願い
読んでいただきありがとうございます。
「これは……この記憶は……」
「やあ、おかえり。ジャンヌ」
ジャンヌは自分の手を写し、その手で顔を触る。目を見開いた彼女は、驚いた様子そのものだった。
「私は、そう……皆に魔女と言われ皇帝に騙され火炙りにされ死んだはず。地位も名誉も全てが消され……でも今は違う。今は、貴方……リガちゃんが私の王」
黒髪を風に靡かせたジャンヌは、ラウンズ達よりも格段と早く冷静さを取り戻し、瞳には強い信念が宿る。
「それに、この力は……私が生前に持っていたもの以上」
「以上というか、力を取り戻したジャンヌの力に限界突破が付与された状態になっただけさ。ジャンヌ、君は今、間違いなく世界最強の魔法使い。今一度、俺に力を貸してくれないか」
手を差し伸べると、ジャンヌは取るのではなく顔のすぐ脇に手を伸ばす。
「ええ、任せてちょうだい」
言葉と同時に、上空で爆発が起きる──だけではなく力押しをした火の玉は、飛んできた方角へと燃え盛ったまま向かった。
「凄い力だな」
「酷いわ。貴方、見えているのね?」
ジャンヌの問いに短く頷く。
「ああ。今の俺には全てが見える。自然が目となってくれてるんだ。それに、ジャンヌも見えているだろ?」
「ええ。でも、不思議な感覚ね」
「これは、俺を通して見えてるものだ」
「待ってちょうだい。リガちゃん?貴方とシンクロしてるってことは」
「ああ。痛みは全て俺が引き受ける。なに、お前達が無駄な攻撃を食らうとは思えんしな!大丈夫だ」
心配そうに見つめるジャンヌの肩を叩く。
「分かったわ。それが貴方の覚悟なら、私は貴方を勝利へと導いてみせる!」
「頼もしい限りだ。今頃、この島全体にいる転生した者は受肉を終えているはず。アルルには、子供達の避難を頼んでいるが、援護を頼む。俺は──」
島の一番後方にて浮遊するヤナクを見る。
「行ってらっしゃい。背中は私達に任せて、思う存分に」
「行ってくる」
背中からは、二対の異なる翼がはえ、腰からは二本の尾が伸びる。体全身を覆う龍鱗は鎧となり、リガルは軋ませて飛び立った。
「皆は、戦闘に入ったか」
その中で一際目立つ戦闘は、ディグとシーカー。
「先と子の戦いになろうとは、ディグも思ってもいなかったろう」
二刀を巧みに扱い、勇者であるシーカーを押している。ラウンズとヒース、ミネルバとミロクは、言葉に出すまでもなく余裕そのもの。
リザに関しては、ジャンヌの放ったたった一回の魔法で壊滅的なダメージを負っていた。
「魔炎とまで称されていたのに、情けない」と、心情を吐露した刹那、眼前に捉えていたヤナクの姿が消える。
──だが。
「そこにいるのは、分かってるぞ!ヤナク!」
振り返り、何も無いただの空間を殴りつける。
「凄いじゃないか、リガル。僕の事が見えていたのかい」
「見えていたさ、しっかりとな。それに、お前も人の事を言えた義理か?」
殴りつけた瞬間、凄まじい衝撃音と共に雲が裂け海は激しく鳴った。しかし、腹部を捉えた筈の拳は、ヤナクによっていとも簡単に阻止されていたのだ。
押し込みながらリガルが言えば、ヤナクは抑えつけながら、笑顔を浮かべ口を開く。
「いやいや、これは偶然。にしても、二体の竜を体に、ね」
「どうでもいいだろ。そんな事より、エヴァはどうした」
「ああ、これの事かい?」
指先に漂う青白い玉。
「彼はね、君達を庇う為に自ら攻撃を請け負ったんだ。その瞬間、僕は彼を捕らえたのだけど、どうも拒むんだよ」と、言いながら胸へとしまい込む。
「当然だろ。さあ、エヴァを返してもらう!」
リガルが一旦距離をとり、白龍の知識で構成された剣(龍鱗で出来たもの)を抜く。
「ははは!それはできない。僕は生と死を司り、命を分別する!悪しきものに未来はいらない!」
ヤナクも、負けじと魔力を高めはじめた。響く地鳴り・渦巻く暗雲・蛇の如く這う稲光。荒ぶ風は冷たさを帯び、海は高らかに畝る。二人の力が直接的ではなくも、触れ合っただけで世界は悲鳴をあげていた。
戦闘が長引けば、自身ではなく世界が崩壊してしまう。
「一気に決めさせてもらうぞ、ヤナク!!」
空を蹴り、特攻するリガルにヤナクは灼熱を以て応える。
リガルは、その剣を盾替わりに使い全てを呑み込む。
「こりゃ驚いた!受け流すわけでもなく、我が身にて防ぐとはね!」
「お前は、人に感動する前に自分の事を考えろ」
ヤナクと同じく、気配を絶ち次元を超え背後に出現し切り掛る。
「甘いよ!」
剣戟は躱され、刹那、ヤナクは真っ赤に染まった右足を使い蹴りかかる。紙一重で受け流し、再び背をとったリガルは剣の柄を後頭部目掛け振り下ろした。
「どうだ!おらぁ!」
「グハッ……!」
初めて入れた一撃は、地面に数メートルの風穴を開けるほどの高威力。
柄を通し、確かな感触を噛み締め強く握り直す。
──畳み掛けるなら今しかない。
リガルは、翼を折り畳み一気に急降下をした。
視界が暗くなる先で、地面にめり込むヤナクの姿を発見し、リガルは切っ先を向ける。
「君は、本当にこの世界でいいと思っているのか」
両手で防ぐも、貫かれた手の平からは血を滴らせながらヤナクは言う。
「俺は変われると知っている。可能性を見てきたんだ」
「それはほんの一部だ」
「一部がそうなら、変われる。皆おなじ人間だ」
「そんなの……綺麗事、だ!」
手の平を貫かれても躊躇うことなく、その手を使いリガルの剣を強く握る。
「綺麗事ではなく、期待なんだ!」
「その期待に裏切られた事がないからいえるんだよ!」
握った手で一度、自分の場所へと引き込み、ヤナクはリガルの腹部を足の裏で押し飛ばす。
「はあ、はあ、はあ」
「往生際の悪いヤツだな」
再び空へと戻った二人は、対峙したまま息を荒らげる。
「それはリガルも一緒さ」
「ならそろそろ、終わりにしよう」
「こちらのセリフさ!」
向かってくるヤナクに対し、リガルは剣を構えるが──
「やっと隙を見せたな」
剣が粒子へと戻った時、炎を纏った拳がリガルを襲う。
だが、その拳はリガルを通り抜け、またリガルが伸ばした手もヤナクを通り抜けていた。
「君は何を……?」
「最初に言ったろ?エヴァを返してもらうって。現界に留まれ」
そう言い放った瞬間、ヤナクの口からは夥しい量の血が溢れ出る。
「何が起こっているんだ……?」
「簡単な事さ。今の俺は、形を留めているに過ぎない。一度消えて、再び戻っただけさ」
「再び戻ったって。君、片足が……」
右足を見れば、細かい光となり消え始めていた。
「出たり入ったりを繰り返せば当然の事か。でも、これで俺の役目は終える事が出来る」
「役目……?」
「ああ」
ぐったり寄りかかるヤナクを支えたまま、赤と青の光を体に取り込む。
「ヤナク、安心してくれ。俺はお前をガッカリさせたりはしない。だから、一緒に見届けよう。この世界が果てるまで。彼等の可能性を」
一度は、火竜の力を取り込んだヤナクも消えかかる中、心臓部にある魂をリガルは胸に押し当てる。
「俺もお前も、似たような者だ。人に幻滅し世の中を恨んだ。一つ違ったのは──仲間身近にいた事」
七色の光がリガルから溢れ出し、空を巡って光は降り注ぐ。魂から感情を抜き取られた者達には感情が戻り、ケガを負った者達の傷は癒えてゆく。
「この世界を君達、人間に返そう」
──お別れを言うのは、性にあわない。けれど、けれど……
溢れ出す感情は、リガルのものだ。
「ありがとう。間違いなくお前達は最強で──最愛だった。皆……俺はお前達が大好きだ!今も、そしてこれからも……だから、だから……」
大声で叫び、心で願う。
──せめて、数分でもいい。たまにはリガルと言う男がいた事を思い出して欲しい、と。
最終決戦にて、他の戦闘が見たかったら是非コメントください!
最終章まで読んでいただきありがとうございました。
ただいま連載中の「刀鍛冶のリスタート]もお願いします。




