ヴァニタニス
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赤に染る光は瞬く間に辺りを包み込んだ。半径にしてどれくらいだろうか。凡そ、百メートルは超えているだろう。
爆風も爆音もなく、さながら凪いだ波のように優しく包むそれには殺意はなく。ミネルバが間近で感じたのは慈愛にもにた何かだった。
「嘘……だろ?」
しかし、ミネルバが目の当たりにしたのは、慈愛とは程遠い、惨憺たる現実。男性を爆心地に例え、そこから円形状には何も残っていない。まるで、最初からそこには何もなかったかのように。
誰かがいたという痕跡そのものが、なにも。
「まだ力の制御が上手く出来ないな。うん。そうだね。まだまだこれから、やらなくちゃいけないね」
男性は上空で誰かと喋っている様子だ(見る限り他に誰もいない)。
深紅の鎧に、背には威厳さを醸し出す二対の翼。角の生えた兜、爪のように鋭利さをもったグリーブ。さながら竜を模したような威圧さのある容姿をした男性。彼に敵意を感じないからこそ、違和感がぬぐえない。
──彼は一体なにものなんだ。
ミネルバが絶望の狭間で、男性に対し疑問を抱いていると、エルフ陣営から声が轟く。
「やってくれやがったんすねぇ!?」
「おや。貴方は、あの時の」
「覚えていてくれたなら、嬉しいってもんすわ。さて、あっしは談話をしたいわけじゃないんで。登場早々で悪いんすが──死んでもらいやすぜ」
「なんだアイツは」
恐れを抱く所か、興奮を隠せない様子でいるエルフを見てミネルバは、ボソッと言葉を漏らす。
空に浮かぶ男性の力は未知なんて可愛いものではない。異常であり尋常ではないのだ。それを目の当たりにして彼は。
狂気の沙汰としか言いようがない。
「ミネルバも無事であったか」
「ああ、どうにかな。しかし……被害は甚大だ。私の仲間達は」
隣に並ぶラウンズに対し、震えた声音が零れる。
「で、あるか。我々の仲間もそうだ。昆虫種や、ナイトリッチ達が多く消えた。跡形もなく。彼奴は一体なにものなんだ」
「分からない。理解も出来るはずがない。ただ一つ分かるのは、私達が撤退をすれば、間違いなくあしがつくということ」
「それ即ち、リガル様に害及ぶ可能性があるという事だな」
「ディグも無事だったか」
「はい。どうにか逃げ延びました」
ミネルバ・ディグ・ラウンズが意を決し、死を覚悟しての戦闘に踏み込もうとした数分前──
上空に浮かぶヤナクに、殺意を向けながらリラーラは顔を仰ぎ、怪しい笑みを浮かべる。
「先程、僕を殺す──と聞きましたが」
「ああ。お前さんを殺し、赤竜を赤子へと還さしてもらいやすぜ」
「君は本当に愚かだ。僕には分かるよ。その薄汚れた私欲に駆られ、汚れ穢れた魂が。安心してよ、綺麗にしてあげるから。浄化した、皆のようにね」
「愚かで結構ってもんですわ。魔力吸収起動!!」
手に持った魔銃のモータは、高速で回転し魔銃は翡翠色に発光し始める。
魔銃とは、相手の魔力を吸収し圧縮、数倍の力を魔弾として放つ武器であり。エルフが発明した兵器である。
「あれ?力が抜けて?」
「当たり前ってもんですわ。あっしの魔銃──天使殺しは、他の魔銃の比じゃないのでね」
自分の体の異変に気がついたヤナクが、全身を見渡す。彼のからだからは赤い粒子が浮かび上がり、やがてそれは天使殺しが喰らう。その度に、天使殺しは激しく発光し、構えたリラーラは相当な力を実感していた。
──これなら、勝てる。
リラーラが引き金を引き、高密度で構成された魔弾が光速でヤナクの胸を穿いた。魔弾が流星の如く、雲を突き破り線となり消え果てるほんの僅かな時間の間にヤナクは地へと叩きつけられる。
当然この一撃で勝敗が決まるとは当然思っていない。よって、第二撃を開始するために、銃口を倒れ込んだヤナクへと向けた。
次は脳天を確実に貫く。腰を落とし、ブレない為に脇を締めて片目を眇める。
「いきまっせ」
トリガーに添えた指がゆっくりと動く。魔力が集まり重々しいくなったトリガーに、殺傷能力の高さを感じつつ。
──だが。
「なっ……!?」
魔弾が脳に達することはなかった。それどころか、放たれた出現した所で制止し、瞬く間に粒子へと戻る。
「別に驚く事じゃない。この場においての終わりは僕が決める。魔力とは生と精によってなるもの。そして、僕は終わりを循環させる者なり」
粒子が体に戻ったヤナクは、手のひらをリラーラへと翳す。ゆったりと、ゆっくりと。逃げる事、あるいは回避する事すら容易いであろう、動作にリラーラの体は微塵と動かない。
「マーリン。アナタが言っていた予言は……」
すると、中央へは赤い光が集まり始め、ヤナクは言葉を紡いだ。
「哀れな魂よ。無へ帰するがいい。始まりを知らない魂」




