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ワールドトリガーと愚王

 リガルは、石段を一歩一歩踏み締めて登った。最上段に上がると、都が一望出来るほどの高さだと気付かされる。一度振り返り、視界いっぱいに広がった都を眺めて、アルル達を思う。


 ここから見る夕焼けは絶対に美しい。アルルに見せてやったなら『はわわ! すごい、です! 綺麗、です!』と、目を輝かし感動してくれそうだ。


 ──見せてやりたい。


 空を眺め、顔を思い描き心の中で『いってくるよ』と、皆に伝えた。


 体を王宮へ向け、入口を目指す。様々な花が咲き誇り、蝶々が舞い、虫達や鳥達は平和を歌う。

 リガルはそんな美しい空間を、歩き、顔を忙しなく動かし見て歩いた。


 女神像(?)が、壺から水を流している、清潔感溢れた白い噴水を通り過ぎると、目の前には大きな門が構えている。


 扉の脇には二人の騎士がいた。


 剣を地面に突き立て、立っている姿は正に直立不動だ。都で出くわした騎士達とは打って変わって、とても重鎮じゅうちんいかめしい雰囲気をリガルは感じていた。


 騎士の目だけがリガルに向けられる。


「俺は、ファルルから来た冒険者、リガル=アルフレッドです。この度は、王からの招待状を持って参りました」


 立ち止まり、簡易な自己紹介を終えると騎士二人は剣を地面から少し離し、地面を叩く。


「よくぞ参られた。冒険者リガル=アルフレッドよ」と、一人の騎士が野太い声を平坦な口調に乗せて言った。


「ありがとうございます。で、俺は普通に入って良いんですかね」


「うむ。けして、王に無礼をせぬようにな」


 再び二人の騎士は剣で地面を叩くと、ドアノブを掴みゆっくりと扉を開いた。


「では、入るが良い」


 騎士の言葉に頷いて王宮内へとリガルは足を踏み入れる。


 同時に扉は再びしまった。


「よくぞ参られました、リガル=アルフレッド様」


 嗄れた声に目をやれば。

 タキシードを着こなした、白髪頭の老爺ろうやが深々と頭を下げる。リガルも釣られて頭を下げた。


「あ、いや、こちらこそ……なんと言うか……」


「リガル様、どうか硬くならずにリラックスしてくださいませ」


 老爺の気配りに、頭を下げたリガルはゆっくりと顔を持ち上げた。


「え、ああ、すいません」


「いえいえ」


 しわがれた笑みを浮かべ、老爺は口を開く。


「どうか、わたくしめの事はワイズ、とお呼びください」


 ワイズと名乗ると、左胸に白い手袋をした手の平を添えて、礼儀正しいお辞儀をした。


 なんて気品溢れる礼儀作法なのだろうか。逆に話しかけにくい。杖を両手で持って、手持ち無沙汰で指を動かしていれば、ワイズは慣れたように先導し始めた。


 いや、それらしい言葉を探すならば、エスコートが正しいかもしれない。


 リガルはワイズの後ろをついて歩くので、精一杯だ。周りを見て、驚いたりする余裕なんかありはしない。


 そんな中でも分かったことは、かなりのメイドが居る事だ。


 通り過ぎる度、多くのメイドから挨拶をされた。


「つきました、リガル様。こちらにて、王ガリウス様が来るのを待っていてくださいませ」


 ワイズは金で縁取られた扉をゆっくりと開いて頭を下げた。


「え、ああはい」


 言われるがままに室内に入り、一目で謁見の間だとリガルは理解した。


 開放感溢れる、広い空間は天井も高い。


 床には赤い絨毯が敷かれ、それは玉座へと道を作っていた。


 左右には円柱が天井を支えるために立っており、だいたい一本一本に一人の騎士が立っている。しかも皆が微動打にしない。


「つか、どうすればいいの」


 立って待ってれば良いのか、床に座ってればいいのか。赤い絨毯の上に居ていいのかダメなのか。さっぱり分からない。

 リガルは結局、赤い絨毯から少し離れた所で、騎士達同様に直立不動を選ぶ。



 どれぐらい時間が経ったか、扉の向こうからノックが五回ほど鳴った──刹那。


 騎士たちは一斉に、両刃剣を鞘走らせて切っ先を天に向けた。統率された動きにリガルは、唾を飲み込む。


 そして、声が響いた。


「ガリウス様のお成である!」


 もう、いよいよ何をしていいのか分からない。リガルは足音に耳を傾けたまま、立ち続けた。


 徐々に近づいてくる足跡と同時に、油の臭いが嗅覚を刺激する。リガルは、顔を向けること自体は、無礼だと思い目だけを動かしてガリウスに目線を送る。


 ──リガルは、目を疑った。


 玉座に勢いよく座ったのは、リガルの予想を──扉の前で立っていた二人の騎士やワイズを見て、勝手に想像していた人物とは程遠い者だった。


 露出度の高い服を着た女性を、三人ほど取り巻きにしている、ソレは威厳も貫禄もありはしない。


 ──ただの、不摂生ふせっせいな巨漢だ。


 顎の肉は垂れ下がり、王たる器を示すであろう、本来、神々しい筈の赤いマントはほつれている。


 こんな者が王なのか──と、リガルは内心複雑な気持ちになっていた。


 しかし、王とは逆に玉座の後ろに並ぶ五人組は、肩幅程に脚を開いて姿勢をただている。リガルを見るわけでも、肉を食いながら、取り巻きである女の尻を触りニヤけるガリウスでもなく。


 彼らはただ、真っ直ぐに視線を保ったままだ毅然きぜんとしていた。


 彼らを見たリガルは、ひと目で気がつく。首からかけられた金色のタグ。


 ──彼らがワールドトリガーだ。


 ガリウスは、油でテカる唇を吊り上げ、リガルを肉々しい指でさす。


「いつまで立ってんの? 膝を附け膝をさあ。まったく田舎の冒険者はなってないっ。はねちゃうぞ首」


 ふてぶてしい声に、リガルは従い片膝をついて頭を下げた。


「申し訳ございません」


「あーなんか、俺コイツ嫌いかも。監獄にいるヤツらと一緒に処刑するかなあ」


 これが王たる器の発言でいいのだろうか。


「なりません、ガリウスよ。彼も立派な金等級。我々の力を示すには必要な戦力です」


「シーカーが言うなら仕方がないなあ。俺はこの後、子猫ちゃん達と遊ぶから早くしたいんだよなあ」


「もう、大事なお話中にダメですよっ」


「別に俺はどうでもいいし。人材なんかそこら辺に転がってるもん。それよりも、子猫ちゃんの面倒のほうが大事だよーヨチヨチ~」


「ガリウス様っ、そこはお尻ですよっ」


 ──ふざけてやがる。


 ヤナクは、孤児院の子供達は、こんな王が治める国に命を掴まれているのか。


 考えれば考えるほど血は滾り、動悸は早まる。口の端を噛み締め、握り拳をつくり気持ちを宥める努力をした。


 忘れてはならない、当初の目的を──


「んじゃ、そこのお前、俺に忠誠を誓え」


「忠誠、ですか?」


 冗談じゃない。こんな王に忠誠なんか誓えるか。


「まあ、誓わないなら殺すけど。良いよね? シーカー」


「……ですね。誓わないのであれば、叛逆も当然ですし」


「分かりました……ですが一つお願いがあります」


「お願い? 何? 権利? 女? 金? 俺の言う事をきくなら、どれか一つあげるよ」


 リガルは大きく息を吸い、立ち上がって後ろの五人を見て口を開いた。


「俺をワールドトリガーに入れてください」


「ふ、ふひゃひゃひゃひゃ!! 何こいつ! 凄い馬鹿じゃん!」


 足をバタバタとさせ、笑い出すガリウスを見てバレないように舌打ちをした。


「済まないね、君……白魔道士だろ?」


 赤い鎧を装備し、二又の槍を左手に持った男性がリガルを見て言った。

 ミューレの情報が正しければ──


 赤い鎧に、隻眼。紫色をした短髪に、鷹のような鋭い瞳に槍使い。ワールドトリガー、前衛職──雷槍のヒースだろう。


 ならば、その左に居る黒ずくめの女性が黒魔道士、魔炎のリザに違いない。


 そして、ヒースの隣に立つ男こそが勇者シーカーか。銀髪に紫紺の瞳。薄手の装備に二刀流使い、又の名を双頭の竜。この世で、一番強いと言われている竜の称号を獲た文字通り、前衛職最強の男だ。


「ええそうですけど」と、頷くと、ヒースは納得したかの様子でリガルを見た。


「白魔道士は、基本一パーティに一人。金等級なら分かるよね?」


「ええ。バフなどをかける際、相殺してしまうか、一人分しか得られないからですよね」


「そうだよ。申し訳ないが、俺達のパーティにはもう、アヴァロンで最強の白魔道士が居るんだ」


「最強?」


 リガルの耳がピクリて動いた。


「アヴァロンで最強って事は、つまり──わかるね?」


 ヒースが、リガルを諭す中で手を叩く音が響いた。


「んじゃあさ、コロシアムしようよ!!」


「コロシアム、ですか?」


 ヒースが訊ねると、舐めた指でリガルを指す。


「アヴァロン屈指のパーティの中から白魔道士を集めてさ! 勝ち残った者が、ワールドトリガー! 金も集まるし、良いんじゃないかな?」


「ワタシは構いませんよ」


 シーカーの隣に立つ男が、リガルを睨む。

 白装束を羽織った、坊主頭の男性。これがミューレの言っていた、新しくワールドトリガーに参入した白魔道士マルカか。


 最強とはとても思えない。


 リガルも睨み返して口を開いた。


「俺も構いませんよ。入れてもらいますよ、ワールドトリガーに」


 マルカを見たまま、口角を少し吊り上げる。正直負けるきがしない。


「吼えてるがいいさ。雑魚が」


 鼻で笑い、マルカはリガルを見下す。


「よし決まり!! じゃあ、開催日は追って知らせる!」


 ガリウスは立ち上がると、三人の手を引き部屋をあとにした。ワールドトリガーも後を追うように外へと出る。一番後方にいたヒースは、リガルの真横で立ち止まり肩を叩く。


 玉座の方を見ていたリガルが、伝わった衝撃に目線を送れば、ヒースが穏やかな声で言った。


「せっかく辿り着いた高みだ。無理はせず、負けそうだったらリタイアするんだぞ」


 リガルを思っての事なのだろう。


 目線を玉座の方へと戻し──


「俺は負けませんよ」


「そんな君に、これだけ教えといてあげよう。マルカの魔力は測定不能だ」


 言った後にヒースは、数回リガルの肩を叩いて外へと出た。ワールドトリガーもガリウスも居ない謁見の間で、リガルは小さく言葉を漏らす。


「俺は絶対に……」

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