能力値
──夜が明け、朝日が半分ほど顔を出した頃。リガルは、朝起きるのが早いらしい、アルルとスライムに事情を説明して外へと出た。
ヤンヤンと賑わっていた街が、多少の静けさを取り戻す。中にはまだ酒に呑まれている者なども居るが──いつもの事ではある。
冷たい風が建物を縫って吹いては、リガルの髪を撫でた。
「ングッ──ぷはっ!」と、身震いをしながら背伸びをめいいっぱいして、息を吐く。意識が覚醒していくのを感じた。リガルは両頬を軽く叩いて目にヤル気を宿しす。
待ち合わせ場所は、ギルドの正門だ。寄り道もせずに近づくと、そこには見慣れない姿のミューレがたっていた。
リガルの姿に気がついたミューレは、片手を上げて手を振るった。
「おはよぉッス~!」
「お、おはようございます。ミューレさん」
近づいて一番初めに感じたのは、柑橘系の優しい匂い。とても、とてつもなくいい匂いだ。
それに、なんだこの姿は。目のやり場に困ってしまう。リガルは、ミューレを見ることさえ出来ずに軽い会釈をした訳だが──
「おやおや~? 青年~。なんスか~? 照れてるんスかあ?」
下に目線を向けたリガルの目を、覗き込むように、ミューレは前屈みになると戯けて笑ってみせた。
──仕方がないではないか。こればかりはどうしようもない。
普段は、露出度皆無のスーツ姿のミューレ。けれど今は、ムートンブーツから始まり、血色のいい脚がスラリと伸びショートパンツを着こなし、少しデカめの長袖で女性らしさを異端なく発揮していた。所々、顕になったミューレの体は細くもなく太くもない。ちょうどいい筋肉の付き方をしているのか、張りもいいのだ。目のやり場に困らない方がおかしい。
「え、いや。そう言えば」
取り敢えず、話をしなければ。何かを悟られそうだと訳の分からない、勘ぐりに従い口を開く。
「ぁあ、今から行く所──ッスね? こっちッスよ~」
指で行き先を示すと、何食わぬ顔でミューレは歩き出した。リガルは、助かった──と、肩をなでおろす。
「あ~昨日の話、なんスけどっ」
前を歩いているミューレが、首を捻りリガルを見て訊ねる。
「なんですか?」
リガルが聞き直すと、再び前を向いて──
「なんで、私を利用しなかったんスか?あの状況なら脅せただろうし、私は屈服してたと思うんスよね──間違いなく」
声に強弱もつけず問うミューレに、白装束(魔道着)を風で踊らせるリガルは、考える事もせず言った。
「ことと状況によっちゃ、そうするつもりでしたよ」
「なら、なんでっスか?」
「俺が思うに、ミューレさんは“悪”じゃないんですよ。それに、俺に出来る事はしたいな。そう、思ったに過ぎませんよ」
自分みたいな寂しい思いは──でかかった言葉を唾と一緒に呑み込む。
「やはり、変わり者の偽善者ッスね」
振り向くと、ミューレは前屈みになりあざとく笑う。
「でも、そんなお人好し、嫌いじゃないッスよ」
ウィンクをしたミューレから目線を逸らして「ああ、俺からも一つ」と、話題を切り替えた。
「なんスか?」
後ろで手を編んで、ミューレは隣を歩きながら反応を示す。
「俺ん所に居る」
「ああ、獣人とスライム……ッスよね?」
「はい。アルルと言う女の子と、フーちゃんと言う名前のファイアースライムなんですが」
「仲良く出来るか、不安なんスね?」
「ええ、まあ」
「大丈夫ッスよ~。あの子達は、見た目で判断するような事はしないッスから。攫いさん」
「俺が攫ったみたいな言い方はよしてください」
「ヤダなあ、ミューレジョークじゃないですかあ~」
──冗談がきらいなのだろ。
「それで、ですね。その、アルルの服を選んでほしいんですよ。俺じゃあ、何を買っていいか分からなくて」
体のサイズを測るのもやりにくいし、かと言ってサイズを聞くのも気まずい。
リガルが頼むと、態とらしく唇に右手を翳しミューレは笑った。
「ぷぷぷのぷ」
「馬鹿にしてますね?」
「いやいや、気持ちが悪いとは思いましたが、バカには」
「そちらの方が、異議を申し立てる必要がありますよ」
「ヤダなあ~」
「ミューレジョークじゃないですかあ~ですか?また」
「あら、わかっちゃいました?」
再び後ろで手を編んだミューレが、声を躍らせる。
「ええ、わかり易すぎます」
単調に答えた筈だが、ミューレの肩が上下した。
「ぷぷっ」
「ははっ」
「あ、リガルさん。久々に笑ったんじゃないッスか?」
意識していなかったが、言われてみれば笑った記憶が最近はなかった。
「そんな事、ないですよ」
適当に聞き流し、リガルは沈黙を作った。
そこから、少し話しては黙りを繰り返した後に、ミューレは立ち止まる。
「ここが、リュカ=マクベスの住まう廃墟ッス」
「いやいや、言葉には」
それ以上の文言が思い浮かばない。お世辞すら出ないのだ。見上げた建物は、ミューレの発言が正しいと錯覚しそうな程に朽ちたレンガ調の建物だった。
「入りますよ~」
歪んだ音がなり扉が開く。建付けが悪すぎるとしか言いようがない。
「リュカっち~来たッスよ~」
部屋は日当たりも関係して、とても暗い。ひんやりとした空気が立ち込めるなか、玄関にはミューレの声だけが響いた。
「やっぱ、居ないんじゃ」
「ん~? そりゃないッスよ。彼女、引きこもりなんで。ほらほら、部屋に入るッスよ~」
「ちょ!? え!? 土足ですか?」
思わず、声を上ずらせる。
「だって、足の踏み場ないじゃないッスか」
──確かに。
廊下には、紙が散乱していて、正直かなり汚い。
リガルは一応、玄関に散らばっている紙で靴底を拭いてから中へ入った。
「やっぱり居ないんじゃ」
部屋へ入ると、リガルの部屋に負けないぐらい生活感がない。あるのは紙が殆どだ。
「もう、焦りさんはせっかちッスね~」
「……で、居るんですか?」
「待ってくださいッスよ~?」と、右手を額に翳し目を懲らす。
辺りを何回も、向きを変え探していたミューレが右手で指をさし明るい声を急に上げた。
「そこッスねえ~!」
ミューレは目的地に着くなり、紙をさながら土を掘るようにばらまいた。
「なッ……」
リガルが言葉を失う中、紙の中から姿を現した白衣の女性は、起き上がる事なく。瞬きもすることなく──口だけを動かした。
「おや、なんですかね。この野蛮な女は」
大人っぽい艶やかな声音が、リガルの鼓膜を叩いた。
だが、リュカの言葉に対してリガルも、言いたかったことがある。紙の中に埋もれていた、貴女もなんなんですかね、と。
当然言えるはずもなく、リガルは軽い会釈をした。
「あ、あの。今日、お世話になるリガル=アルフレッドです」
声に反応し、リュカは体を起こすとジト目でリガルを見つめた。
「──」
物凄い気まずい。やはり、土足を怒っているのだろうか。
けど、目を逸らすのは失礼かもしれない。もしかしたら、今、ミューレが言っていた能力値を測定しているのだとしたら──
リガルは、リュカの目を頑張って見続けた。
しかし、体はとてもじゃないが健康とは程遠いものだ。紫の瞳は霞んでおり、目の下にはクマが出来ている。緑色のくせっ毛は、風呂に入ってるんだか入ってないんだか、凄いボサボサだ。
見た目も、ミューレに比べてかなり細い。
こんな彼女に、固有魔法がある事自体がにわかに信じ難いが──
ただならぬオーラに、リガルは口を固く閉ざした。
「んと、何してるっス? リガルさん」
「え?」
「ああ、彼女……今寝てるッスよ」
「おい、マジでふざけんなよ」
「いやあ、リュカっちは夜行性ッスから。まあ見てて下さいッス」
何をするのかと思えば、紙の束で筒を作り。
──そして。
豪快に額を引っぱたいた。女がやる事とは思えない。鈍く高い音が響いて、暫く沈黙が続いた。
「あら。申し訳ないわね。最近寝るのが遅くて寝不足なのよ」
そうじゃないだろ。と、ツッコミを内心で入れながらリガルは、思いもしてない事を言った。
「無理はしないでくださいね」
「なら寝かせてちょうだい」
「それは勘弁してください」
「……まあ、いいわ。上半身裸になってこっちに来なさい」
「え? 裸に?」
「そりゃ、リュカっちは大の男好きッスからね~」
ミューレのおどけた姿を見た後に、リュカを見た。彼女は恥じる様子もなく、リガルをずっと見つめていた。
「え、また寝て──」
「ないわ。早くして頂戴」
ツンケンとした物言いだが、まずはミューレの言葉を否定して欲しい。不安で仕方がない。
「覚悟を決めるッスよ~」
ひたすら煽るミューレに、まったく聞く耳を持たずリュカはリガルを見つめている。
「凄いわ……」
「何がですか?」
リガルが問いかけると、リュカは反応を示す事なく白い紙に手を翳す。すると、手に帯びた淡い光が、まるで炎が燃え広がるように、紙の隅から隅まで行き渡った。
「はいこれ」
差し出された紙に綴られていた文字を見て、リガルは驚愕した。
「魔力が零って」
「違うわ。私の力でも、測定不能みたいね。他は大丈夫のようだけれど」
──確かに。
腕力は三〇〇。耐久力は六〇〇だ。つまりこれが【限界突破・レボルシオン】で、取得した生涯を超えたリガルの力。大して凄くないであろう数字に肩を落とした。
しかし、愕然とするリガルとは全く違う反応をミューレは見せた。
「マジッスか……凄いッスよこれは。腕力でも、銀等級の平均前衛並って……リガルさん、白魔道士ッすよね?」
「ええ……まあ……」
「白魔道士が生涯で得る腕力は、いっても百とか言われてるんスよ。金等級でも。加えて魔力が測定不能ッて……それが、どれだけ凄いか分かるっスか?」
イマイチ理解が出来ない。結局、金等級の前衛職には腕力で勝てない。限界突破をしてこれだと、大して強くないんじゃないか。とさえ、思えてくる。
「いや、良く分かりません」
「だからッスね? 【白魔道士】なら、間違いなくリガルさんは、金等級でトップの力ッて事ッすよ」
「白魔道士なら、ですか」
なんだか、微妙な感情ではあるが納得しなくてはならない。リガルは、未だに見てくるリュカに一つ訊ねた。
「一つ良いですか? なら、なんで裸に?」
「それは、私が見たかったからに決まってるじゃない」
「…………」
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