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センター試験国語第二問っぽい

作者: 高都ひそか

 次の文章は、高都ひそかの小説「やさしい」の一節である。数ヵ月間無断欠勤を続けている「奴」から、残業をしている「私」へ電話がかかってきた。その後に続くのが以下の文章である。



  電話の声は以前と何ら変わりがなかった。ただ、口振りだけは幾分思い詰めた人間のものであるような気がした。

  奴は、私がこの時間まで会社に残ることをよく知っている。そろそろ帰り支度をする頃だと狙ってかけてきたのだろう。そういう性格を理解しているから、奴のせいで、まだ帰れそうもないくらいの仕事があるなんてことを、言うつもりはない。

  ――空は広いな。

  今どこにいるんだ、と尋ねようとしたときであった。のんきなものである。私は窓際に椅子を滑らせ、空のある方を見上げた。見えたのはどこまでも向かいのビルであった。私は窓を開け放った。真冬の風が吹き込んで、課長の書類も後輩の資料も飛んだ。

  窓から身を乗り出して、空を見る。怪しげに黒ずんだ細い空だった。

「嘘つくなよ。狭いじゃねえか、空」

 奴は嬉しそうに笑った。私は窓を閉め、乱れてしまった室内に目をやった。その中で 一つだけ、整然と存在を主張している机は奴のものだ。

  ――じゃあ、月も見えないのか?

  床にばらまかれた、奴にしてみればダイジナモノたちを拾い集めながら、見えるわけねえだろ、と返してやる。

  奴の机には随分前から何も置かれていない。私は課長に机ごと片付けろと言われる度何とか宥めすかして、この状態に落ち着かせている。奴がいつか帰って来て、それについて礼を言ってきたら、私は怒ったふりをするつもりだった。

  しかし、その必要はなさそうなのである。奴からは帰ろうという気が微塵も感じられない。むしろ、私と話すことでその信念を曲げまいとしているようにも思う。

「お前、電話してくるくらいなら帰って来いよ」

 だからこういうことが言えた。奴は笑うばかりだった。私はそれで安心した。

「切るぞ」

 奴はありがとうと言った。やはりまたなとは言わなかった。電話を切った私は、案外あっさりとした気分であった。

  高校大学と同じ道を進んで、就職先まで同じときたものだから、てっきりこの先も隣を行くのだと思っていた。奴がフラフラとレールをはみ出して歩いていることに気付いたのは、私が結婚した頃だろうか。子供ができた頃だろうか。

  私には関係がない、と言ってしまえば酷く薄情に思われるかもしれないが、本心だ。私の人生の中で奴は楽しそうだった。しかし強くはなかった。社会のものさしでそんな判断を下されるのを奴は拒むだろうが、私はいつも社会の人間であった。そしてこれからもずっと。次の注意で、私は奴の机を見えない場所にしまうだろう。

  仕事を片付け、消灯をしたところで、向かいのビルに月明かりが反射していることに気付いた。私はその光に背中を向けて、職場を後にした。

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