奇襲
読んでいただきありがとうございます
「ふうん。流石だね。人の気配がからっきしだ」
イザクがリガルの言葉に同調し、短く頷いた。ここに居るのは、数十人の騎士とリガル・アディル隊、副隊長ビーズ・イザク。そして昆虫種である。西の領地内にも騎士はうようよとおり、それは間違いなくリガルが率いる隊を呑み込める程の量だろう。
だが、呑み込む気があれば、の話だ──
「そうだな。人の気配がないと言うより、油断をしてるのかもしれない」
「油断、ね。正しくジャンヌの言った通りになった訳だ」
「ああ。そのようだな。勝ちを確信している為に容易いと。まったく、あの御仁は何者なんだ?」と、ビーズは言葉を漏らした直後に間髪を入れずに口を動かす。
「──そう言えば……暗黒期と記された書物にも聖者と謳われた人物が居てだな。彼も確かジャンヌと言う名前だった。まさか、彼女がその──いやまてよ?ならば、ディグやラウンズ殿も……おいおい、リガルよ。お前は一体どんな徳を積んできたんだ?過去に英雄や賢者と呼ばれ謳われた人物を従えるなんざ」
顎を指で撫でつけ、眉を顰めたビーズの詮索を聞いても驚かずに辺りを見渡せるのは、信じていないからとかではない。
リガル自身も、書庫や書斎にて彼女達について調べた事があったからだ。その際、確かに彼女達の名前で綴られた英雄譚等が数多くあり。どれもこれもが悲惨な死を遂げていた(聖者だったジャンヌは魔女と畏れられ火炙りの刑に処され、死ぬ間際まで民衆から蔑視や暴言を吐かれていた)
「別に過去は良いんです。今、ジャンヌ達が第二の人生を楽しく生きていてくれるなら。偉人だったとか、そんな事よりも命を大切にして欲しい」
「ほう。優しき皇帝、か。確かに現王や、今は亡き領主であれば、力を振りかざしていたやもしれんな」
「ほら。話はその辺にしといて、そろそろ出撃の準備をしないと」
リガルの曇った表情を見て悟ったのか、イザクは軽い声音を発して肩を叩く。その声に導かれるようにリガルは頷き、口を開いた。
「だね。この天気じゃあ身体も冷える。我ながらやり過ぎたのかもしれないな」
リガルが唱えた天候魔法の効果で、大雨加えて濃霧によって辺り一帯の視界は悪い。足音や喋り声すらも、雨音が勝り数メートル先では聞き取れやしないだろう(リガルが不可視化魔法や浮遊魔法を使わないのは、相手の意表を突く為敢えてである)
。
「さあ、行くか」と、ジャイアントアントに跨ったリガルは優しく頭を撫でる。すると触覚を動かし、昆虫種は忠実な反応を見せた。
「ギャギャギャ!!」
昆虫種を先陣に回し、一気に斜面を降る。
土煙は当然なく。ぬかるんだ大地には、昆虫種の鉤爪がしっかりと食い込み、もつれることすらない。勢いは増し、数分足らずで地上に降り立つ(その際、中央と西の間では赤や青の発光が放たれ続けていた)。
「なっ!?貴様ら何処かッ!?」
鉢合わせた騎士は、鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面を浮かべ声を上ずらせる。しかし、体は鍛え覚えているのか、しっかりと胸にぶら下げた呼び笛へ掴んでいた。
「ギャカガ!!」
騎士の行動が成果を成す事は、ジャイアントアントの鳴き声と共に無に帰する。昆鋭利な足が的確に騎士の首を捉え、ひとなでして跳ね飛ばした。顔が胴体から離れ、虚ろな目は一瞬、リガル達を映し勢い良く地面に落ちる。
──ドチャリ。
耳にこびりつく嫌な音だ。いつ見ても慣れる事のない死体を目の前に、リガルが眉を顰めていると、真横で力強い声が放たれる。
「さあ、迅速にいくよ!!」
イザクはたった今死んだ騎士に目もくれず、指でワルター邸を指し示した。
「「了解だ!!」」




