知られぬままに
「お前は確か、港でアイツと居た奴だな?」
リアダは別に臆する様子もなく。それどころか、金等級を相手に薄ら笑いを見せつけるまでに余裕があるらしい。
リガルは歩いて、十字架と自分で四人を挟む位置に立つ(十字架の先は高い壁)。
「アイツ? ヤナクだろ。名前で呼べよゴミ共」と、恨みを乗せた低い声を発するのと同時に杖の先端を四人に向けた。
「へっ! 何をする気だか知らねぇが、俺達が扱う剣は魔石を練り込んでいる分、魔力に対する──」
何かを豪語しているようだが、聞いているだけ時間の無駄だ。リガルは生気のない目で四人を捉えたまま、魔法を唱える。
「不可視化魔法」
「暗黙魔法」
・暗黙魔法
声をかきけす魔法。主に、敵地をきりぬける時に使うものだ。
「なっんだ? 何故、魔力を練らずに」
「と言うか、何をしたんだ?」
「俺は何もされてねぇよ?」
「いや、当然か──この鎧は魔力値の七〇〇までなら無効化出来るからな! 金等級だろうが、ほぼ」
リュカの力は、ミューレが若干馬鹿にしていたが、一つの基準として成り立っているようだ。部屋に散らばった書類の量が今になって納得出来たリガルは、怪しく口角を吊り上げる。
「で、だからどうした?」
「ははっ、怖気付いてるんなら素直に言えよ」
剣を肩に載せ、甲高い音を鳴らし叩くリアダは、勝ち誇った笑みを浮かべている。他三人も、リアダに習い肩を揺らしていた。
──喧しい。
リガルは杖を細身の騎士に向けた。
「閃光弾」
聖なる閃光が、騎士の額を貫いた。
「ガギャッ?」
一瞬だった──
短い断末魔と共に、指ほどの風穴があいた騎士は地に崩れ落ちる。リアダを残した二人の顔色は青ざめ、卒倒した様子で転がった死体を見ていた。
「お前らは、馬鹿か? 鎧が耐久力あっても生身にゃなんら関係がねぇだろ」
リガルの言葉に、死体を見た一人が声を震わせた(リアダは、警戒をしているのか依然と、リガルに切っ先を向けている)。
「あ、あほか! こんな堂々と人殺しして周りにバレない筈が」
「ない。とでも言いたいのか? それこそアホだ。いいか?お前らは自分達に殺されるんだ」
「自分達、だあ?」
殺意を込めて、リアダはリガルに問う。
「ああ、お前らはロストの住民を人間として見てねぇよな?」
「フンっ。当然だ。ここに住んでるヤツらは、王が認めた役立たず。ゴミをゴミとして扱って何が悪い」
リアダの言葉に、リガルは感謝した。
「拘束魔法」
リアダを残した二人に唱えると、光の輪が手足を拘束し、その場に倒れ込んだ。受身も取れず、豪快に顔を打った一人が苦悶に満ちた声を上げる。
「グッ……クッ」
「な、何故だ?」
倒れ込んだのが分かったリアダは、やっと表情に焦りを見せた。
「じゃあ、答え合わせをしようか。確か──バレる? だったか。答えはバレない、が正解だよ」
リガルは、リアダの間合いには入らずに歩く。
「何故か? 簡単な事さ。ここにお前らの仲間が来ないからだよ」
「だからと言っ……て、住民が人殺しを」
拘束魔法を受けた一人が息苦しそうに訴え、リガルはそれを鼻で笑い押し返す。
「見逃すはずがないって? お前等のご都合主義は、聞いてて本当にイライラするな。安心しろよ、住民にはお前等を見る事が出来ない」
「何を訳の分からない事を」
「ここで、もう一つの答え合わせ。俺の魔力値は、七〇〇以上」
「そんなはったりが通用するかよ!」
「じゃあ、自分の目で確かめてみな」
リガルが少し離れた十字架を指さすと、そこには住民が膝をついて祈りを捧げていた。リアダが、視線をそちらに動かしたのを見た瞬間──
「閃光弾」
拘束魔法で身動きのとれない騎士の一人に魔法を放った。
「ぐっぎゃぁあ!!」
脚を貫かれ、騎士の絶叫が響く。だが、住民は見向きもせずに、祈りを捧げていた。
「なんで気が付かない……んだ?」と、リアダが小さく言葉を漏らす。
「当たり前だろ。お前等の存在は、彼等に視認される事がない。虚無をさ迷い続けるんだ」
「ふ、ふざけるなよ、ガキがぁぁ!!」と、柄をギリッと強く握り、歯茎をむきだし叫んだ。
剣を振り上げリアダは、リガル目掛けて飛びかかる。遅すぎる反撃に、リガルは単調な声で唱えた。
「拘束魔法」
空中から落ち、リアダの鼻は左に折れ曲がり夥しい量の血が地面を叩く。
リガルは、倒れたリアダの髪を容赦なく掴みあげると、見下して言った。
「楽に死ねると思うなよ」
その言葉にリアダではない、他の連中が騒ぎ始めた。
「た、助けてくれ……」
「分かった! これからはロストの民にもしっかりと」
「虚言妄言は、よせ。ゴミ」
リアダの額を思い切り地面に叩きつけ、立ち上がったリガルは、死体の横で倒れる二人に近寄った。
「助ける気があるやつは、最初から助けてんだよ。お前ら、今まで何人の助けを笑ってきた?」
顔を必死に持ち上げる騎士の後頭部を踏みつける。
「グヒッ」
「お、俺達がお前に何をしたっていうんだ……よ!!」
「俺には何もしてないが、友にしたろ? お前等を見てるとな、虫唾が走るんだよ。仲間を騙し、友を貶め、弱きものを利用する──そんな奴らと同じお前等をな」
「こんなことして」
「バレねぇから心配すんな」
リガルは磔にされた死体を、ゆっくりおろし少し離れた場所に置いてから拝む。
三回繰り返し、手にした小型ナイフは五十本程だ。
「な、なにを」
「は?何をって非公開処刑だよ」
十字架とナイフに不可視化魔法を付与。
三人を容易く持ち上げる(鎧は剥いで)と、手足をナイフで十字架と縫い付けた。
「ぐっぁあ……」
「貴様……俺は絶対に……ッ!!」
「助けてくれ、頼む……」
「彼等が味わった、痛み、苦しみを味わい嘆いて懺悔しろ」
リガルは、致命傷となる場所を避けナイフを刺し続ける。
──一本。
──また一本と。
錆び付き、切れ味の悪いナイフは無理やりに肌を裂き肉を断ち骨を押し切る。手に残る生々しい感触を覚えながらも、リガルは表情ひとつ崩さず。それこそ、無関心に繰り返した。
二人はショック死をしてしまったが、リアダだけは未だに狂犬のような双眸をリガルに向ける。
「お前は、絶対に……地獄行きだ」
「構わねぇよ。だが、どうせ殺されんなら、正義のヒーローに殺されたいものだな」と、言ったリガルは器用にナイフを空中で振り回し勢いに任せてリアダの右肺に突き刺した。
「グフッ」
肺を貫かれ、口から血が飛び出す。
「ナイフもなくなっちまったな」
「俺を……早く殺せッ」
威勢の良かったリアダの呼吸は、徐々に浅くなり目は虚ろになってゆく。命が薄れていくのを感じるのに、リガルには痛みも罪悪感も、なにも覚えるものがなかった。
「だからいったろ? 簡単に殺しはしねぇって」
「……ぐはっ」
「お前は、最後の最期まで人の強さに苦しんで死ね。そして、誰にも悲しまれる事なく、お前という概念ごと消え去れ」
リガルは、背を向けて歩き出す。
「おれは、おれは、ここにいるぞ!! 居続けるんだ!」
そんな声が聞こえた気もしたが、今となってはどうでもいい話。
リガルは振り返ることもせず、宿へと向かった。その最中、募ってゆくのは人一人を殺した所で何も変わらない。変えるならば世界ごと──
無謀だと思いながらも、頭の片隅から離れることのない浅はかな野望だった。
読んで頂きありがとうございます!




