実る」
そんな仕組みがあったなんて知る由もない。小さい竜の背が、何故だか今のリガルにはとてつもなく広く見えた。
普段は食い意地の張ったトカゲでしかないエヴァ。
だが、この二人で過ごした時間で感じたのは偉大さや威厳さだった。何も知らない無知故の事かもしれないが、夢中になってしまう知識をエヴァは持っているのだ。
尊敬の意を眼差しに乗せて送りつつリガルは会話を続けた。
「なら、魔法や魔石を道具に使えるしくみってのは」
「オヌシ……少しは自分で考えたりせぬのか」
ご最もな返しであり、反論の余地もない正論だ。だが、こればかりは仕方がないと、内心で言い訳をしながらも「すまない」と、渋々謝った。
「いいかの? オヌシの魂や魔石は、言わば世界に触れとる。その際に力を手に入れておるのじゃよ。大きければ大きいほど、世界の神秘を蓄える事ができるからの」
──なるほど。無意識に頷いて、リガルは一人腑に落ちた。
エヴァが言ったものこそが、能力値の現れなのかもしれない。リガルは、色々な話を聞きながらも歩み続ける。いつしか鼓膜には、イザク達の声がシッカリと届く距離までになっていた。
「しかし、イザちゃん? 貴方の陣形だと人数が足りないわ」
「何があったんだ?」
村に着いてみれば、中央広場にテーブルを設けて地図を広げていた。
どうやら子供達は、他のナイトリッチや昆虫種が見ているらしい。今になって思ったのだが、もしかすると人懐っこい昆虫種は、家畜や犬猫だったりするのだろうか。
そんな事を考えつつ──
机を囲っている、アルル、ジャンヌ、イザク、ディグ、ラウンズを視界におさめる。
「あら、おかえりなさい。リガちゃん」と、ジャンヌは逞しさのある女性の声音を発した。
吸い込まれてしまいそうな程に、深く黒い眼窩が向けられたのを感じ、リガルは頷く。
当然のように、リガルより早く反応を示したラウンズやディグは先に「お待ちしておりました」と、頭を下げていた。実に律儀であり、騎士の鏡ともいえる纏まり方だ。
お気楽な様子を浮かべるマジックリッチのジャンヌと比べて、ここまで違うと感心すら覚える。
リガルは全員を見渡せる位置に立ち、単調に答えた。
「ああ。ただいま」
「おかえりなさい、です」
「ただいまっ、アルルは遊ばなくていいのか?」
迷うことなく隣にちょこちょこと、小走りにやってきたアルルの頭に手を載せて数回撫でる。
アルルの顔に視線を向けると──
蕩けたような表情を浮かべ、尻尾を振る姿はいつ見ても愛くるしい。
「もう。女心が分からない男はモテないわよ?」
呆れた様なジャンヌの声が鼓膜に届く。その声に、ふいと顔を持ち上げればヤレヤレと骨を軋ませながら頭を横に振っていた。
「貴様! ジャンヌ! リガル様に対して、何たる不敬な!」
「我が主を、貶める態度は慎んでいただきたい」
ナイトリッチの二人は、机を片手で叩くなり吠え猛る。
──なんたる迫力。バレてはいないだろうが、リガルの肩は若干竦んだ。
「はあ、これだから頭のお堅い騎士様達は嫌なのよ。どうせ、貴方達、女性という花を愛でた事がないのでしょ?」
これ程までに、異様な光景があるだろうか。
頭から手を離し、アルルがリガルの手を握っている目の前では、骨同士が言い争っている。声に力を宿すラウンズやディグに対し、ジャンヌは酔っ払いをあしらう様な態度をとっていた。
「そのような花には興味がないのでな。戦場こそが我が人生であり、誉れ高き聖地なのだ」
「ヤダヤダ。貴方、本当に記述通りのつまらない男ね」
「つまっ……!?」
「お、おい。その辺にしとこ? ね?」
「つまらない男につまらないと言って何が悪いのかしら?」
「貴様は騎士の誉に泥を塗るのか」
「泥でも唾でもつけてやるわよ。いい? いくら名誉だとしても、死ねば何も残らないのよ」
「このような者と共に戦うなど!」
リガルの口から出たものは、風にも負けそうな程に力がないものだった。
言い訳をさせてもらえば、こんな時、どう接すればいいか分からない。
無理やり仲裁に入ってより一層、悪化なんかしたのなら。
「ちょっと、リガルっ」
迷い悩んで居ると、隣に来たイザクが相変わらず爽やかな声で名前を呼んだ。
「ん?」
「止めないの?」
「止めるって、あれをか?」
「うん」
「いや、どうやって」
「あのね、リガル」
イザクはリガルの肩に手を載せる。
「彼等も言っていたよ。君に忠義を捧げていると。それがどう言う事か分かるかい?」
「慕ってくれてるんだろ? 有難い事に」
「違う、そうじゃない」
「んえ?」
「いいかい。君は此処を拠点とした。所謂、君の国だ。そして、彼等は君を王としてみている」
「俺が──王?」
なんとも歯痒い言葉だ。というか、そこまで考えてもいなかった。国までは確かに、想像が出来ていたし、国を攻めるには国が必要な事も想像がつく。
しかし、事ソレに関してはリガルに自信がない。王とは、人を惹きつけ夢を魅せる者だと思っている。しかし、リガルにはそんなカリスマ性なんかありはしない。
そんな事は、仲間に裏切られた時、以前に察しはついていた。
「そうだよ。だからこそ、君には責務がある。彼等を纏め、統率する責務が」
「俺にそんな」
正直、イザクに王発言される前の方が気持ち的に楽だった。それこそ『争いは止めろ』だとか、冷淡に言えば彼等は従ったかもしれない。だが、今は違う。もし、本当に彼等がリガルを“王”として見ているのなら、それ相応の言葉があって然るべき。
──想像を絶するプレッシャーがリガルを襲う。
口は何かを発しようと、指一本分程度に開くが声にはならない。ただただ、自分の思想をぶつけ合う三人を、リガルは見る事しか出来なかった。
──そんな時だった。
「できる、です」と、励ます声と共にアルルが少し強めに手を握りなおす。
視線を感じて、アルルを見れば見上げている彼女と目があった。
「りがにぃは、アルの王様です」
「アルル……なら、お前が王女様だな」
軽く笑みを浮かべたリガルは、一度深く深呼吸をした。
そして──
「みんな聞いて欲しい!」
杖で地面を叩き、だしうる限りの、想像出来た程度の箔がある声音を発した。
ジャンヌ達は声を聞くなり静まり、リガルを見つめた。
「お前達は、違う時を生きた英雄だ。俺にはきっと到達も出来ないし、目指せる場所でもないんだと思う」
人を殺し恨みを晴らし、報復を糧としてきたリガルには、彼らの英雄譚は素晴らしいものだった。
だからこそ──
「俺は、お前達と一緒に歩みたい。何も知らない俺に、何かを教えて欲しいんだ」
「何を仰いますか、リガル様」
「隣にいるイザクが知るように、俺は世界や軍事に疎い。隣にいるアルルが知るように、俺は今まで幾度となく人を殺してきた」
「しかし、それは主の決断。このラウンズも、数多の者を殺してきたと記憶しております」
「意向が……目指していた場所が違うんだよ、ラウンズ」
リガルが目指したかった、憧れていた、勇者でもない、王でもない。
「言いたい事を言おう。恨み蹴落とすのはやめて欲しい。お前達は今のまま、言い争い認め合ってくれればいい」
それが仲間だとリガルは思っているから。
「だからこそ、俺はお前達を最高のパーティとして共に歩みたい」
王としてだなんて、大層なモノじゃなくていいから。分け隔てなく、気を配り助け合える者になりたい。
一呼吸置いて、リガルは静まり返った空間を割くような鋭さを持つ双眸に決意を乗せて言う。
「お前達が泥水を啜るなら俺も啜ろう。そして一緒に変えよう。この間違った国を。騙し、殺し、偽りの平和を守る為に他人を見捨てる世界を──」
リガルが口をゆっくり閉ざした刹那、鎧の軋む音が響く。
そこには膝をつく彼等の姿があった。
「ほらね。君が思っている以上に、彼等は慕っている。斯く言うオレもね。君が目指す未来が、オレの夢見た未来なんだ」
「そう……だといいな」
「そうだとも。ほら、彼等が君の言葉を待っているよ」
「ああ」と頷くと、リガルは机に広げられた地図に手を添えた。
「んで、さっき話していた続きをしてくれないかな? 陣形? ってやつを教えて欲しい」
「いいや、違うわ。リガちゃん、貴方の気持ちは分かったわよ。とても嬉しい限りね。でもそうじゃないわ。いい? 私が言いたいのは、アルルちゃんが貴方に恋心を抱いてるって事なのよ」
「──は?」
「なんと!」
「そんな事が」
「ち、違……あわわわ!!」