戦争
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皿いっぱいに盛り付けられた肉は、マーリンの止まらぬ食欲によりものの数分で姿を消した。そして、開戦の狼煙のような満足に満ち満ちたゲップを耳にしたリラーラはいよいよと、本題の言葉をなげかける。
「今後、先二週間後の未来を見て欲しい」
「まあた? 本当、君も飽きないのー? いいかい? 見たところでその未来は変えられない。過去改変による矛盾なんてのも当然ね?その事象は、必ず起る。でなければ、世界に歪みが生じてしまうからね。言い方を変えるのならば、抑止力が働くんだよ」
「分かっている。何回も聞かされたからな。ありとあらゆる道がやがて一本の道になるように。結果に対しての対策は出来たとしても。結局は、それに対して対策ができていた。と言う未来になるだけ。逃げることも躱す事も出来ない絶対的なもの。それが“運命”」
「そういう事ぞな。だとしても知りたいのかい??」
リラーラは、呆れ交じりに頬杖をつくマーリンを見つめて短く頷いた。
「ああ。宜しく頼む」
「分かった。じゃあ、目を瞑って大きく息を吸って」
いつもと変わらない流れ作業だ。行き詰まることもなく。慣れたようにマーリンの横へ行き、立膝をついて目を瞑る。やがて額にマーリンが触れ、家屋の外が鳴らす騒がしさを除けば静かな空間が揺蕩い始めた。
自分の耳に心音がはっきりと聞こえるぐらいには──
しかし、いつもと同じ心構えで望んでいたにもかかわらず。胸を掠めるのは、理由も分からないザワメキだった。
「なるほど。これが世界の選択であり君の運命……か」
いつになく声に張りがないマーリンの目を見て感じたものは、哀れみだった。
まるでそれは、棄てられた赤子を見るような。あるいは、瀕死の騎士に神の福音を聞かせる神父のような。
それは、慈愛に満ちた哀れみだった。
「君は運命を受け入れる準備が出来たかい?」
「ああ。いつだって出来ているさ」
「そうか」
短く言葉を残し、マーリンは立ち上がった。小さい背を目で追えば、マーリンは開ける事のなかった窓に手を添えて明け放す。
同時に雪崩込むような強風が室内で荒れ狂い、色々な物が舞いちった。
「君はね、君は──」
「勿体ぶらないで言ってくれ」
「君は死ぬよ。夢の道半ばで、赤き竜を従えた者によって──死ぬ。いや、死ぬと言うよりも還るが……正しいのかな」
「還る──か」
人生の終わり。変えることの出来ない絶対事項。短い余命を耳にした時、零れたのは涙ではなく、歯切れの悪い笑みだった。
「ははっ。はははっ。そうか、なるほど。やはり、世界はそう選択したのか。まったく。神とは俺よりも残酷な生き物だよ」
「君は怖くないのかい? 自分の死を。回避できない終わりを聞いて」
確かに怖い。やり残したことだって色々ある。フィーラに伝えたい思いもあった。けれど、何よりも、フィーラに残せる未来がある事が嬉しかった。
そこに自分はいない。だがそれでもいい。フィーラが幸せになってくれるのならば。
リガルとヤナクが殺し合い、どちらかが死ねば、竜も運命を共にする。その際、その竜が担っていた循環機能は喪われ、世界はディグ=ルッデアーサーがいた頃のような混沌に変わるだろう。
そこに現れるフィーラと、その知識。一気に領土を拡大し、世界を治める。そして、円環によって再び現れた竜を従えれば、彼女の地位は盤石なものとなるはずなのだ。
故に、マーリンの問には否定という解をだす。
「ああ。怖くない。だから、俺は時間ギリギリまで行動あるのみだ……だが」
「だが?なにかね、リラーラ」
「ん?いや。俺も俺で悪魔的に傲慢だなと。何せ、愛した女性の為に行う戦争なのだから」




