やり残したこと
タイトル回収まだですいません。。。
リガルは、ご飯を共にした後に一人で再び外へと出る。スライムとアルルは、疲れていたのか、またぐっすりと眠ってくれたので都合もよかった。
左手にはブラックキューブ(真っ黒く真四角で出来た手に乗るサイズの録音機)と呼ばれる魔具を持ち、右手は杖を掴んでいる。
「不可視化魔法」
唱えて向かったのは、ギルドの裏口だ。今回の話で、リガルは仕返しではなく利用を考えた。
申し訳ないない気持ちがないと言えば嘘になる。別に金貨に執着もしてないし、どうでもいい。けれど、ミューレが力になってくれる交渉材料になるなら、これほどまでに有力なモノはないだろう。
金を横領するのは、犯罪なのだから。
暫く待機してると、ミューレが外に出てきた。頬は緩み、目線の先は金貨が入っているであろう革巾着だ。
ミューレは、左手で下を右手で上を掴み、音を確かめるように耳にちかづけ、我慢ならなかったのか、口を開いた。
反応的にブラックキューブのスイッチを入れると、赤い点が中央に現れる。
「にへへ~。今日は儲かったッスね~。副収入で金貨十五枚も~。すかさず電話しちゃったッスよ~」
一体何処に電話をしたのだろうか。ともあれ、ミューレがリガルの金貨をくすねた証拠は掴めた。
彼女と死亡保障の使い道を話していた時、少し違和感を感じたリガルは、看破のスキル・アリスィアを発動していたのだ。
しかし、ここからは好奇心だったのか、リガルはミューレの後を追う。彼女は、大量の食材を買い込み、迷うことなく貧民街へと足を踏み入れていた。
街灯は殆どなく。街灯と呼べるものさえ、点滅をしており本来の役目を果たしていない。建物も老朽化が進んでいるし、足の踏み場も悪い。
ここには主に、仕事に失敗した者や、冒険者を挫折し辞めたもの、毎日働きたくない者達が住んでいる。治安がいいと呼べる場所ではけしてない。
そんな場所を、ミューレは躊躇うこともせず。それどころか、足取りを軽やかに進み続けた。
暫く歩くと、漸くミューレは立ち止まる。
そこに居たのは、傭兵二人に護衛をさせている男性一人だった。見た目は、細身で、茶色い髪は後ろへ流し固められて、鼻下には整えられた髭がカールしている。
紺色のスーツを着こなし、左胸には鳥が羽ばたいている紋章が。つまり、金貨に彫られているモノと一緒のものが、刺繍されていた。
──貴族の連中だ。
だが、ミューレが貴族となんの関わりがあるのだろうか。しかもこんな、貧民街で。
それこそ、悪事を働いている臭いしかしない。耳をたて、目を凝らしていると男性が口を開いた。
「ミューレ君、君はまーた買うのかい」
髭を人差し指と親指で掴み、伸ばしながら小馬鹿にするような声音で言った。ミューレは、だき抱えた紙袋に触れている指先をピクリと動かし、反応を示す。
「買う? そんな言い方は、やめてもらいたいッスね」
声のトーンが下がり、ギルドで魅せていた笑顔はもうない。寧ろ、剣呑とした瞳は、目の前に居る男性を殺しかねない鋭さだ。
「やれやれ。ジョークも通じないのかね」と、ミューレを見た男性は、肩を落としため息を吐く。
「私、冗談きらいなんスよね」
──お前が言うな。
と、リガルは心の中で思う。と言うか、冗談が嫌いで本音だったのならそれこそ、大問題だ。
「まあいい。先に金貨を二枚。それと、建物を貸してやってる金貨三枚を渡してもらおうか」
ミューレは頷きもせず、紙袋を地面に置くと革巾着から金貨を計五枚取りだした。
「コレで、いいッスかね」と、依然として冷めた声音を発しながら、手の平に触れる事なく上から金貨をポロポロ落として渡す。
ギルドでリガルを叱るまで、金に執着していた人間がするとは思えない行動。それを見て、リガルは少し驚く。
男性はヤレヤレと言った様子で、首を振るった後に傭兵を見ると顎で使った。
「まあいい。約束の物だ、受け取るがいいさ」
ごつい傭兵の脇から出てきたのは、六歳ぐらいの男の子だった(見た目で考えるならアルルも同じぐらいか)。
ミューレは、彼に対して今まで見たこともない、母性に満ちた笑顔と共に両手を差し出した。
「さあ、来るッスよ。今日から此処が私が新しい家族ッス」
彼女を見て、男性は小馬鹿にする様子を浮かべ鼻で笑う。
「くだらんな。さ、用事は済んだ。帰るぞ」
男性達は踵を返すと、リガルとすれ違い、姿を貧民街から消した(のだろう)。
──そんなことよりも。
目の前で何が起きているのか、未だに分からないリガルは、ミューレに近寄ってきた少年を目で追った。
彼は左胸に手を添え、大きく息を吸い込むと声を震わしながら言った。緊張をしているのか、怖がっているのかは分からないが、隠そうとしているようだった。
「あ、あの! この度は僕を孤児院から買って頂きたいありがとうございます!! なんでも言ってください! 絶対に力になります!」
薄汚い服を着た少年は頭を下げる。ミューレはそんな少年を躊躇う事なく抱き寄せ、頭を撫でた。
「もう、何言ってやがるんスか。買ってなんかいないッスよ。君はお金よりも価値があるんスよっ」
何故。孤児院から態々、子供を引き取るような事をしたのだろうか。リガルが寄付すると言った孤児院から、逆に子供を。
「ミューレさんは、何故──」
無意識に声を出した後に、心拍数が跳ね上がる。あまりにも衝撃的すぎて、自分に不可視化魔法を使っている事を忘れてしまっていたのだ。
「誰ッスか?」
間髪入れず、反応を示したミューレ。このまま逃げる事も出来るが、貧民街に曰くを付けたら、新しく生活する子供が可哀想だ。
リガルは不可視化魔法を解除して、ミューレ達の前に姿を現した。
「ひっ」と肩を竦める少年を包むミューレは、眉を開き驚いた様子を浮かべる。
「すまない」
「はあ」
ミューレは、溜息を吐くと立ち上がる。
「ちょっと待ってるッスよ」
頭を撫で、少年を庇うように前に立つとリガルを見て口を開いた。
「なんスか? それに、持っているのってブラックキューブッスよね? ……ああ、なるほど。私を捕まえる? もしくは脅しッスか?」
「いや」
「じゃあ、なんスか? 私にどうなってほしいんスかね?」
リガルを煽るように、嘲笑を浮かべる。
「なぜ、孤児院から態々、子供を」
「態々? これだから、世間知らずの偽善者は腹が立つ」
力強く大地を踏み鳴らし、舌打ちをした。ミューレは、語気を荒くし、鋭い眼光でリガルを穿つ。見た事も感じたこともない覇気に、リガルは固唾を飲み込んだ。
「聞いてて分からなかったッスか? この子の価値がたったの金貨二枚。家の支払いが金貨三枚。人の命を、なんだと思ってやがるんスかね」
「それは……」
「知ってるッスか? 孤児院の子供達が、どうなるのか?」
知るはずもないリガルは、目を逸らして首を振るった。
「知らないで、寄付をしようとしてたんスか? その寄付した金貨すら、子供達の為に使われているかも怪しいのに」
「…………」
「いいッスか? この子達は、孤児院に拾われた時に運命が決まるんスよ。大人の事情によって」
「決まる? どー言う事ですか?」
「もし、運良く貰われたとしても、多くが貴族の奴隷。貰い手がつかなかった子供達は、徴兵制度により戦場へ駆り出されるんスよ。男女問わず、装備もろくにないまま騎士団の身代わりとして」
力強く拳を握り、ミューレは感情を宥める事なく。それどころか、徐々に熱量を込めていった。
「そう、だったのか……」
どうする事も出来ず、言葉も見当たらず、ミューレの勢いに呑まれる。
「この世の中は腐ってるっスよね。分かってるんスよ、私がこんな事をやっても意味ないことぐらい。これこそ偽善だって事ぐらい。それでも、子供達の未来は……子供達に託したいじゃないッスか」
握った拳は震え、鋭く睨んだミューレの目尻からは涙が滴り始める。
彼女は真剣に、子供達のことを考えているのだろう。リガルは手に持っていたブラックキューブを地面に落とすと、思い切り踏みつけて潰した。
メシャリと潰れた音が鳴りやんだ後に、リガルは右手を差し出す。
「協力しませんか、ミューレさん」
「協力?」
「ええ。明日の能力値が合格ラインだったのなら、高報酬の依頼を回してください。そしたら、俺が三。ミューレさんが七で、分けましょう」
「何を馬鹿な」
「真面目にですよ」
リガルは、力が緩んだ瞳をじっと見つめる。
「じゃあ、私は何をすればいいんスか?」
「ワールド・トリガーについて──また、悪事を働いている者や今の情勢について調べてください。無論、ミューレさんの考察も含めて」
「いやいや」と、ミューレは横に首を振るって、リガルが差し出した手を見つめて言った。
「何をする気なんスか?」
「腐った国を変える力はないかもしれないですが。金貨二枚の価値もない腐った大人達に、俺は罰を与える。その為に俺の力はあるんですよ」
「なるほど。つまり、犯罪を犯すかもしれない、ヤバいさんに力を貸せ……と? ふふ。分かったッス。子供達に害が及ばない程度になら、手を貸すッスよ」
笑を零し、ミューレはリガルの手を握った。
「ヤバいさんって……まあ、良いですが。あともう一ついいですかね?」
手を離してリガルが問うと、少し顔を引き攣らせたミューレが「なんスか?」と、気だるげに言った。
「俺も、子供達が住む家に住まさせてください」
「は!?」
驚いた様子を浮かべるミューレに、リガルは至って真面目に応える。
「家賃は当然払います。ミューレさんだって、治安が悪い貧民街では何かと不安じゃないですか?」
「余程自信があるんスね。まあ、家賃を払ってくれるならいいっスよ。リガルさんだけっすよね?」
リガルは指を三本突き立てて、言った。
「俺と獣人の少女とスライム一匹です」
「スラ──は?! 何があったんスか?」
「まあ色々です。明日、会ってみてください。悪い奴らじゃあないんで」
リガルの悪意がない提案に、肩を落としたミューレは渋々といった感じに頷いた。きっと、心配そうに眺めている少年を配慮しての事だろう。
「じゃあ、とりあえず明日、約束の場所で待ち合わせッス」
「はい、お願いします」
リガルは頭を下げると、少年に手を振ってアルル達が眠る我が家に向かった。
貧民街に来た時よりも、心が踊っている。アルルの友達が出来るかもしれない、嬉しさからか。
明日が待ち遠しいと、これ程までに思った事は今まで無かっただろう。
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