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人の心

 ワールドトリガーになり、権力を手に入れる事こそが親殺しの犯人を探れる、一番の近道だと思っていた。


 王の助力を得ることが出来れば──の話だったが。


 はたして、あの王が力を貸してくれるか。と、考えた時に自分を納得させる答えがでてこない。無償で貸してくれるとは思えないし、借りたいとも思えなかった。


 ガリウスの発言から考えるに、彼は独裁者よりも酷い者だろう。云々考えながら扉の外へ出ると、ワイズが脇で待っていた。


「お疲れ様ですリガル様」


 丁寧に丁重に言葉と仕草を使うワイズに、リガルも軽く頭を下げる。


「ありがとうございます。もしかして、わざわざ待っててくれたんですか?」


 目を閉じ、腰をおり頭を下げる(四十五度ほど)ワイズを見てリガルが問うと、体制を戻し穏やかな笑みを向けた。


「ええ。ここは広いですから。慣れない内は迷ってしまいますので。では、行きましょうか」


 歩き出すワイズの隣を歩き、リガルは会話を続ける。


「確かにここは凄く広いですね」


 心做しか、余裕が出来たリガルは長い廊下をみて感想を述べた。清潔感溢れた白を基調とした廊下には、花瓶が一定間隔で並べられており、全てが違う種類の花だ。だが、こんな所に手間を加えても、ガリウスは見ないだろうし、興味もないだろう。


 そんな感情を抱いていると、少し寂しげな声が風と共にリガルの鼓膜へ辿り着いた。


「──嘗ては……」


「……?」


「嘗ては、ガリウス様も花が大好きでした」


 まるでリガルの心を読み取ったかのような──だが、ワイズの横顔は、そこまで考え口にした表情ではなかった。


 寂しげで悲しげで、何かを後悔しているような弱々しいもの。


「嘗て?」


 繰り返し訊ねると、ワイズは頷いた。


「ええ……嘗て……今よりも二十年は前になりますかな。ガリウス様がまだ四十だった頃」


「へ?」


 ワイズの言葉に、リガルの声は裏返る。


「なら、今六十ですよ?」


 いやいや、見るからに四十前半だ。不摂生であるものの、白髪もなければ、くたびれている感じもない。


「ん? ワールドトリガーの人たちは一体幾つですか?」


「四十後半になるはずです。本来ならば……ですが」


 見た目は二十代だ。だが、そうかとリガルは腑に落ちる。両親が生きていれば、今四十八にはなっているはず。

 だが、一体なぜ──


 言葉が考えつかず、足音だけが響く中でワイズは問いかけた。


「リガル様は、もしや……フィリア様方の」


「ええ」


 頷くと、数秒間をあけてワイズは言った。


「そうですか……これも運命、なのですかね」


 そう言うとワイズ急に立ち止まる。

 何かと思えば、あっという間に出口へ辿り着いていた。


 リガルが「ありがとうございました」と、頭を下げて外へ出る刹那、ワイズは頭を下げ声を震わせる。


 あまりにも小さい声だったので、上手く聞き取れなかったが『王をお助け下さい』


 そんな言葉だった気がした。リガルは、ワイズがなんて言ったのか──考えながら、長い階段を降りる。


 空は茜色に染まり、美しい筈なのに。アルルに見せてやりたいと思った風景なのに。何故だが今のリガルには、霞んで見えた。


「また、視線?」


 辺りを見渡すが、誰もいない。考えすぎか、と息を長く吐き出した。いまは、ガリウスやワールドトリガーの容姿や様態の事はどうでもいい。


 マルカを倒すことに専念しよう。その為には十分な休息も大事。


 ──今日はもう、宿に帰り休むのが良いだろう。


 リガルは、ヤナクから手渡された魔具を手に握りスイッチを押した。すると、赤い光線が一本、都の建物を縫うように伸びる。


 どうやら。この光が示す先に、ヤナクが居るようだ。来てもらうのも悪いと思い至ったリガルは、ヤナクの元へと歩み始めた。



 華やかな都町を歩き、時折狭い路地にもリガルは入る。いつしか、リガルの瞳に写るのは、貧民街にも似た風景だった。


 黄昏も相まって、寂れた風景はアヴァロンとは別の世界だ。境界を引くように、道路舗装がしっかりされた、真後ろとは違い、真正面はほぼ土。それに、風に乗って運ばれる香りも生臭く。野犬や、薄汚い人が目立っている。


「あっちか」


 道も何もわからないリガルは、この薄い光だけだ頼りだ。


「うっ……」


 臭いは二十分ほど歩くと強烈さを増す。堪えきれず眉間に皺を寄せて、目を凝らして見れば、十字架のような物が幾つも突き刺さっていた。


 ガリウスの言葉が脳裏によぎる。


 足取りは早くなり、無我夢中で光の先、つまりは、十字架の方へと走った。


 辿り着いてみれば、腐食化した男性やら女性──限らず子供すら、張り付けにされている。むごたらしいものだ。


 彼らは本当に罪人なのだろうか──


 胸は苦しく、息は詰まる。


「こんな子供が……なんで」


 至る所にナイフ(殺傷能力が弱い物)が突き刺さっていた。しかも、一個や二個ではない。数えればゆうに百は超えそうな量の十字架に、人がはりつけにされていた。


 カラスが羽ばたき去り、辺りは不気味な騒がしさを見せる。


「……ッ!?」


 リガルは微かに動いた人影を見逃さなかった。すぐさまに体を動いた方向へ向けて走る。だんだんと、距離が近づき嫌な予感は的中した。──的中してしまった。


「ヤナクッ!!」


 リガルの呼び声に、パンパンに腫らした顔が向いた。気がついたであろうヤナクは、片腕を震わせながらも持ち上げる。


「無理に体を動かすな」と、近寄りしゃがんで、震えた手を握りゆっくり下ろすと、ヤナクは目尻から一滴の涙を垂らして笑顔をつくった。


「へへへ。嫌な所見られちゃっ……たな」


 鎧は剥がされて肌着が露になっている。痣だらけの全身を見て、リガルは目に深い悲しみを宿した。


「嫌な所じゃないよ。いい所に来たよ俺は本当に。アイツらにやられたんだな」


 看破のスキルアリスィアを発動した。


「いいや、覆面を被ってたから誰かわからないん、だ。リガル、報復なんか考えなくていい。未来があるだろ? 無駄には、するな」


 ヤナクは、自分を心配する所か、リガルを思いやった眼差しを向けた。


「……待ってろ。今、治してやるからな」


 すかさず杖の先端をヤナクに向ける。


超治癒魔法セイクリッドヒール


 徐々に傷は塞がるが、細胞が活性化した反動により体力は著しく低下し、ヤナクは気を失った。だがその表情には安堵が宿っているように見える。


 リガルはゆっくりと背負って立ち上がった。まずは、ヤナクを宿で寝かせる事が先決だろう。


 その後、虱潰しらみつぶしに探して──あの騎士共をぶちのめすと心に誓った。


 リガルが来た道を引き返していると、目の前に老婆が松葉杖をついて歩き回っている。何かを探しているようだ。


「……ッ!!」


 腰を折り曲げた老婆は、リガルに気がつくなり向かってくる。


「どうかしましたか?」


 目の前で立ち止まった老婆に話をかけると、皺がよった手を伸ばして指先でヤナクの手に触れた。


「やっぱりアンタ……だからいいって言ったのに……」


「もしかして貴女が、ミー婆ですか?」


「そうだが……はて、貴方はどこかで?」


「いえ。ヤナクから話を少し聞いていたのでもしかしたら、と」


「そうなのかい」


「はい。ところで、急なお願いではあるのですが、ヤナクを貴女の家で休ませてやってくれませんか?」


 訊ねると、ミー婆は快く承諾してくれた。


「私の汚い家で良ければ、是非とも使っておくれ」


「ありがとうございます」


 こうして、リガルはミー婆と共に家に向かった。だが、頭の中は既に復讐の事で頭がいっぱいだった。


 ──早く殺したくて、仕方がない。


読んで頂きありがとうございます

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