Φ 9章 Φ
Φ Ⅸ Φ
バドルは歩いていた。
疲労の為に全身が重い。だが、特有の締め付けられるような息苦しさはない。かつての不調は掻き消えた。意識は冴え、足は自然に前へと動いた。
一度、空から全てを洗い流すかのように水が降り注いだ。生温いそれは身体を優しく濡らし、地面に吸い込まれていった。耳朶を叩く規則的な音は柔らかく、心地良く、寂しい。バドルは両目を閉じて歩みを進めた。
どれくらい歩き続けているか分からない。目的地はない。
もう目標に辿り付いたのだから。
それでもバドルは足を引き摺りながら、ひたすらに歩いていた。ふと辺りを見やると、暗闇に閉ざされていた。何回辺りが暗くなったかは覚えていない。淡い光だけがぼんやりと足元を照らしている。バドルは数多の光が輝く夜空を仰ぎ視た。闇の中に根付く生命の灯火の中で、パンセリノスは見事なまでの姿を現していた。
圧倒される程の、欠けた処のない完璧な円。
バドルは背後を振り返った。白銀の真円から発せられる大地を淡く照らす光。仲間達はこの神秘的で美しい大地に眠っている。彼等の生の瞬きは、胸に刻み込まれている。
歩きながら目を伏せ、バドルは意識を集中させる。大地から、空気から、水の広がりから、生命の蠢きを感じていた。無ばかりの世界ではない。これから起こっていく星なのだ。数多の種の起源が産声を上げ、細胞は輝き、世界は鳴動している。
近い未来、永遠に大地に眠る時がやって来るだろう。この者が生きた証はこの土地に分解され、吸収される。
生命のサイクルが今始まってゆく。輪の廻転は早まっていく。生命の爆発が起こり、細胞は急激に姿を変異させ、幾多もの生物が立ち現れる。種は星々のように芽吹き、生き、淘汰されていく。子等は大地から産まれ、証跡を刻みつけて還っていく。多様な生命は複雑化していき、己の生存を求めてより高次元へと面を上げる。そして生と死を繰り返しながら果てしない時を経て、やがて頂点に立つ者が現れる。
バドルは一人歩き続ける。
その時が訪れるまで。
〈END〉




