名前と証
読んで頂きありがとうございます。後書きに、次の話について話しますのでよければ読んでください。
四つの魔石を並べて置いて、リガルは小型ナイフで指先を血が滴る程度に切る。
滲む痛さと熱さの狭間で、リガルは血を絞り出すように指先を締め上げた。
ビーストテイマー。
即ち転生召喚には、契約者の血が必要となるのだ。代償ではなく対価として。これは、アルルからリガルが授かった力と通づるモノがある。
ディグが見守る中で、リガルは自分の血を魔石に滴らせ終え「よし、次の段階だ」と、脈打つ魔石に手を翳す(大きさは片手に収まる程)。
「あまり無理をなさらないでくださいよ、リガル様」
憂いた様子でリガルを気遣うディグに、リガルは「大丈夫だよっ」と、穏やかに答えるが、正直この召喚──容易なものではない。アルルの祖先は、一日に数百体と召喚した事があるらしいのだが、とてもじゃないが不可能だ。体への負担が尋常じゃない。魔力の問題ではなく、精神的、肉体的に数体召喚するのがやっと。
血が繋がってないからなのかは分からないが──
だが。なら何故アルルは、偉大な先祖の血が引き継がれなかったのか、アルルの家族には、ファイアースライムだけだったのか。
──いいや、今は関係の無い話だ。
リガルは、些細な疑問を息と共に呑み込む。
「ふう」
目を瞑り、長めに息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
そして、ゆっくりと口を開き祝詞を紡ぎ始めた。穏やかに努め、慈愛を意識し、全ての怒りを受け入れる気持ちで。
──それこそ、さながら神の如くだ。
自然に身を委ね、命の奔流を全身で受け止める。生暖かいそよ風は、髪や白装束を靡かせると共に優しい匂いで鼻腔を満たす。
そんな中で「黒曜に眠りし、怨讐は暗雲に蠢し怨恨は──」
リガルはアルルから教わった祝詞を、一文字一文字、心を込めて口にした。
次第に魔石からは、黒いモヤが揺蕩い初める。
「これは、何度見ても言葉が詰まりますね」
ボソッと、屈んでいるリガルに対して立ったままでいるディグは感想を述べた。
「ここまでの憎悪等が私達にあっただなんて」
悔いる様子で続けざま発した言葉に対し、リガルは黒いモヤを瞳に写したまま答えた。
「俺達は神じゃない。怨みもすれば怒りもするさ。だから俺がそれを全て受け止めてやる」
四つの魔石から溢れ出た黒いモヤが、リガルの傷口に吸い込まれてゆく。
「……ッ!! グッ……」
突如と襲う吐き気や目眩。手は魔石に翳したまま、リガルは噎せ始めた。
背を這う悪寒と、様々な奇声や罵声が鼓膜を満たしてゆく。彼等のどす黒い感情が、緩和されることなく、直接心に入ってくるのだ。
自分ではない誰かの怒りや悲しみが、リガルを満たすそれは、自分が自分ではない奇妙でおぞましい感覚に陥る。
ディグに背中を摩られ、何かを言われているようだが全く聞こえない。聞こえるはずもない。今のリガルには何かを新たに聞き入れる余裕などなかった。
「はあ、はあ、はあ」
動悸は跳ね上がり、視界は霞む。あいた口の端からは涎を垂らし、それでもリガルは手を翳し続けた。
──どれぐらい時間が経ったか。
「大丈夫ですか! リガル様」
力強く芯のある声が、朦朧とした意識を手繰り寄せた。ブレた視点が元に戻り、しっかりと魔石を瞳に写し、その場に座り込んだ。
「え、ああ……どうにか、ね」
瞳には翡翠色をした綺麗な魔石が写っている。
「体に異変はありませんか?」
膝をつくなり、ディグはリガルの体を触る。
「大丈夫だよ。まだ少し、彼等の怒りが残っているけれど。これは忘れちゃいけないことだと思うんだ」
魔石をみたまま、リガルはゆっくりと本音を吐露した。
「リガル様……」
感銘を受けた様子で、言葉を漏らすディグに視線を向け、リガルは言った。
「心配してくれてありがとう。ディグのおかげで、体が楽になったよ」
「私はなにも」
立て膝をついて、頭を下げるディグの肩に手を添えて首を振るった。
「いやいや。謙遜しないでくれ。ディグがマジックリッチの相手をしてくれたからこそ、力を温存できたんだから。な?」
「ありがたきお言葉……。このディグ=ビヨラ、一生貴方様に忠義をささげます」
丁寧に、礼節を弁えたディグにリガルも頭を下げた。
「いや、こちらこそよろしくお願いします。とは言え、お前達には俺が使う回復魔法は毒だ。くれぐれも無茶だけはしないでくれ」
「はっ──」
「分かってくれたんなら嬉しいよ。じゃあ、始めようか」
ディグは、頷き立ち上がるなり数歩後ろへ下がった。邪魔になると考慮しての事だろう。
リガルは両手を魔石に翳し「顕現し、俺を導いてくれ!!」と、強く念じ魔力を放出。
服や髪は乱れ踊る。リガルと魔石を囲うように七色のをした光の柱が天を穿った。光の柱は、音もなく雲を割いて空高く聳る。
やがて静かに粒子となり光は消えた。
「こ、ここは? 我は一体……」
「何処なんだここは? 俺は確か死んだ筈じゃ」
リガルの目の前には、人の意志を宿したマジックリッチが召喚されていた。彼等からは困惑を感じるが、悪意や敵意は感じられない。
ホッと安堵と共に息を吐き捨てると同時に、リガルの前には手が差し出された。
「成功ですね、リガル様」
「ああ。俺達の革命まであと少しだ」
ディグの手を取り立ち上がったリガルは、杖で地面を叩く。
マジックリッチの視線を集めるなり、真剣な眼差しを向けて言った。
「まずは、人としての名前を教えてくれないか」
読んで頂きありがとうございます。
次の話より、いよいよ新章【宣戦布告編】にはいります。こちらでは、国の情勢を知っていただく為に、敵側の視点にも切り替わったりする予定です。好き嫌いがわかれてしまうかもしれませんが、読んで頂ければ幸いです。
いつもありがとうございます!




