開戦
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濃霧が大陸を覆い。肌を突き刺す冷たさが雨と共に降り注ぐこの日──ワルターは、全軍前進の指示を出した。雨音にも負けない鎧の軋む音が忙しなく鳴り響き。馬も負けじと鳴いた。それは、何万と重なり、さながら龍の咆哮とすら錯覚しかねない堂々たるものである。
「しかし、宜しかったのですか?白魔道士さえ居れば、中央領地同様、空撃部隊を」
「カカールよ。余は、冒険者が好かぬのよ。鼻っからな?なあに。我々、騎士が居れば勝ちは揺るぎない」
書斎の座椅子に座り、葡萄酒を舌で転がすワルターには自信があった。
「──で、言われた通りの陣形にはしているのだな?」
「はい。我が団、団長を筆頭にワルター様の指示の元言われた通り鉾矢形を前衛で展開。後衛にて魚鱗の陣を展開しております」
──鉾矢の形。
弓矢状の陣形であり、一点突破を目的としたものである。
──魚鱗の陣。
ピラミッド状に広がりを見せる陣であり、攻防共に適した形。
「それでよい。奴らの陣形は鶴翼の陣と鶴の巣ごもりときたものだ。戦う前から護りに入っておる。故に我等は、鉾矢にて風穴を開け魚鱗にて穴を広げるのだ」
「そして、一気に敵本陣を崩すのですね?」
「ああ。我等、騎士の力をみせてやろうではないか」
「しかし、ワルター様」
疑念を感じたような声音を持って、カカールはワルターに問いをなげかける。
「冒険者達はなぜ、彼らの左翼右翼を?」
「簡単なことよ。戦術や戦略に疎い奴らを、組み込めるはずもない。奴らは奴らで好き勝手にやればいいさ。何より、余の大切な騎士が守れるならそれでよい」と、不敵にワルターが笑みを浮かべる数時間前──
「てな感じで、彼は攻撃を仕掛けてくるはずよ」
「なんでそんな事が分かるんだ?ジャンヌは」
「簡単なことよ。何も考えない者が起こす愚策にも似た奇跡より、戦略・戦術を読み合った戦いほど楽なものはないからよ」
ジャンヌ曰く──
ワルターは、守りを固めた陣形加えて、東と中央を隔て顕れた軍団から考察し、中央が危機的状況だと解釈するはず。
女冒険者が言っていた事が事実であれば、エルフはワルターと通じているのだ。と、なればこの機に軍をしむけてくるのがセオリー。つまり、ワルターはジャンヌの思惑通りに進軍を開始した。
「ふむふむ。なるほど。鉾矢に魚鱗──ね。全く、自信に満ち溢れているのが丸わかりよ」
ジャンヌが駒の形を形成している所を見て、リガルは息を呑む。
「これで突撃されたら終わるんじゃないのか?」
「ふふふ。何を言っているのかしら?これを見てご覧なさいな、リガちゃん」と、ジャンヌが示した先にあるのは、疎らに散らばる駒の数々。
しかし理解がイマイチ出来ずにいたリガルは、小首を傾げた後にジャンヌの眼窩を見つめた。
「彼等は冒険者よ。今や不当な扱いを受け、不服が溜まっている──ね?」
「それをどうする気なの?」
「いい?いくら強固と言われている城でも柱が一本でも抜けてしまえば脆く。そして、容易く崩れ落ちるものなのよ」
「ふむ?」
「人の輪──だね?」
理解が追いつかないリガルの横でイザクが口を開いた。
「その通りよ。ワルターは、冒険者を信じていない。それが彼等に伝わっているし──なにより」
ジャンヌが見つめたのはアディルだった。視線を感じたアディルは静かに頷きゆっくり口を開く。
「ああ。任せられた件ならば既に遂行中だ。そう時間はかからないだろうな」
アディルの答えを聞いて、ジャンヌは満足気な様子で頷く。
「ありがとう。リガちゃん、見ていてちょうだい?これが貴方様に仕える軍師の実力よ」
「頼もしいよ、本当に。じゃあ俺も作戦に入るとしよう」




