闘技場
リガル達が乗船し、リバーバルに向かったのは今から数時間前の話だ。
客船とガリウスが乗った船、あとはリガル達に一隻づつ手配がされていた(計七隻)。
「なんだ……よ。これ」
リバーバルに着くなり、リガルがふいと漏らした言葉だった。長い海路を終えた故の歓喜だとか、リバーバルを見ての感動ではない。
リガルの言葉に、悲観に震え微かに出た言葉に、宿っていたものは。
──期待をしていた反動で訪れた、絶望だった。
命を感じることがない、果てた荒野が続いている。緑もなければ、色彩艶やかな花もない。辺り一面が褐色に染まっていたのだ。
エルフ達は、自然を愛し大切にしていると聞いたことがある。だが、目の前のそれは、真逆だ。
「エルフ達は住めなくなったのか? 厄災だとか」
気になり、船首(船の先端)で隣に立っていたヤナクに問いかける。
黒い髪を潮風に靡かせて、ヤナクは口を開いた。平坦に平常に。
「いいや違う。住めなくなった。んではないんだ」
「と、言うと?」
「住めなくされた。仮面の悪魔にね? 僕はそうきいているよ」
──仮面の悪魔。
「正体とか分からないのか?」
「僕は知らない。ワールドトリガーの人達なら何か手掛かりをつかんでいるかもしれないけれど」
「化物がでたぞー!! 戦闘態勢!!」
先に船から降りた者達が、リガル達の声をかき消して轟いた。
待っていられず、リガルはヤナクにも浮遊魔法を付与し陸に降り立つ。人が群がって居る場所にたどり着いて見ては、喉を鳴らした。
「あいつらは……」
胸を押えたリガルには、見覚えがある。
「魔石を持たずに、災厄をもたらす化物だよ。アヴァロンにも時折姿を見せるんだ。城壁の上から、結界をはっているのだけれど」
──黒いナニカと瓜二つだった。
「コロスコロスコロコロス」
老若男女の声が混じったような声は敵意と殺意をむき出しにする。リガルが、杖を強く握り、隣にいるヤナクだけは助けると決意した刹那。
ヤナクは、落ち着いた声音を発した。
「けれど、安心して」
「安心なんか出来るか! 皆死ぬぞ!」
黒いナニカの凶悪なまでの脅威を知っているリガルにとって、この状況は非常にまずい。もし、黒いナニカ全員に特異体質が備わっていたのなら、リガルが勝てる保証もないのだ。
「何を言っているの、リガル」と、驚いた様子で対面するヤナクは肩に手を添えた。
「あれは、下級魔族並の力しかないよ。ほら」
目線を黒いナニカにヤナクが向ける。釣られてリガルも見れば、騎士たちが魔法剣等で撃破し消失していた。
「ほんと……だ?」
なら、リガルの知る黒いナニカとは違う種類なのだろうか。
「ははは。どうしたのさ。怖い顔をして」
「いや、なんでもない。ごめん」
「謝る事でもないよっ。ほら、行こう」
「あ、ああ」
リガルとヤナクは、先に歩き出した騎士達の後ろをついて歩いた。
「ガリウス王達が歳を取らない理由とか知っている?」
頭に過ったワイズの言葉を訊ねると、隣を歩くヤナクは眉を顰め口を開いく。
「んー。詳しくは知らないのだけれど……神に愛されし力だとか。赤き竜の生き血を飲んだんだ、とか噂は聞いたなあ。ほら、僕なんかは王に謁見出来る身分じゃないし」
恥ずかしそうに鼻頭を指先でかくヤナクを見たあとに、空を眺めた。
「そう、か」
「でも、魔族から人を守る王なら、神に愛されても不思議ではないよね」
「守っている王ならばな──」
目的地に着くまで、リガルとヤナクは絶え間なく会話を続けた。大半がリガルの質問形式ではあったが、ヤナクは嫌な顔一つせずに答え続けてくれた。
公開処刑をする理由や、ロストの事。貴族のことや、冒険者の事。好きなご飯や嫌いな食べ物。思いつく限りを、話していると、目の前の大地が途中で途切れていた。
立ち止まる他の騎士達と同様に立ち止まり、下を眺めると椅子が多く並び、先には整地され地面がある。
「これが闘技場?」
「だろうね。僕も見るのは初めてだよ。本来は、魔石を貯蔵していて? 貴族達を楽しませる為に決闘を開催したりしているらしいよ」と、自信なさげにヤナクは言う。
その割には。壁に傷などもなければ、いくら整地されていたとして綺麗すぎる。仮に冒険者が魔族を相手にしたのなら、魔法は使うし武技も叩き込む。真新しいまま維持をするのは難しい。
微かに感じた違和感を、嫌な予感を、ヤナクが背中を叩いて追い払った。
「ほら。皆歩き出したし進もうよ」
「あ、ああ。そうだな」
大半の冒険者や、騎士連れの貴族達は観客席に降りて椅子に座った。リガル達が、残り僅かな騎士達の後を付いていくと、地下へと繋がる階段に辿り着く。ひんやりとした空気が立ちこめる中、リガル達は薄暗い階段を降り続けた。
降り終えると、長い一本の廊下がありその先で光が輝いている。
「まっぶ」
光にさしかかると、暗闇で慣れた目が刺激された。瞼を細め手で光を遮り外へと出る。
「えっと、リガル、こっち……だね」
初めて来たからだろう。ぎこちないヤナクも頑張って、リガルを先導してくれた。
四列に並び、一番豪勢な観客席の下に立つ。
「おい、一番左の白いヤツ」
「ああ、赤髪の?」
「アイツが啖呵をきったやつか?」
「シャナクは、また装備かわったんか?」
「なんでも、魔力をより精錬する為に買えたらしいよ」
「赤髪、見るからにひょろっちいな」
「でもたった一人で金等級に上がったらしいぜ?」
「ぜってぇ、裏があるに決まってやがる」
「よし、私はシャナクにキュース金貨を十枚賭けよう」
リガル達が静まり返っていると、観客席からの声が良く聞こえた。馬鹿にされているのが癪だったが、勝てばいいだけだと聞き流していると、先頭にたつヤナクが首を横に捻る。
「一躍有名人だね」
「うるせーよ」と、軽く背中を小突いた。
「あ、痛ったいなあ」
囁く感じで半笑い気味に言ったヤナクは、真正面をむいた。きっとリガルを宥めるだとか、そんな気を遣わせてしまったのだろう。
暫くして──
重鎮足る銅鑼の音が響き渡たり、余韻が残る中で観客席に一人の男性が姿を現した。
「王の御成である!」
脇に立つシーカーが、腕を横に振り逞しい声で言うと、観客席の連中は立ち上がり頭を深く下げる。そしてリガル達は膝をつき頭を下げた(リガルは慌てながら)。
「うんむ。よろしい」
咀嚼音を絶えず鳴らし、ガリウスは満足気味に言った。
「これより、ガリウス様からの暖かい御言葉を頂く。お前達、有難く受け取るように!」
「はっ!」と、何処かで律儀な返答が聞こえたが、内心で本当に嬉しいのかよ。と、リガルは思いながら地面を眺めていた。
「では、ガリウス様。お願い致します」
「うむ。では、観客席にいる者たちは、席に座るがいい」
貴族達がいるが故の気遣いか。
間が暫し生まれた後に、ガリウスの息を吸い込む音が聞こえた。
「この世界は、実に危うく脆い! エルフに獣人に魔族……ッ! いつ終わるやもしれぬこの命」
──お前が死ぬのは、太り過ぎてだ。このデブ。と、リガルは内心で突っ込んでいた。梅雨知らずのガリウスは、身振り手振りを激しく動かし熱い──ではなく。厚かましい演説をし続ける。
「だが、どうせ朽ちるなら、次世代へと築く篝火を灯したい! その為には力が必要なのだ!!」
「流石はガリウス王」
「まさか、自分の身ではなく次世代への配慮だったのか……」
「なんと聡明な」
貴族側の席には、ガリウスを讃える声が響く。そんな奴らにリガルは言いたい。
コイツの体型を、ロストの住民を見ろと。結果、全く心に響かない。リガルは、ガリウスの胡散臭い演説を聞き流し、ファルルの事を考えていた。
すると、あっという間に演説が終わり、シーカーが銅鑼の音と共に声を轟かせる。
「では、第一試合を始める!」
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