元白魔道士
ミー婆の家(近辺にあった)に辿り着いてみれば、古い木造の建物だ。真新しい木材が壁に数枚はられている。きっとヤナクが直したものだろう。
「ささ、入っておくれよ」
たてつけの悪いドアが悲鳴にも似た、甲高い音を上げて開いく。リガルは、ヤナクの位置を正してから、敷居を跨いだ。
「お邪魔します」
案内されるがまま部屋に入れば、床鳴りはするし隙間風が結構入ってきていた。奥まで進めば、殺風景な空間にソファーが一つ。
ミー婆は、リガルを見るなり言った。
「此処に寝かしてやっておくれ」
頷き、言われるがまま寝かせる。そして、ミー婆を目で追うと透明な器に入った水をオケに流し込み、布を入れて戻ってきた。
「水道とか、ないんですか?」
「此処には──ここいら、ロストにはないね。一週間に一度、あの入れ物に水を貰うのさ」
ここら辺の土地はロストと呼ばれているらしい。と言うか、水道も通ってないとか、いよいよ人権を与えられてない気がしてならなかった。
「でも、なら、水を無駄使いしちゃまずいんじゃ」
オケには、多くはないがそれなりの量は入っている。人にとって、水分とは酸素の次に大切らしい。故に今の状況から鑑みるに、ミー婆にとって、あの容器は生きる為の大切なものだ。躊躇いもなく使えるものではない。
──本来ならば。
リガルが、ゆっくりと歩くミー婆に問いかけると、目尻に皺を寄せた馴染みやすく優しい笑顔を浮かべた。
「ヤナクはな、王から捨てられたロストの住民にも、分け隔てなく接してくれる、たった一人の騎士様なんだよ」
たった一人。その言葉がどれだけ重たいモノか、他人であるリガルでさえ簡単に理解ができた。ここに来るまでにでさえ、かなりの騎士とはすれ違ってきた筈──
にも、関わらず、たった一人。
「そう、なんですか」
「私はね……いいや」
ミー婆は、ソファーの前に座ると水で濡れた布を絞る。
「あ、俺がやりますよ」
隣に座り布を受け取って絞り、ミー婆に手渡した。
「ありがとうね」と、受け取ったミー婆は、ヤナクの血が乾いたり土がこびり付いた顔を拭きながら、話を続けた。
「私達は、ヤナクに何度も関わらない方がいいと言ったんだよ」
まるで。我が子を見るかのような、慈愛に満ちた眼差しを、ミー婆はヤナクに向ける。その姿を見ながら、リガルは問うた。
「──何故、ですか?」
「騎士とは、貢献度によって待遇が変わる。けれど、ロストの住人である、私達の面倒をいくら見ようが意味がないんだよ」
「つまり、見返りがない、と?」
「うむ」
ミー婆が頷く。リガルはヤナクに、尊敬の眼差しを送った。
「やっぱり、ヤナクは凄い。俺の中の白魔道士はお前なのかもしれないな」
そう言って、リガルは立ち上がった。
「どこに向かわれる?」
見上げるミー婆に、リガルは笑顔を向けた。
「ヤナクは、この世界に必要だと思います。ミー婆。これからも、彼の事を支えてやってください。──いつか、ヤナクと言う存在が讃えられるその時まで」
「それはそれとして、お前さんは一体なにモノなんだい? 血の量を見るに相当の傷だが、ヤナクには傷一つない」
ヤナクは、リガルが目指していた──皆を支え導く優しき白魔道士だ。
確かに──確かに、出会ってまだ数時間しか経っていない。ヤナクの性格全てを知っているわけでもない。だけど。命の次に大切で尚且つ貴重な水を躊躇うことをせずに使ったり、体が弱いのに空気なども悪い外へとわざわざ出て探されたり、民から大切にされているのを見れば誰だって分かる。
「俺は──」
今のリガルは、悪とみなせば慈悲もなく殺害し、全てを奪い去る。見方を変えればガリウスとなんら変わりがないかもしれない。
目指し続けた、白魔道士とは程遠いモノになってしまった。後には戻れない殺人者となってしまった。
──故に。
「元──白魔道士ですよ。だからこそ、出来ることが、やらなくてはならない事があるんです」
「元? 私には、そのまんま白魔道士にみえるけどねぇ」
「ありがとうございます。俺はこれにて失礼しますね」
頭を軽く下げて、リガルは外へと出た。
向かった先は、単独で歩く騎士達を探すべく、陽の当たる美しい都町(金等級のタグは隠して)。
まずは、港に戻り情報を聞き出した。すると“いつも”の酒場にいるらしい。
騎士が集う詰所ではなく、“いつも”の酒場だ。つまり、年がら年中、騎士の務めを果たさずに、入り浸っている。そんなクズに、人のため世の為、齷齪働いているヤナクが痛めつけられた。考えるだけで、苛立ちは増す。騎士の話を聞いている最中も手は拳を作っていた。
「ここか」
辿り着いてみれば、高そうな酒場だ。ファルルの街にあるような、荒くれ者達が集う為に造られた建物じゃない。
ガラス張りの扉越しから中を見ると、育ちが良さそうな人々が、見るからに高いグラスを片手に談笑をしている。
リガルは、酒場に入るなりフードを被り、出入口から一番近い席に座った。
店員が来たので、適当に飲み物を頼み、機会を伺う。
「はい、ハーブティーだよ。と言うか、あんた見ない顔だね。冒険者かい?」
「ええ、まあ」
飲み物を口に運び、喉を鳴らして飲み込む。鼻を抜けるスッキリとした香りに、口触りの良さは心を和ませた。
「まあ、楽しんでいってくださいな。ハーブティーは一杯、キュース銀貨を二枚ね。最後に払っておくれ」
それから暫くして──
「またくるよ、マスター!」
「はいよ! またいい酒仕入れときますね!」
聞いたことのある声が鼓膜を叩き、グラスを握ったリガルの指がピクリと動いた。グラスを鏡代わりにして、後ろを見ると港にいた騎士達が顔を赤くして気分良さそうに歩いてきている。
グラスに映る騎士達四人を、ぐっと睨みつけて扉を出るその時を狙った。
──今だ。
リガルは、彼等に遅れをとらぬように、慌ただしく扉を開けて走る。
フードを被っているので、身バレはないはずだ。目の前には、ユラユラと歩いている四人組がいる。リガルがわざと、肩を騎士にぶつけるのと同時に酒場の近くから、店員の声が轟いた。
「食い逃げだぁぁあ!! 騎士様! そいつを捕まえてください!」
「俺らがいる前で食い逃げとは、お前も運がねぇ野郎だ! お前ら、捕まえるぞ!」
「「了解です!!リアダさん!」」
リガルは、ほかの騎士に出くわさないように細い路地を使い、騎士達を孤立させてゆく。
次第に見えてきたのは、ロスト。
そのまま走り続け、リガル達は十字架の場所へと辿り着いた。リガルが歩みを止めると、リアダは嘲笑いつつ「ははは。お前自ら処刑を望んでるのか? こんな場所に逃げてよ」
「はははははっ」
俯いているリガルが、肩を揺らし乾いた笑いをすると、リアダは土を踏み鳴らす。
「何がおかしい!? 貴様、馬鹿にしているのか!?」
語気を荒くしたリアダは、剣を鞘走らせ、切っ先をリガルに向けて牽制した。
勝った気でいる彼らを見ると、愉快で仕方がない。まさか、ここまでことが上手く運ぶとは思ってもいなかった。
リガルは、フードを掴むと頭から離してほくそ笑む。
「そりゃあ、可笑しいさ。今から死ぬお前が、それを全く知らずに出しゃばってる姿がよ」
読んで頂きありがとうございます。




