契約
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「叛逆──です?」
「そうだ。何かを零から始めるには、何かを終わらせなきゃない。それが今ある国家に対する叛逆だとしても。今ある理の絶対悪だとしても」
「でもそれは……」
「ああ。大陸全土を敵に回す事になるだろうな」と、ゆっくりと話をしていたのも、かれこれ四〇分以上は前の話になる。
時計などを持っていない為、正確な時間は、分からないが──
思念体との接触を終え、アルルの気持ちが多少なりとも整理がついた事により二人は再び歩き出した(エヴァは、寝たいらしく村に置いてきている)。
リガルにとっては地図もない未開の地であり。アルルからすれば、地図も必要ない産まれの地になる。何処に行くのかと訊ねれば、力を伝承させる祭壇──祠、とアルルは言っていた。向かう間際にアルルが、誰も居ない部屋から小型ナイフを持ち出すのを確認している。
何に使うかは分からないが──それでも、悪い事には使わないだろう。と、肩からぶら下げたピンク色のポーチを見て、考えているとアルルが立ち止まる。
リガルも立ち止まり、目の前に立ちはだかるそれを見て口を開いた。
「ここか?」
アルルが立ち止まったのは、そこまで高くはない岩山を眼前に捉えてだ。
「はい、です」
腕をのばし、指先で示す場所を目で追うと入り口のようなものがある。見るからに、かなりの年季が入っていそうだ。悪く言えば、直ぐに崩れそうで。良くいえば──ない。
──生き埋めだけは、ごめんなのだが。
「あそこに今から行くです」と、目線を持ち上げ、リガルの顔色を窺う仕草をアルルはとる。対してリガルも、コクリ──と穏やかな表情を浮かべて頷いた。
「分かった」
辺りを警戒しつつ入り口まで歩き出す二人。
不可視化魔法を付与してるとはいえ、魔族の中には暗視能力を持っているものがいる(特にここはそれ等が多い)。
暗視能力とは、物体そのものではなく、物体が発する熱量で獲物を発見できる能力だ。主に、昆虫型やスケルトンの上位種とされる、マジックリッチやナイトリッチ等が上げられる。
この地は、原生林である上に魔族と人により支配されているので、昆虫型の魔族が多いかった。
現に、ここに来るまで、複数体の魔族に出くわしている。しかし今はまだ力を手に入れていない為、魔石は砕いてきた。
「入る、です」
リガルの手を引っ張り、アルルは耳をピコピコしっぽをふるりと動かしつつ進んだ。躊躇うことなく、それどころか怖気付く様子すら見せずに奥へと。
リガルでさえ、時折聞こえる洞穴内での微かな崩落音に肩を竦めたりするのにだ。
アルルの強さを改めて思い知ったリガルは、ライト(光を灯す魔法)の効力で明るい空間の中、小さい背を見つめていた。
「でもこんな場所で何をするんだい?」
木霊する声が不気味だ。冷たい風が狭い入口から入り込む事により、呻き声に聞こえるのだが、それが重なり聞こえて余計に不気味だ。
「血の契約です」
「血?」
「はい、です。アルの血をりがにぃの体内に」
「んな事をするのか」
「大丈夫です。すぐ終わる、ですよ」と、先導するアルルは、別段、不安な様子もなく口にしていた。ならば、大したことがないのだろう。と、思い至ったリガルは洞穴最深部──祭壇にて後悔をしていた。
「ちょいまて、本当に大丈夫なんだよな?」
広い空間には円形状に読めない文字が彫られていて、その中心には赤ずんだ台座が用意されていた。台座に腰をかけたリガルが若干、上擦った声出再度訊ねると、アルルはにこやかな笑顔で頷いた。
「はい、です」
いやいや、ナイフの切っ先で舌に切り込みを入れるとか大丈夫だと思えないんだが。と言うか、血の契約自体が、ビスケからされた拷問を思い出す程に痛いしい。
「避けては通れないんだよな……?」
頭をかきあげて問うた時には、既にアルルが次の行動に移していた。
まず、アルルが自分の人差し指をナイフで切り、滴る血を眼球に垂らす。理由としては、眼球からは一番脳に近いからだとか。いやいや、舐められて分かったがあれは相当痛い。
続いて、物を──つまり命を頂いている、それを含むといった点で舌の血を交じ合わせるのだとか。
アルル曰く──
命を奪い、命を育むといった意味合いがあるらしいのだが、絶対に痛い。ましてや、回復魔法等を使ってはいけないらしいので、痛みは長く続く。
アルルの指先から滴る血を眺め、リガルは息を呑み覚悟を決めた。
「ぁあ! よし! 分かった!! さっさとこい!」
目を閉じないように、目に力を込め歯を食いしばり台座を強くつかむ。
「フンっ」と、息を止めて眼前に迫るアルルの指を凝視した。いつもは気にした事もないが、液体が垂れる時間ってここまで遅いものなのか。
──刹那。
「んっぁあっ!!」
アルルの血が眼球に纏わりつき、神経が刺激される。鈍い痛みと共に熱を持った瞳を掌で押さえ込んだ。
「次は左目、です」
──両目なのかよ。
リガルは、指で無理やり瞼をこじ開けた。
「だっしぁっ!!」
言葉にならない痛みに苦悶する。
「りがにぃ、ただ痛みに苦しむだけじゃダメ、です。命の暖かさを感じるです」
「命、の暖かさ……?」
「はい、です」
アルルの透き通った声に、痛みばかりに向けられていた意識が手繰り寄せられる。
「分かった、ありがとう」
リガルがは深呼吸をして、目を瞑ったまま感じる熱を命に置き換えた。
すると不思議な事に、脳裏にはアルルやミューレにアビス、様々な人の顔が思い浮かんだ。
「ふう」と、落ち着きを取り戻し、目を開けるとアルルの指が頬を伝う赤い涙を拭った。
「じゃあ、次が最後……です」
「大丈夫だ。やってくれ──」
こうして、リガルは最後の段階へと進み、洞穴を出る時にはファイヤースライムがアルルの頭の上に乗っていた。




