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カーリド  作者: 扉園
12/12

短編: 断罪 -ヘカド-

これは、道を外れた とあるカーリドの物語。


断罪(ヘカド)


「イヨルティが始まった」

 彼の胸は高鳴った。900年に一度の祭典。アサナト神との繋がりが強固となる、清浄で誉れ高き儀式。(まった)き世界であることの最たる証明。彼はこれを迎える為に死すべき身体を引きずって、今まで生き(ながら)えて来たのだ。彼は傍らにいた幼き者に呼びかけた。

「さぁ、パンセリノスを見に行こう」

 容器から取り出されて9年目となる少年は彼を見上げ、確認するように訊ねる。

「本当にパンセリノスを拝見すると、ぼく達は救われる?」

「ああ、そうだよ」

 優しく少年の頭を撫で、彼は左手を差し出した。少年は躊躇いがちに手を取り、双方はゆっくりと白き道を歩きはじめる。限りなく均一で整然とした街並み。区民は公会堂(ホール)に集まっており、公道を歩いている者は殆どいないが、時折警備者が辺りを巡回している。長衣を着込んだ彼等は完全の護り手を()けながら、極めて慎重に足を進めていった。

 彼等はカーリドだった。

 完璧のなりそこないであり、消失すべき片端者。本来ならいてはならない社会の不純物。彼は生まれ付き両羽(ヒィシ)の指が欠損しており、少年は左手首から先が欠如していた。

 彼はマラークの容器内にいる胎児だった頃、数名のカーリドに助け出された。放置されていれば生命維持装置を切られて消えていた命。カーリド達は彼を育て、命の糧を奪い、虐げる社会に抗い、共に生き延びるよう働きかけた。不全を正当化し、自分達を排そうとする者を返り討ちにしようと。

 しかし、彼は物心が付くようになると自分が嫌いで仕方なくなった。神が創った肢体を形作れなかった欠陥者。恥ずべき身体を持った片端者。(ヒィシ)が潰れた自分などいてはならないと思うようになった。同士の行動に罪深き業を感じ、反発を覚え、それらの想いは日増しに強くなった。聖軍団エクェスの眼前に飛び出してしまいたいと思ったことは幾度となくあった。

 だが、転生を約束されている完全者とは違い、不完全者が死ねば神の永遠性から外れ、消滅すると言われている。無となることは恐怖だった。

 彼は神へ一心に救いを求めた。自らの魂の証明が一縷でも残るように。一条の希望を見出したのは、十数年後に催される聖なる儀式イヨルティの存在だった。彼は最も清きイヨルティの日にパンセリノスを礼拝し、許しを請えば神は応えて下さり、美しい完全体に生まれ変われるかもしれない。そう思った。

 それが彼の中に(くすぶ)る最後の望みであり、忌むべき存在でも生き延びようと思った唯一の動機だった。彼は社会に反抗するカーリドの集団から離れ、単体で生き延びることを選んだ。

 彼は完全なる肢体を切望した。少しでもそれに近付こうと医療施設から備品を盗み、自己流の手術を行った。だが、歪な肉が盛り上って余計に禍々しさが増してしまった。彼は切断と手術を三度行ったものの、いずれも上手くいかなかった。

 結局(ヒィシ)の指は生成されず、醜いカーリドのまま時を過ごさざるを得なかった。彼は世間の影に隠れ、神へ祈りを捧げながら僅かな糧を摂取して生き延びた。

 少年の存在は彼にとって大きかった。何処にも属せず孤独だった彼に光明を与えた。彼は幼き少年に毅然とした態度を取り、アサナトの教えを逐一教えた。神の永遠性を、久遠なる絶対性を、美麗なる完全性を。

 少年と共に時間が来たら礼拝を行った。二体は来るべき時が来るまで耐え忍んだ。エクェスに発見されそうになったことや飢えを覚えたことも一度ではない。死が隣でほくそ笑んでいるのを間近に感じたこともあった。それでも心の(たが)を引きずって、彼等は此処まで生きてきた。

 儀式の最終にて新たなる土地へ向け、飛行する神の使いの乗り物、パンセリノス。900年に一度製作される真球のそれは非常に美しく、完全の象徴である神聖な存在。彼はそれを拝見したくて堪らなかったのだ。

 彼等は緩慢な足取りでハラム大聖堂方面へ歩き続けた。数日が経つと公道に区民がちらほら見かけられるようになった。その者達もパンセリノスを拝見する目的でハラムに向かっているのだろう。通路にはスピラルと呼ばれる瞬間移動装置があり、IDを所有している区民はそれを利用し、短時間で目的地まで到達できる。区民達は規律良くスピラルの前に並んでいた。だが、排斥されている彼等は個体情報があるはずもなく、それを利用することができない。二名は果てしない巡礼の旅をひたすらに続けた。蓄えておいたアルツナイとフェストを分け、休み休み進んだ。

 こうして彼等は9日間歩いた。

「もう直ぐで着く」

 彼は深く息を付き、傍らの者に視線を移した。少年は足が(おもり)であるかのように引き摺っていた。極度の緊張と長い旅路で疲れきった彼等は、通りの無い道端に座り込んだ。ぐったりと少年は横たわり、目を瞑る。彼は鈍色の空を見上げた。9日間行われる儀式も既に最終日となっている。やがて神の使いであるイエレアスがパンセリノスに乗り込むことになるだろう。それは約束された土地へ飛来し、消えてしまう。急がなければならない。

 彼が立ち上がろうとしたその時、白装束を纏った者達が横から現れた。彼等はカーリドという単語を口々に発し、手には白く光る筒のようなものを握っている。

「エクェス……!」

 彼は咄嗟に少年の手を引いて走った。まだ粛正の裁きを受ける訳にはいかなかった。懸命に道を折れて進み、どうにか相手を撒くことができた。彼等は早足に進み続け、彼は「もう少し」「直ぐだ」「そこだ」と口中で呟きを重ねた。少年は強ばった表情で彼の背を追いかけている。

 この先は建築物の関係によって見晴らしの良い場所となる。パンセリノスを拝見するには絶好の位置だろう。彼の胸の高鳴りは心臓を突き破らんばかりに大きくなり、息遣いが早くなってくる。地を踏みしめる足取りは徐々に力強くなっていった。彼は天を仰ぎながら駆けた。

 そして遂に、彼等の眼前にパンセリノスが姿を現した。

「美しい……」

 白銀に煌く滑らかで美しい真球。加工品とは思えない、正に完璧さの象徴(シンボル)。堂々としていても繊細さがあり、凛とした毅然さを兼ね備えた宇宙船。眩しい程に照り輝いたそれは、自体が神であるかのような神聖さを放っていた。

 彼は場に佇み、深く嘆息した。少年もその規模に呆気にとられ、言葉を無くしていた。それを眺めるにつれて、彼は視界が滲んでいくのを感じた。長年求めていたものがある。救世主が降臨している。静謐(せいひつ)な眼差しで此方を視ている。総ての罪を吐露しなければならない。彼は地面に両膝を付き、神の乗り物へ声高に祈りを捧げた。

「アサナト神よ、私はカーリドです! 生じては成らぬ者であり、輪廻から外れし者。どうか私の話を傾聴して下さい。どうか私の存在を御許し下さい!」

 彼は床に平伏(ひれふ)し、瞳から透明な雫を零した。傍らにいる少年を気に介することなく、彼はただ深々と頭を垂れて言葉を発し続ける。少年は彼の変容にうろたえ、石像になったかのように立ち竦んでいた。

「どうか私も永遠の輪に含めて下さい。完全の安楽、無欠の再現を約束して下さい。その輝きの(かいな)で。最も清浄なる、祝福されし日に御慈悲を降り注がせ賜え。眩き肢体を此方にお向け下さい。その美麗なる瞳を。細き(おもて)を。長き(ヒィシ)を。祈りを捧げる片端に、救済をお与え下さい。――ただ、私は重大なる罪を犯しました。私は罪深きカーリド。(まった)き世界に傷を付けたことを告白し、懺悔致します――」

 彼は空を仰ぎ、喉の奥から絞り出すような声音を出した。

「……私は9年前、手術用のレーザメスを新生児の左手に充てた。ああ、私はカーリドを作ったのです! 完全体を陥れたのです! 自らの身勝手な望みによって!」

 少年は電流が走ったかのように身を震わせ、茫然と彼の姿を見詰めた。彼は周囲が見えてないようで、ひたすら天へ向かって祈りの文句を唱えていた。

「私はマラークで盗みを犯し、胎児をカーリドに仕立て上げた。総ては我が孤独の為。一方的な利己に他なりません。それらは許されざる行為。嫌悪すべき闇です! 完全たる存在、不滅の御光よ! 私を断罪下さい。罪深き私を無欠にお導き下さい。ユーラティオー――……」

 少年は一歩、彼から後ずさった。欠落した左手と彼の顔を見比べる。彼の濁った瞳は頭上のパンセリノス以外、何も映していなかった。その時。

 背後から聖軍団が出現した。神に奉仕する者達は次々と武器を此方に向ける。それを見て、少年は建物の一角へ走った。彼は気付いていないのか、一向に動こうとしない。エクェスは彼の胸へ不可視の光を撃ち込んだ。パンセリノスを振り仰いだまま彼は徐々に分解されていく。

 彼を構成していた物質は淡い光を受け、大気内に瞬いて消えていった。



 少年は走り続けた。背後から光が幾筋も照射される。

 幸いにも直撃する事は無く、少年はひたすらに足を動かした。幾つもの角を曲がり、白き道を突き進む。方向も分からぬまま無闇に道を辿る。少年の動力源は恐怖だった。裏切られた悲しみではなく、陥れられた怒りではなく、命が奪われ存在が抹消されるかもしれないという単純な恐れ。塵となって消滅した彼の姿が脳裏にちらついている。彼は無となった。神の怒りによって無となった。

 恐怖が渦巻き、少年の身体に纏わり付く。段々と息が切れ、胸が潰れそうな苦しさを覚えながらも、少年は足を動かし続けた。

 ふと、周囲に違和感を覚えた。

 少年は立ち止まって異変を探した。三つの瞳を凝らす。自らの呼吸音がやけに大きく聞こえる。心臓は狂ったように伸縮している。街並みや天空の真球は変化ない。いつも通りの不変の世界。

 いや、違う。それとなく明度が低くなっている。全体に薄い布を一枚張ったかのような、目を細めて見渡したかのような暗さ。硬直して立っていると徐々に肌寒くなり、少年は腕を胸に寄せた。頬や肩に冷気の流動が感じられ、背筋に細かい震えが生じる。

 未経験の事象。得体の知れない異変。白装束の事など、頭から抜け落ちてしまった。

 嘗て彼は言った。〝社会は8000年以上前から存在している。絶対的不変の世界である〟と。しかし、白き社会は紛れもなく変容していた。彼が信望していた揺るぎなき完全が崩壊していく。世の中がカーリドとなっていく。

 少年は酷く(おのの)いた。幼ながらにこの星に生じた終焉を敏感に感じ取っていた。永遠性が途切れた。有が無となった。少年は目を泳がせ、天のある一点に視線を注いだ。

 輝くパンセリノスの近くに、小さな光点が生じている。

 微細なそれは宇宙船へ向かって一直線に進んでいく。緩慢に、しかし速やかに。光点がパンセリノスの中央へ到達した時、やわに暗黒の切れ目が生じた。光点の十倍程の、ぞっとするくらい深淵な空洞。パンセリノスが覗かせた深き混沌。少年は身体を震わせたまま目を逸らすことができなかった。光点は縁どられた黒の奥へ吸い込まれていった。

 切れ目が綺麗に閉じられ、元の完全なる真球に戻ったパンセリノスは滑るように動き始めた。惑星エスフェラから離れ、広大なる宇宙へ向かおうとしている。完璧が約束された土地へ到達しようとしている。変貌した世界と少年を置いて。宇宙を見上げ、少年は両腕と両羽(ヒィシ)を伸ばして訴えるように呟いた。

「行かないで……」

 少年は泣きながら笑っていた。不完全の塊となった世界。輝きは色褪せ、彼の眼のように濁っていく。強烈な喪失感が突き上げる。失われた左手は虚しく宙を掻く。無情にも徐々に遠ざかっていくパンセリノス。希望の光。美しさの羨望。無欠の低迷。

「行かないで……」

 少年は同じ言葉を繰り返す。顔を奇妙に歪ませながら。パンセリノスの輪郭線がぼやけていく。白銀が薄れ、霞み、透明になっていく。

 そして――掻き消えた。

 圧倒的な存在は夢の如く溶けて消えた。始めから何もなかったかのように。非存在が正しいとでも言うように。少年は天を仰いだまま震えていた。神は何処へ行ったのだろう。パンセリノスに搭乗したのだろうか。完璧ではなくなった世界を置いて。

 残ったのはただ果てしなく広い天空と白い残骸たち。薄暗闇は全てを優しく侵食していく。身体が浮遊する感覚がし、混沌が(かいな)を広げて抱擁する。

 大気の揺らめきが、少年の足元の塵をそっと巻き上げた。




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