怒り
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部屋に入り、宛先不明の手紙から封を開ける。そこには、見覚えのある白銀色をした髪の束と書き殴られた文字で『ざまあみやがれ。最初から、こーなる運命だったんだよ貴様らはなあ?俺から全てを奪った貴様には罰をくれてやる』と記されていた。
「それにこれは、血痕……か?」
心臓が跳ね上がり、過呼吸に陥った。ぶれる視界の中で、脳裏に過ぎるマルカの捨て台詞に、度々感じていた視線。
「クソが!」
机を拳で殴り、リガルは外へと出る。
走って向かった先は、監獄だ。躊躇いもせず、階段を降り捕まっていた冒険者を救い出す。
「何をしているの、リガル」
地上に上がれば、見回りにきたヤナクとバッタリ遭遇した。リガルの表情を見て、一歩後退りをしたが、直ぐに落ち着きを取り戻し「と言うか、何があったの?」
「何がって?」
「顔を見ればわかるよ。人を殺しそうなまでに怖い顔をしてる」
「そうか。先を急いでるんだ、話はまた今度な」
冒険者とリガル自身に浮遊魔法と加速魔法を付与すると、ヤナクは心配そうな表情をリガルに向けた。
「必ず、戻ってくるんだよね?」
「……」
答えずにリガルは、空へと浮かび天井にかかった魔法を付与魔法解除で打ち消し飛び去った。
「しかし、大丈夫なのかい?」
横を飛ぶ冒険者は、ヤナクに続いてリガルを憂いた声を出す。
「大丈夫もなにも、ヒュンズさんは嘘をついていない」
監獄で聞いた話、捕まった経緯を聞いた。聞かずにはいられなかったし、答えがそこにある気がしたのだ。
ヒュンズは、リバーバルに魔石を届ける依頼を受けていた。決められたルートを通るようにとワールドトリガーに言われていたのだが──
トラブルが起きてしまった。
──黒いナニカの襲撃だ。
戦うことも出来たが、背には大量の魔石。依頼を優先したヒュンズ達は、闘技場経由で魔石を運んだ。そして、そこで目の当たりにしたのは、魔族による一方的な殺戮。
リガルは、ヒュンズの言葉を思い出しながら口の端をつよく噛み締めた。
「信じてくれるのか?」
「信じますよ。ガリウス達が、孤児やロストの住民、または罪人を使い貴族の愉悦に使っていた事をね」
どうりで、闘技場が真新しかったわけだ。武器も持たされず、逃げ惑うだけじゃ傷もさほどつかないだろう。
「ありがとう。だが、結果として俺も罪を」
「だが、ヒュンズさんは魔石をその場で粉砕したじゃないですか。ワールドトリガーに訴えだって起こした」
アリスィアを使っていた為に、ヒュンズが嘘をついていないことは確かだ。
「結果的に、生き残ったのはおれだけだがな」
「それでも、俺からすれば生きていて貰ってよかったですよ」
「ははは。ありがたいね」
これで、答えに限りなく近づいた。父や母を殺したのはほぼ間違いなく王側の勢力だ。
父と母もヒュンズと同様、見てはいけないものを見てしまったか、ガリウスに楯突いたか。
「ヒュンズさん。飛ばしますよ」
「あいよっ」
空を蹴り加速した。
そして──
「な……んだよ……」
みんなで住んでた家に辿り着いてみれば、全てが燃えた後だった。丸焦げになった人形を手に取り、辺りを見渡す。
「クソ、クソ、クソ!! みんなは、皆はどこに……!?」
「落ち着け」
後ろからヒュンズは、肩に手を載せる。
「まさか、みんな殺され……」
「落ち着きたまえ!!」
腕を引いて、リガルを振り返らせる。リガルの表情は酷いものだ。瞳は虚ろになり、顔は青ざめている。心が壊されたかのような様子を見て、ヒュンズは垂れた瞼から力強い双眸を覗かせた。
「まずは病院に行こう。話はそれからだ」
リガルの腕を引っ張り、ヒュンズは歩き出す。貧民街を行き交う人々は、火事について一切話題にもせず、リガル達とすれ違っていた。
貧民街を抜け、ファルルに一つしかない病院に辿り着いて、ヒュンズはリガルの背中を軽く押す。
「家にいた人の名前を言わなきゃ、困っているだろ」
ヒュンズの言葉に視線を下へ向ければ、愛想笑いを浮かべる白衣の女性がいた。リガルは、震えた唇を開き「ミューレミレッタ」と、名前を出した。
「ミューレミレッタさんですね……はい、確かに居ますね。コチラの階段をあがって三階の突き当たりになります」
「ありがとうございます」
受付の人が告げた言葉に正気を取り戻し、リガルはヒュンズと共に三階へとのぼった。
「あそこにいるのはっ」
突き当たりに並ぶ椅子には、見慣れた子供達が座っており自然と足早になってゆく。子供達もリガルに気がついたのか、立ち上がり手を振っていた。
元気そうで少し、ほっとする。
「無事だったのか?」
「どうにかね。イザクさんが助けてくれたんだ」と煤で顔を汚したアビルが病室を指さした。
「イザク? それより、アルルとスライムはどうした?」
「えっとね」と、膝に頭を乗せて眠る子供の頭を撫でながらシャナは、辛そうな表情を浮かべた。
「白い服をした男の人と黒い仮面をした男の人がアルちゃんを攫ったの」
「ファーは、助けようとして」
アビルが見せた手の平には、翡翠色の石が一つ。
「これがスライムか?」
「うん」とアビルが頷くのと同じくして、右から声がした。
「君がアルフレッド君かい?」
「そうですが、貴方は?」
落ち着いた声に視線を向ければ、軽装の男性が立っていた。ただ単に立っていたといっても、冒険者のような威圧感などはない。それは一見して、育ちの違いが伺える程の姿勢の良さだ。
「オレは、イザク=シュタイン。しがない冒険者さ」と、柄に添えていた右手をリガルの前に差し出した。
「冒険者?」と、リガルが疑問に思うのも仕方がない。彼からは微塵とガサツさがなく、身嗜みも気を使っているのか、清潔感が漂っていた。
青い髪には後ろで一本に纏められ、長いまつ毛の下から覗く優しい瞳は、深海のような深さを持っている。そして同時に、奥底には強い使命感が宿っているようにすら、思えた。
「冒険者には見えないな」
左胸を見たら、鳥の刺繍。つまり、この赤い色をした軽装は騎士が普段着る正装だ。
差し出された手を掴まず、訝しむ双眸で穿つとイザクは困った表情を浮かべる。
「確かに貴族ではあったけれど」
右手で頬をかくイザクをなおも警戒するリガルは、言った。
「お前も、ガリウスの手先か?」
「ガリウス様? いや、違う違う。オレは、元貴族なんだ」
アリスィアを発動したが、どうやら嘘はついていないようだ。リガルは、身構えた体制から、一歩下がり「すまない」と、謝罪をした。
「いや、いいんだよ。アルフレッド君が怒るのもわかる。今回の主犯格は間違いなく、ワールドトリガーで白魔道士をやっているマルカだからね」
「そいつは今どこに?」
「ごめん。オレも、皆を救い出すのに必死で」
首を振り視線を伏せるイザクを見て、リガルも肩を落とす。
「何か、手がかりがないか……」
ふと、アビルの手に載った魔石が目に入った。
「人探しの魔具にも、魔石が使われているなら……」
「どうしたの??」
「アビル、その魔石を俺に貸してくれ。イザクさんも、飛び去った方角だけでも」
「それはら、西の方角──に」
「ありがとう。みんなは、子供達とミューレを頼む」
「俺も一緒に」
「いいや、ヒュンズさんも此処にいてください」
「いやいや、アルフレッド君。いくらなんでも無謀だよ。マルカは魔力食い。前衛職ならまだしも、同じ職種じゃ分が悪い」
皆に背を向け歩きだそうとした所、イザクはリガルの前にたつ。
「大丈夫」
肩に手を載せ、真面目な表情でリガルは言った。
「俺はあいつをぶっ倒せるんだ。それに、魔力が食いたいなら、いくらでも食わせてやる。なによりも、救える仲間を救わずにいる事が俺自身、許せねえんだ」
「だが、君が死んだら」
「俺は死なないさ。アルルを救うのは、救えるのは俺なんだ」
手に力を入れてリガルは、イザクを脇へと押しやる。イザクもまた、踏ん張ることもせずに身を委ねた。
「なら、アルルちゃんを必ず」
「任せておけ」
リガルは、皆の声援を全身で受け止め、魔石を強く握ると外へ向かった。
「マルカ……てめぇは死にたくなる地獄をみせてやる」
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