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いいこ

この子はいいこ?

 フワリと意識が戻ってくる。夢見心地だった気分がまるで急降下したかのようにどん底に落ちる。

「あは、また殺った?」

 目の前には白い肌に紅い花を咲かせた女。真っ赤に塗られた唇が空気を求めるように開けられている。右手は紅に染められ、左手は力なくベッドの外に投げ出されている。瞳は大きく見開かれ虚ろな眼差しが僕に注がれていた。

「あーあ。まったく、どうしちゃったんだろ? 最近は大丈夫だったのに」

 自分の右手には血に濡れたワイングラスが握られている。

 ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴る。そういえばここはどこだろう?

 見覚えがないから、この女の家だろうか?

「おい。むないるか?」

 僕をそう呼ぶのはお兄ちゃんしかいない。

「うん。お兄ちゃん。いるよ… ごめん。また殺っちゃったみたい」

 ガチャ

 お兄ちゃんが中に入って来た。僕の目の前の女を睥睨したお兄ちゃんは、僕のことをギュッと抱きしめた。が目の前に広がる。

「虚。お前は悪くない。ほら、お兄ちゃんに全て任せておけ」

 お兄ちゃんの匂いはとても落ち着く。微かに薫る甘い匂いでじんわりと頭が痺れる。

「お兄ちゃん。僕… 悪い子でごめんね」

「何を言う。虚は悪い子じゃない」

 頭をゆっくりと撫でられるのはとても気持ちいい。ああ、お兄ちゃんに任せたらいいんだ。

「ほら、虚。もう安心しろ。ほら、ね?」

「うん。お兄ちゃん、お休みなさい」

 ゆっくりとまた意識が遠のく、またフワリと浮く。

 お兄ちゃんの優しい声が頭に響く。なんて言ってるんだろう? 聞こえない。でも、まあいいや。お兄ちゃんだもの。

              ▼

 『数カ月前から連続して女性が殺される事件が起こっています。警察は犯人をまだ特定出来ていないそうです』

 ニュースキャスターが報じるショッキングな事件。そのニュースをぼんやりと聞きながら、僕はお兄ちゃんが作ってくれた朝ごはんを食べる。

「こら、虚。テレビを見ながらごはんを食べるな。消化に悪いだろう」

 テレビの電源をお兄ちゃんが切る。お兄ちゃんの作るごはんはとてもおいしい。

 お兄ちゃんは仕事のために紺碧のスーツを着ると目の前に座った。そして、綺麗な動作で食べ始めた。

 僕は上手く箸を使えないから、スプーンで食べる。だから、綺麗に食べれない。それが、恥ずかしくなる。

 スプーンが思わず止まった。

「うん? 美味しくなかった?」

「ううん。美味しいよ。でも、僕、上手く食べれないから…」

「そんなこと、虚が気にすることじゃないよ? 私が食べさせてあげようか?」

 お兄ちゃんはとても綺麗な笑顔で小首をかしげる。

「ううん。自分で食べる」

「そっか…」

 お兄ちゃんはどこか残念そうだ。どうしたんだろう。首をかしげると、お兄ちゃんの雰囲気がふんわりと優しくなった。

「虚は可愛いね」

「うん?」

 お兄ちゃんは時々おかしい事を言う。僕なんかが可愛いわけがないのに。でも、そう言うとお兄ちゃんが恐い顔をするから言わない。

「おや。もうこんな時間。じゃあ、虚は大人しく私の帰りを待っててね。勝手に外に出たら、駄目だよ」

「うん。お兄ちゃん、いってらっしゃい」

 お兄ちゃんは心配症だ。僕は勝手に外になんか出ないのに。外は怖い物が多いんだから。

 真っ白な部屋はどこか無機質な感じがするが、お兄ちゃんに似ていて僕は好きだ。

 僕は再び真っ白なベッドに飛び込む。バフッという音と共に香る、甘い香りを胸一杯に吸い込む。

 最近、変な夢を見る。紅い色の花が沢山咲いているところに僕一人が三角座りをしている。ただそれだけの夢。でも、なんでだろう。紅い花はどれも甘い香りと鉄のような香りが混ざった匂い。それは、どこか懐かしくてリアルだった。

「僕は… 変なのかな? お兄ちゃんが最近変なんだ。いや、なんだかお兄ちゃんが怖いんだ。僕のただ一人の…」

 意識がフワリと遠のく。なんだか、ずっと眠たい。

「僕は、どうしたんだろ…」

 なぜだか、お兄ちゃんがニヤリと笑った気がした。お兄ちゃんはフワリとしか笑わないのに。

 どこか遠くで女の悲鳴が聞こえる。その甘ったるい声が体に纏わり付くのが嫌で、首を振ると世界が急に鮮やかになった。

「ああ、またか」

 こうゆう夢が最近多い。紅い花の夢と同じぐらいに見る。

 何度も何度も紅い雫が飛び散る。それが電灯の光にキラキラと輝いてとても綺麗。まるで、宝石のようだった。

 それを浴びているお兄ちゃんのキラキラとした笑顔もとっても綺麗だ。

「お兄ちゃん?」

「おや? 虚。起きてしまったのかい? 最近なんだか効きが良くないなぁ。私は完璧に演じてるはずなんだけど…」

「ど、どうして? それは僕が…」

 紅が散った顔でふんわりとした笑みを浮かべたお兄ちゃんはその紅で染まった手で僕の頭を撫でる。

「そうだよ? これは虚が殺ったんだ。当たり前だろう? 私にこんなことが出来ると思えかい?」

 甘い匂いがする。頭が痺れる。

「ううん。お兄ちゃんは優しいから出来ないよ。そうだよね。僕が殺ったんだ。ああ、悪い子でごめんね。お兄ちゃん」

「うん。虚は悪い子だね。だからお兄ちゃんはもう虚の事が嫌いだ」

「あ、アアアア。そうか、僕は悪い子だからぁアアアア。ボク… お兄ちゃん…」

            ▼

『次のニュースです。女性の連続殺人の容疑者が逮捕されました。その容疑者は…』

 ブチッ

「あーあ。今回も長続きしなかったな。もう少しは大丈夫だと思ったのに… まあ、しゃあない。次のやつを拾うか」

 紺碧のスーツを身にまとった男は、その顔に似合わないニヤリとした嗤いを浮かべると、夜の街に踏み出した。

「さて、次はどんな子にしようかな?」

お読みいただきありがとうございます


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